メルマガ転載: 2014-11-17 東大での田崎さん集中講義【大自由度系の物理と数理】第 1 回の感想・まとめなど: その 1

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田崎さんの集中講義のノート公開の連絡だった.
以下はメルマガの転載だが, 秘密にしておくのもアレなので
こちらも公開しておこう.

平日 13:00 からではあるが, 仕事に都合をつけて参加してきた.
今回はそれについて個人的メモを残したい.

Twitter を見たら「あれが相転移Pだったのか」とかいう反応あり,
「メルマガ見てます」という反応あり, 東大の教官である桂さんには
「動画などたくさんあってホームページが充実していますね」という
謎のコメントをもらうなどしてきた.

第 1 回の講義ノートが下記 URL で公開されている.
http://goo.gl/uaOefu
集中講義用ページ下方に参考文献へのリンクがあるので,
興味がある方はそちらも見てほしい.
http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/events/Hongo2014.html
特に Hubbard の論文は私も修士論文でお世話になった論文で思い出深い.

8 年前の集中講義のときも東大の学生でもないのに
最前列に陣取って集中講義を聞いていた.
そのときは Ising, Heisenberg, Hubbard をそれぞれ 1 日かけて
じっくりやるという構成だったが, 今回はまた違う構成だ.
概略は上記集中講義ページで公開されているので,
興味がある方はそちらを見てほしい.

では初日の内容の感想に入ろう.

目次

高温での秩序変数の期待値・ゆらぎの議論

Part1 は長距離秩序と自発的対称性の破れに関する話で,
一番よくわかっている Ising モデルの結果を紹介する話だった.
自発的対称性の破れは数年前の南部さんの
Nobel 賞の結果に関わるところで,
物理を貫く柱の 1 つでもあってとても大事.
磁性の研究が盛んになった理由も,
素粒子での相転移研究が大変だから物理的に意味があって
比較的楽なモデルで調べようというモチベーションがあったと聞いている.

長距離秩序も磁石で見ると一応当たり前の話で,
要は物質全体が磁石になっているという話.
少なくとも Ising だと磁性はスピンの向きという形で出てくるが,
物質全体でスピンが同じ向きを向いている状態を長距離秩序がある状態と呼んでいる.

古典系では基底状態を調べても大した話が出てこないので
基本的には平衡状態を調べる.
その辺の話や秩序変数の定義から始まった.
あとあとちょっと効いてくる話なのだが,
境界条件は周期境界条件だけ考えている.

本題はもちろん低温の秩序相だが, 対比として
高温の無秩序相の話をさらっとでも見ておきたいところなのでその辺.
相関不等式をごりっとやると大変だし高温は本筋でもないので
さらっとこなすために最小限の準備だけして相関の指数減衰を証明した.
準備は少ないし難しい数学を使うわけでもないが,
数学の使い方が難しいというか面倒な議論だ.
詳しくは上記リンクからの PDF 参照.

高温では秩序変数 (を体積で割った量) の期待値とゆらぎが両方 0 であることを示した.
有限系の低温ではゆらぎが 0 ではないのに期待値は 0 という
変な状況になるというのが次の話.
やはり相転移では無限系の扱いが大事だということでもある.

低温での議論

低温では十分遠方でも相関が消えないこと,
秩序変数のゆらぎも消えないことが紹介された.
要は長距離秩序が発現している.

証明は 2 次元限定で双対グラフを使った議論をした.
いかにも Peierls argument という感じがあって
とても示唆的で面白い証明だと思う.
その内出るはずの原-田崎 Ising 本にもこの証明が書いてある.
きちんとやると議論は結構面倒くさいが
一歩一歩のステップはそんなに大変ではない.

ここで問題なのは, 有限系だと長距離秩序があるのに
(外部磁場なしの Hamiltonian を取ったときは) 秩序変数の期待値が
自明に 0 になることだ.
長距離秩序があるのに自発的対称性の破れがないという
ちょっと気持ち悪い状況で, これをどう打破するかという方向で話が進む.

長距離秩序からの自発的対称性の破れの証明

ここで気持ち悪いといえば気持ち悪い議論をする.
講義ノート PDF P.12 の定理だが,
実際に長距離秩序を仮定して自発的対称性の破れを導く.
ここで自発的対称性の破れを外部磁場つきの Hamiltonian にしておいて,
まず無限体積極限を取り, それから磁場を消す極限を取る形で
秩序変数の期待値 (の極限) が 0 ではなくなることを示すのだ.
この辺はあとで少し触れる.

ついでにいうと, 極限の順序交換まわりの物理については
次のページで簡単に紹介している.
https://phasetr.com/offers/mp.math-phys-school-monitors.lp.html
最近時間が取れなくて更新していないが,
『物理のための数学講座』でももう少し突っ込んで説明しているので
興味がある方はモニターとして参加して,
よりよい教材作成にご協力頂きたい.

