書評: 齋藤正彦『線型代数入門』 Amazon のベストレビューにもなっているレビューを書き直し+追記

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齋藤正彦『線型代数入門』の書評を Amazon から書き直した上で転載する.
この書評は確か学部 3 年のときに書いて 4 年で書き直したという記憶がある.

書いた理由は何かわけのわからない頭の悪そうな
物理の学生 (自称していたので申告を信じる限り間違いない) が
「この本を読んでも物理の役に立たない」とか
愚かなことを書いていたので恥ずかしくなって急いで書いたのだ.

それはそれとして書き直し・追記の上での転載をしておこう.

Amazon から

物理・物理まわりの諸工学への応用にはものすごく使える.

数学科だとテンソルがないとかいろいろあるし,
佐武一郎『線型代数学』の方が役に立つとかあるが,
応用向きには本当に使える.

経験に照らしてみても, (非数学の) 初学者が気楽に読める本ではないが,
(初等) 物理の中で線型性はとても大事な概念であり,
物理・諸工学の人達もこのくらいの本で本格的に勉強してほしい.

数々の物理法則は微分方程式の形で書かれていて
初等的な範囲で出てくる方程式はたいてい線型だ.
例えばたいていの電磁気学の本は静電場を記述する,
点電荷に対する Coulomb の法則からはじまる.
これを重ね合わせの原理で多電荷の系へ拡張して
さらに電荷が連続分布した系へと拡張していく.
この重ね合わせの原理を数学的にいうと微分方程式が線型ということにあたる.

線型空間の理論は座標による表示を離れるという幾何学的な面もある.
これは物理法則の共変性を定式化する上で大切で,
解析力学, 特に相対論で決定的な役割を果たす.

もっと本質的に線型性が出てくるのは現代物理の要たる量子力学だ.
正確には量子力学で用いるのは無限次元の線型代数 (関数解析) だが,
基本を学ぶには有限次元の線型代数 (本書の程度!) で十分だ.
応用上も大事な正規作用素のスペクトル分解 (抽象的対角化) について
触れてあるのも嬉しいところだ.

スペクトル分解は無限次元でも成立するし,
量子力学・場の量子論の数理では基本的な道具だ.

最後に行列の解析的な取り扱いがあり, これがまた大切.
そもそも行列の関数, 指数関数や対数関数を定義する応用上も大事な議論がある.
たとえば量子光学で現れるコヒーレンスを扱うとき
これを知っていると戸惑いがなくなる.
常微分方程式の具体的な解法でも出てくるし,
Taylor 展開でも使える発想だ.

かなりマニアックな話 (数理物理的観点) だが
Perron-Frobenius の定理の前に「工学や経済学への応用上重要」という説明がある.
この定理は厳密統計力学への応用がある.
さらに正値性保存 (または改良) 作用素の理論という無限次元版もあり,
これは汎関数積分 (経路積分) に応用がある.
確率論・力学系で大切なエルゴード理論とも関係のある定理で
数学内部でも役に立つ定理だ.

学部 4 年にもなれば物理で線型代数が重要なことは身にしみて分かる.
特に量子力学においては決定的だ.
ある程度線型代数に慣れたら物理・諸工学の人にもぜひともアタックしてもらいたい本.

ツイート (Togetter) からの転載

齋藤正彦『線型代数入門』について見るべき所を挙げておきたい.
まず p120 からが決定的に重要.
例 3 で関数空間 (多項式空間) に内積を叩き込んでいる.
量子力学で出てくる線型空間は原則関数空間なので, 正にここを使う.
ヒルベルトとか鬱陶しいのはひとまずいい.

p122 例 5:ルジャンドル多項式.
多項式空間での基底としてのルジャンドルを出してきている.
関数のノルム (ベクトルの「長さ」) も出している.
ルジャンドルは電磁気でも出てくる.
マクスウェルは電磁場の「線型」方程式なので上手くはまってくれる.

p126 例 7, 有限フーリエ級数.
フーリエは知っていると仮定するが,
正にフーリエが線型代数の枠内で議論出来る (部分もある) 事を明示している.
三角関数が (適当な内積空間での) 「正規直交基底」になる.
これは高校の教科書にも計算問題としては書いてある.

問題 7.
これは量子統計で使う.
(平衡) 状態はオブザーバブル A に対して適当な複素数を返す関数だが,
これは必ず (密度) 行列を使ってトレースで書けることを言っている.
ただしうるさいことを言うと原則有限次元でしか使えないので,
物理としては役に立たないと言い切ってもいいのだが.

p128 問題 8:ある種の変分とか何とか.
問題 10, 色々な内積とラゲール多項式: 他にもこの系で電磁気・量子力学で出てくる
「~多項式」が再現される.
問題 12, 双対空間: 初学者にとって直接どうというのが言いづらいが,
少し進んだ話をするとそれなりに使うはず.
数学としては大事.

