東大の人文社会系研究科の教員紹介エッセイの紹介: 研究者になるまで 小林正人(言語学)

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東大の人文社会系研究科の教員紹介エッセイ,
研究者になるまで 小林 正人(言語学) が Twitter で流れてきた.
こういろいろなことを思うしご興味のある方は目を通してもらいたいのだが,
とりあえず引用+コメント.

高校を辞めたころは、多くの青年がするように、ひとは楽しくもない人生を何のために生きるのかということをよく考えた。自分の人生の難問に取り組むことな くしては、実用的な学問を修めて世の中を渡っていくのは無意味だと思ったので、大学に行きたいと思い直したときから、人文的なことが学べる学部に行こうと 心が決まっていた。計画どおりにならない人生だから、天の導きにまかせて学びたいと思うことを学ぶのがよいと思う。なおずっと後になって気づいたことだ が、本をちゃんと読めるようになるには本の読み方を学ぶ必要があり、それを体にしみこむほど教えてくれた文学部の学問は、意外にも実用的であった。

ここでの【実用】の尺度というか何というか, そういうのが知りたい.
文学部の教官に言われてもどう判断・評価すればいいのかわからないので,
文学部卒の人達で, もちろん体にしみこむ程文学を学んだ人達の評価が知りたい.

ちなみに学部の頃, 文学論とか何とかいう教養の講義に出たとき,
その教官は「文学作品を読むことでいろいろな人の人生を疑似体験し,
多様な考え方, 価値観, 文化や世界観を知ることは生きる上で出会う困難に立ち向かう術となります.
文学は実学ですから理工系の皆さんもきちんと文学を学んでください. 」と
超然と言い放ってきた.
文学の人はこのくらいの気概を持っているのだと感心した.
10 年以上経った今でもはっきりと覚えているくらいだ.


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    • 濱岡伯士
    • 2015年 3月29日

    こんにちは。いつも楽しく読ませていただいております。
    読み方についての「実用」というのはどういったものなのか?私も気になります。
    現在マネジメントのPhDをとろうと奮闘中の者ですが、行きがかり上「人は物語を読むときに一体何をどうやって理解しているのか?」の理論(Paul Ricoeurさん)を解らなくて泣きそうになりながら読んでいて、ご参考になりそうなことがあるかもしれない、と感じ、コメントさせていただくものです。

    まず文学作品は特になのですが、ジャンルの如何に関わらず、テクストとして我々の目の前に存在するものは、著者の意志そのものではなく、テクストが、あたかも意志を持っているかのごとく、読むものにほぼ強制的に「何か意味がありそうなもの」という前提で色々と想像力を働かすよう促すのだそうです。よって、「読む」という行為は、受動的に情報を脳みそにインプットして、それを理解する、というよりも、読む人の「創作」に近いのだそうです。

    であるならば、「創作」の素材というものは、眼前のテクスト以外に、読む人自身の経験や記憶、将来予測、「おい。これって俺以外の人から見ても意味あるといえる?」というような周囲の人々との関係性などなど、総動員されるようです。

    従って、究極的には、各人自由にどのように読んでもよいのですが、何故だか文学作品ですら、読み方が多くの人々の間で相当似通っていることの方が多いです。これは、言葉であるとか、それをやりとりする、という行為が、各人それぞれ割りと安全に、一定程度の将来にわたって存在していられるように、という生き物としての生存本能が、人間という種において、形になって現れたものの一部なので、大前提として身に危険の及ぶような嘘っぱちな想像はしない、という制約が働いているからなんだそうです。(Umberto EcoやBakhtinなど)

    そうした大元の生存本能はしかし、人類が言葉を延々と使っていれば、言葉を使うためのルールの整備の方により注意が向くこともあり(そうでないと使い勝手が悪すぎますので)、「言葉は魂だ」みたいなことは誰かたまには言いますが、まさか言葉であるとか、それを「読む」ことが、生き死にと深く関わっているなんて、あまり考えません。または考えなくても大丈夫なように、人間は言葉を使ってきているのだ、とも言えます。(言葉のルール(文法、語法など)も間違いなくありますが、それと同じぐらい重要なのは、言葉であろうがなかろうが、何とかしてルールっぽいものを作って各人予測可能な人生を歩まんとしているのだろうとも考えています。)

    以上踏まえますと、私自身もまだよく理解していないのですが、読むことの「実用」感を得るためには、テクストくんの意志に促されて、自分自身の経験やらなにやらを総動員して、「何故?どのようにして、このテクストはこのような形で今このように私には見えているの?教えて。教えて。」と問い続けることは必要なのではないか?と考えています。で。「教えて」と問う先がまあ大体の場合テクストの著者であり、どうも納得いかない場合は関連書などなどになっていく、ということなのかな?と。言い換えれば「実用」というのは「(目的に応じて?)想像力の働かせ方を知ること」なのかもしれません。

    長くなりました。
    失礼いたしました。

      • phasetr
      • 2015年 3月29日

      コメントありがとうございます.
      そもそも「本の読み方」から確認しないといけないことを忘れていて,
      かなり間抜けなことを言っていました.

      正直やはり経験不足で全くピンと来ていないのですが,
      きちんと鍛えてはじめて見える世界的なアレっぽくて,
      その存在を感じるだけでも楽しいです.

      あと本筋とは大分ずれますが,
      学部の頃, 講義でウンベルト・エーコの『薔薇の名前』の映画を見たことがあって,
      その解説もいろいろ聞いたのですが, もう全く覚えていません.
      主人公 (?) の修道士が村の娘に恋をして
      別れて, これは何だったの, というところだけはっきり覚えています.

      勉強・研究したい.

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