極分解: ベクトルの回転・拡大を行列の作用として具体的に理解する

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はじめに

Qiita で次のような記事があった.

そして記事中, 次の記述があった.

この行列をかけるという操作は、「ベクトルを回転して引き延ばす」というようにみなすこともできるかと思います。

数学として具体的に対応する概念があり, それについて説明したい.

はじめに言っておくと極分解という概念で,

複素数の極形式に対応する概念だ.

固有値 (と固有ベクトル) についてはまさに私の専門で

余計な話をしたくなって脱線しまくってしまったので省略する.

吃音があるので聞きづらいかもしれないが,

YouTube に動画を投稿した.

複素数と行列: 量子力学

極分解の前に複素数と行列の類似について話をしておこう.

行列環の中に複素数が埋め込めるという話があるがそれではない.

極分解が発見されたところがどこか正確には知らないのだが,

Murray-von Neumann の作用素環 4 連作に行列 (線型作用素) の極分解の証明があった.

この連作ではモチベーションの 1 つとして量子力学への応用を謳っている.

量子力学からの類推で説明していくこともそれほど筋の悪い話ではないということにしてほしい.

古典力学では基本的に実数を取っていた物理量が,

普通の量子力学では自己共役作用素 (Hermite 行列) に対応することになっている.

(物理としてのうるさい議論は全て専門書などに譲る. )

これを「実数が行列に一般化された」と見る.

ならば一般の数, 複素数は一般の行列と思えるはずだ.

そうなると複素数に対して成立する定理がどの程度行列に対しても成立するかを

確認したくなるのが数学的に自然な態度だ.

はじめに言った通り, ここでは特に極形式が何に対応するかを調べたい.

完璧に数学的余談になるが作用素環 (行列全体が作る代数系) を現代の数論と言っている人もいる.

竹崎正道先生が著書『作用素環の構造』の序文で実際にそう言っている.

本文中で数論 (整数論) 的な話はほぼ出てこないのだが.

前置きはこのくらいにして本題に入ろう.

極分解

いちいち全部説明していると大変なので線型代数の基本的な知識は既知とする.

複素数 \(z\) に対する極形式は \(z = r e^{i \theta}\) だった.

もちろん \(r \geq 0\) が複素数の絶対値で \(\theta\) は偏角だ.

これで書けないこともないのだが, 数学書での普通の極分解の書き方に合わせて \(z = e^{i \theta} r\) と書くことにしよう.

念のため, 実数・複素数の積は可換なのでこうやっても問題ないことも注意しておく.

複素数が回転を表す絶対値 \(1\) の複素数と正の数の積で書けることに注目して,

行列も適当な量が \(1\) になって回転も表してくれそうな行列と, 適当な意味で正の行列で書けないかと考える.

結論からいうと次の定理が成立する.

定理 (極分解): 任意の正方行列 \(A\) に対して

\(A = W |A|\) となる部分等距離行列 \(W\) が存在する.

さらに \(\ker W = \ker A\) の条件をつければ \(W\) は一意的に取れる.

あともう 1 つ.

定理: 上の \(W\) は特にユニタリに取れる.

この定理自体の証明はそこまで難しくないが準備が大変なので証明は省略する.

無限次元の Hilbert 空間上の有界な線型作用素,

さらには非有界な閉作用素のクラスにまで一般化できることも注意しておきたい.

証明を確認したい方には, 例えば日合-柳の『ヒルベルト空間と線型作用素』\cite{HiaiYanagi1} を勧める.

http://tinyurl.com/oxv8czy

それはそれとして定理の説明に移ろう.

行列 \(|A|\) は行列 \(A\) の絶対値という: ここでは行列式ではない.

部分等距離行列が適当な意味で回転を表していて,

やはり一般の行列も適当な意味での回転と絶対値の積で書けるのだ.

有限次元行列の場合 \(W\) はユニタリで本当に「回転」で取れる.

実係数の行列で回転を表すのは直交行列だったことを思い出してほしい.

ユニタリ行列は直交行列の複素版だから, まさに回転を表す行列なのだ.

絶対値は Hermite 行列であることも証明できる.

Hermite だから対角化できるから

当然特定の方向に対する拡大・伸縮の作用になる.

部分等距離行列や絶対値を定義していないから,

それを説明して終わりにしよう.

行列の絶対値

結論からいうと複素数の場合と同じく \(|A| = (A^* A)^{1/2}\) とすればいい.

ここで \(A^*\) は共役行列だ.

念のため, 共役を定義するには基礎となる線型空間が内積空間でなければいけないことを注意しておく.

\(A^* A\) はただの共役と積だが問題なのは行列の \(1/2\) 乗の方だ.

簡単に定義するなら次のようにすればいい.

\(A^* A\) は Hermite だから対角化 (正確にはスペクトル分解) できる:

\(A^* A = \lambda_1 P_1 + \cdots + \lambda_k P_k\).

ここで \(P_i\) は固有空間への射影, \(\lambda_i\) は固有値で,

\(k \leq n\) で固有値に縮退がある場合は \(P_i\) に対応する固有空間の次元が \(2\) 以上になる.

少し議論が必要だが, 固有値 \(\lambda_i\) は非負に取れることがわかっているのでそれぞれ数としての平方根が取れる.

それを使って \(|A| = |\lambda_1|^{1/2} P_1 + \cdots + |\lambda_k|^{1/2} P_k\) と定義すればいい.

対角化を使わない議論もあるがちょっと面倒なので省略する.

一般の場合については前掲書の P.43 を参照してほしい.

部分等距離行列

部分とあるくらいなので等距離行列のような行列なわけだ.

定義しなくてもいいのだが, 参考のために等距離行列を定義しておこう.

これには内積から定まるノルムを使う.

定義: \(A\) が次の条件を満たすとき \(A\) を等距離行列という: 任意のベクトル \(x\) に対して

\begin{align}
\Vert A x \Vert = \Vert x \Vert.
\end{align}

ここで \(\Vert x \Vert^2 = \langle x, \, x \rangle\) であり右辺は内積とする.

要はノルム (いわゆるベクトルの長さ) を変えない行列のことだ.

全てのベクトルの長さを変えないのが等距離行列で,

大雑把に言えば一部のベクトルの長さを変えないのが部分等距離行列だ.

正確には次のように定義する.

定義: 行列 \(A\) が次の性質を持つとき \(A\) を部分等距離行列と呼ぶ: 任意のベクトル \(x \in (\mathrm{ker} \, A)^{\perp}\) に対して

\begin{align}
\Vert A x \Vert = \Vert x \Vert.
\end{align}

\(\mathrm{ker} \, A\) は行列 \(A\) の核で, \(Ax = 0\) となるベクトル \(x\) の全体だ.

考えている線型空間の部分空間 \(L\) に対して \(L^{\perp}\) は \(L\) の直交補空間を表す.

要はベクトルに対して作用させると \(0\) になるか長さを変えないかどちらかになる.

念のため例を挙げておこう.

等距離行列は複素線型空間に対してはユニタリのことだ.

部分等距離は例えば

\begin{align}
A
=
\begin{pmatrix}
0 & 1 \\
0 & 0
\end{pmatrix}.
\end{align}

まとめ

  • 行列 \(A\) は複素数の極形式と同じく極分解 \(A = W |A|\) を持つ.
  • \(W\) は部分等距離行列で大雑把に回転を表していて, \(|A|\) は行列の絶対値で「正 (非負)」の行列.
  • 複素係数の有限次線型空間で考えているなら \(W\) はユニタリ行列に取れるので本当に複素回転を表す.

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