コーシーの積分定理の定式化から考える物理に必要な数学のレベル

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以前 ここ でも書いたが, 今, 東大物理の有志とともに 原さん, 田崎さんによるイジングの相転移本 の査読ゼミをしている.
勝手きままに好き放題駄目出しをしまくっているのだが, 一部復習を兼ねた数学の付録 F で物理として甘い数学の記述を見つけた.
ゼミでも指摘したのだが, 物理の人が読み飛ばしそうで, かつ数学の人は気にはするが物理としての意識はしないだろう部分がある.
そうした意味で気になる記述はそこだけではないが, 現状の草稿を読んでいる方に役に立つと思ったので,
複素解析を例に気になる部分を具体的に指摘しておきたい.

追記
ここ に置いてある PDF に, 早稲田で早稲田や東工大の
学部 2 年相手に話した複素解析ショートコースの記録がある.
3 時間くらいで関数論のメインストリートを駆け抜けた.
興味がある方は読んでみてほしい.

本の草稿から Cauchy の積分定理と積分公式の記述を抜き出してみよう.

(コーシーの積分定理と積分公式) 単連結な領域 \(D\) で正則な一変数複素関数 \(f (z)\)
と \(D\) 内の任意のなめらかな閉曲線 \(\gamma\) に対して

\begin{align} \int_{\gamma} f (z) dz = 0 \end{align}が成り立つ.
また, \(a \in D\) と \(D\) 内にあって \(a\) を反時計回りに一周する閉曲線 \(\gamma\) に
ついて

\begin{align} f (a) = \frac{1}{2 \pi i} \int_{\gamma} \frac{f (z)}{z – a} dz \end{align}が成り立つ.

この記述は物理的に問題があるのだが, それがどこか分かるだろうか.
今回は数学的にもっと一般化できる部分で起きた問題とたまたま一致しているが,
実際には物理での応用時に問題が起きるという話なので, 数理物理としてはきちんと対処しておくべきところだ.
ちなみに Cauchy の積分定理の別バージョンだとか数学上の注意については下記の本の IX 章 $7 を参考にしてほしい.

何が問題かというと閉曲線 の取り方にある.
引用した部分では「なめらかな閉曲線」とあるが,
例えば上記『解析入門』にあるように「区分的 (またはなめらか) 」としなければいけない.
ときどき, この文脈では「なめらか」と書いて を意味することはあるので, そこはどちらでもいいのだが,
問題は「区分的」と入っているかどうかだ.
これは物理での応用時に次の問題を引き起こす.

Cauchy の積分定理から留数定理を証明することになるので, 留数定理にも上記の曲線に対する条件が引き継がれる.
実際に留数定理で計算をするとき, 良く次の図のような積分路を取るだろう.

2013-02-03.residue

図で丸をつけておいたところは積分路が尖っているので, 当然微分ができない.
「区分的になめらか」としておけば問題ないのだが,
曲線に微分不可能な点を許した形で定理を書いていないので, この場合に使えるかは分からない.
一般に, 条件を一つ落としたとき定理が成立するかどうかは自明ではないし,
本当に反例がある場合があるため慎重に判断する必要がある.

ここで問題なのは物理の人はこの類の条件を適当に読み飛ばすだろうし,
数学の人は気にするにしても純粋に数学的な面からの問題としか見ないだろう, ということだ.
この定理に限らず, 命題の設定や結果に物理的な意味がある場合にそれを正しく見抜くこと,
感じることが大事なのだが, 現状の草稿ではそうした指摘が弱い部分が多い.

もちろん出てくる定理全てに明確な物理的な意味があるわけでもないが,
物理的に非常に重要な命題にすらその旨注意がないことがあり, 物理の人は「単なる数学か」と素通りしてしまい,
一方数学の人は物理的な意義が見えないという悲劇が起きる.
このあたりは, 何というか, きちんとした教育を受けた「純粋な数理物理」の人間にしか感じ取れない気がする.

念のため書いておくと私は数理物理という言葉の使い方について物理,
物理寄りの数理物理, 「数理物理」, 数学くらいの段階があると思っていて,
数学者が数理物理というのは「物理が元ネタになっている数学」のくらいの意味だと思っている.
「物理寄りの数理物理」は極めて物理的なモチベーションの高い数学的に厳密な研究を指し,
田崎さんや原さんがここに属する.
これが微妙なのだが, 「数理物理」は物理的な意義が多少薄いが全くないということもなく,
一方数学としてもあまり独立した興味が無いような話だが,
「数理物理」という何か良く分からない区分にすると意味を持ってくる結果, くらいの何とも言えない意味で使っている.
ちなみに例えば超弦理論で数理物理といったとき,
特に物理の人がやっている場合は「数学的に厳密な」という条件が落ちることが良くあるが,
私はこれを「物理」と呼んでいる.
人によって意味がばらばらなので注意されたい.
田崎さんと原さんでもまた違うだろう.
ここでは私の使い方を説明した.

ついでなので紹介しておくと, 日本評論社の数理物理シリーズの編者コメントには次のような話が書いてある.

ロシアの R. L. Dobrushin は, 統計力学を確率論的に深めた多くの著しい業績をもつが,
「仕事は何か」と問われて「応用数学を純粋数学にすること」と答えたとか.
これにならって, 数理物理学とは物理に用いられた数学を純粋数学にすることだ, といってもよさそうだ.

また上のような説明は数理物理の文献なら必ず明記してあるかというとそうでもない.
大事なところにはもちろん適切に注が入るが, 当然分かるだろうという部分にはいちいち注は入らない.
こうした注意が明文化されている文献をあまり見かけないので注意しておくことにした.
改訂されるまで (見ていれば, だが) 査読者の方々は注意されたい.

色々言い出すときりがないが, 数学的に一般化できるところまで一般化しきればいいというものではなく,
物理にとって大事な条件下で必要な範囲の定理を示せれば, 物理としては十分だ.
自分が何をしたいのか, 物理がしたいのか数学をしたいのかという問題があるが,
この本は「数理物理」の本なので,
読むときには上記のようなことに注意するともっと楽しめるということをお伝えしておきたい.


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