また, 外部磁場を先につけておいてあとで切るというのは
物理では「無限小の磁場」と表現することがある.

少し話が飛んだのでまとめると, 次の事実がわかったことになる.

【外部磁場なし Hamiltonian での長距離秩序】を前提にして
【外部磁場つき Hamiltonian からの極限で自発的対称性の破れ】を示した.

清水さんから質問が出たりもしたのだが,
秩序変数の値と自発磁化の値が一致するかしないか, という話がある.
Ising だと一致するが一般 (Heisenberg だとか) には秩序変数の方が
値が大きいという話がある.
確か参考文献の Koma-Tasaki 論文ではその辺まで
きちんと議論していたような記憶がある.
次元分の \(\sqrt{3}\) のファクターとかそういう話だ.
この定理自体は Hamiltonian と秩序変数が交換する場合の
量子系にまで拡張されるという強烈な話があって,
かなり衝撃的.

無限系

きちんとやると作用素環と確率論の狭間のようなつらい話になるし,
無限系での平衡状態の定義自体が本来一仕事だった経緯もあるので,
なるべく深入りしないように程々の議論で止めていた.
きちんとやると本当につらい.

講義ノートにもあるつらい理由を 1 つ挙げておくと,
無限系では Hamiltonian や分配関数が定義されないことがある.
ただ有限系では定義されている量なのだから,
その無限体積極限で定義しようというのが素朴な定義だ.
この場合, 極限の存在証明をしないといけないが結構大変なのだ.
あと今回は周期境界条件だけしか考えていないが,
有限系での境界条件が無限系にどう効いてくるのかも調べないといけない.

この辺を調べるとき, 無限体積極限から調べようと思うと大変なので
直接無限系を定義してそこで一意性なり何なりを調べようというのが
無限系の発想の 1 つだ.
無限系での平衡状態は DLR (Dobrushin-Lanford-Ruelle) 条件という形で
特徴づけるのだが, 無限体積極限を取った状態が
この条件を満たすことを示して, DLR 条件を満たす状態は
平衡状態と呼んでいいことをまず見る.
そのあと DLR 条件を満たす状態の一意性を示せれば
有限系の境界条件に依存しないことがわかる.

実際, 高温では有限系の境界条件に依存せず平衡状態が
一意なことがわかる.
低温では境界条件への依存が起きる.
これは上でも議論した有限系でまず外部磁場つき Hamiltonian で
期待値を取り云々というところと関係する.
ここは少しギャップがあるが, 頑張るといろいろ示せる.
原-田崎本には詳しく書いてある (草稿ではそこそこ詳しかった) が,
有限系で境界でのスピンを全てプラスにするプラス境界条件が
外部磁場を正にした Hamiltonian を考えることに相当する.

外部磁場をつけた方が条件が強いと思う (きちんと確認していない) が,
気分的には大体同じというのはその筋の人にはわかるだろうし,
大体そんな感じだ.

話を講義ノートに戻そう.
高温だと平衡状態は境界条件に依存せず 1 つしかないのだが,
低温だと平衡状態はたくさんある.
これが問題を引き起こす.

有限系で周期境界条件にしておいて, そこからの
無限体積極限で定義した状態を \(\omega_{\beta}^0\) と書く.
この状態は気持ち悪くて, 秩序変数のゆらぎが 0 ではないのだ.
これは熱力学と整合しない.
つまり周期境界条件からの無限体積極限で作った平衡状態は
物理的に健全な状態ではない.
ここで Bodineau の 2006 年の強烈な結果が出てくる.

まず次のように状態を 2 つ定義しよう.

\begin{align} \omega_{\beta}^{+} := \lim_{h \downarrow 0} \lim_{L \uparrow \infty} \langle \cdot \rangle, \\ \omega_{\beta}^{-} := \lim_{h \uparrow 0} \lim_{L \uparrow \infty} \langle \cdot \rangle, \\ \end{align}この 2 つが物理的に健全な状態になるのだ: つまりゆらぎがない.
そして Bodineau の定理は次のように書ける.

\begin{align} \omega_{\beta}^0 = \frac{1}{2} (\omega_{\beta}^{+} + \omega_{\beta}^{-}). \end{align}上で書いた有限系の境界条件からいうと,
\(\omega_{\beta}^{+}\) はプラス境界条件からの無限体積極限で
作った状態だし, \(\omega_{\beta}^{-}\) はマイナス境界条件
から作った状態だ.
マイナス境界条件はプラスと同じで, 境界のスピンを
マイナスに固定した境界条件だ.
詳しくは近刊のはずの原-田崎本を読もう.

この辺をきちんと議論するには作用素環の
pure state decomposition とか ergodic decomposition とか
そういう話になるが, これがつらい.

あとは古典 Heisenberg モデルでも同じような話をした.
ここまででまだ半分くらいなのだが, 長くなってきたのでいったん切る.
次は Heisenberg モデルの話だ.

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