第 5 章: 量子力学の魂.
p137 例 8, 数列空間:数列も線型代数の枠内で議論できる (部分がある) ということ.
p138 例 9. 線型常微分方程式.
先程から電磁気などそれっぽいのを挙げているが,
微分方程式論を応用先に持つことがここではっきりと分かる.

p144: スペクトル分解.
要するに対角化だが, スペクトル分解は無限次元化出来て量子力学で直接使える.
射影の値域がその固有値の固有空間で, 縮退度が固有空間の次元に対応したりとか何とか.

#qmstd 定理 2.10: 行列の極分解.
量子力学的な解釈としては行列は大体複素数と思える.
複素数ならば極形式で表現出来るか考えたくなるのが人情らしいのでそれをやってみた.
定理 2.11: 変分原理.
量子力学で基底エネルギーを評価するときに使う.

第 7 章. 行列の関数を定義するという荒業.
ハミルトニアンを \(H\) とすると,
その系の時間発展は \(U_t=e^{itH}\) になる.
ここで行列の指数関数が出てくる.
あと量子光学でコヒーレンス扱うときもこの辺が出てくる.

量子力学ではより激しく微分作用素の指数関数も出てくる: 運動量作用素を
\(p=-id/dx\) として \(e^{itp}\) が出てくる.
この場合, 数学的に正確な定義は面倒だが,
とりあえず指数のテイラー展開に直接代入で「納得」されたい.
ついでに言うとこれは本当にテイラー展開になる.

p217, ペロン・フロベニウスの定理.
正確に言うと別のバージョンだが, 固体物性,
磁性のモデルで使うハバードモデルの「研究」で本当に使う.
詳しくは田崎さんの http://bit.ly/368vRy を参考にされたい.
Google のページランクでも使う定理で応用は広い

Amazon でのコメント, その他ツイートの引用

Amazon で書評に関して次のようなコメントをもらっていた.
後でツイート引用しつつそれに対してもコメントするが,
大事な指摘もあるので転載しておく.
コメントの URL はこれ.

Amazon でのコメント

スペクトル分解と対角化は同値ではありません。正規変換の対角化が可能ならばスペクトル分解が可能なのであり、スペクトル分解からは対角化は必ずしもでき ませんし、それに触れた本はありません。また無限次元空間ではスペクトル分解はルベーグ式の積分で表され当然対角化と同値ではありません。

本書の145項~146項
「線型代数入門」(松坂和夫)367項~371項
「線型代数学」(佐武一郎 , 旧版)170項と306項

をご確認ください。

明らかにスペクトル分解は対角化ではありません。或る意味で線型変換(の表現行列)を射影子で分解したものであり、表現行列を簡単な形に変形する対角化とは違います。

また本格的に量子力学をやりないのなら解析学も位相空間論も必要です。線型空間論や対角化の理論も必要です。確かに本書程度で理解は進みますがあくまで補 助程度であり量子力学に現れる殆んど全ての関数空間は無現次元で位相空間論と解析学が多用されます。有限次元と無現次元では決定的に違う性質は多くありま す。

私のレビュー(http://www.amazon.co.jp/review/RLEIMOTFVYN73/ref=cm_cr_dp_title?ie=UTF8&ASIN=4130620010&channel=detail-glance&nodeID=465392&store=books) で紹介している本も参考にしてください。有限次元空間など出てきません。典型的な空間はR^nの部分集合Ω上のL^2ノルムが有限な(二乗可積分な)関数 の空間(L^2)(Ω), k階までの弱導関数がL^2な関数の空間(H^2)(Ω), 二乗総和可能な数列の空間ℓ^2など無数にあります

私の返信コメント+追記

> また本格的に量子力学をやりないのなら解析学も位相空間論も必要です

「本格的にやる」がどういう意味なのかわかりませんが、
物理として本格的にやるというなら数学としての解析学
(Lebesgue とか関数解析、PDE の理論)と位相空間(topological space)が
必要というのはどう考えてもありません。

そんなことをしている暇があるならきちんと物理やりましょう。
時間の無駄です。

量子力学の数学・数理物理をやりたいならもちろん最低限の解析学の素養は必要です。
(解析学と位相空間論を分けている理由はよくわかりませんが。)

追記

\(H^1\) なら Lieb-Seiringer でも出てくるし
よく使うイメージも湧くが量子力学で \(H^2\) 使うのだろうか.
これは本当に知らない.
量子力学 (の数学) はあまりやっていないので.

下でもやり取りを引用しているが,
私が実際に学部の 3 年の講義で扱った量子電磁場とカップルした系
(正確にはいろいろと適当な近似を入れていて完全な量子電磁場とのカップルではなかったが)
の取り扱いが既に研究の最前線レベルだ.

数学を多少やったところで本当に全く物理の実用にならない.
むしろ物理の学部程度にすら届かないので
無駄と言い切ってもいい.
上のコメントは数学者のポジショントークというにしてもお粗末だ.
できるというならぜひ研究してどんどん結果を発表してほしい.
私はこの分野の人間であり,
人が少なくて困っているくらいだからぜひ来てほしい.

興味がある奇特な人は次の Lorinczi-Hiroshima-Betz でも読んでみてほしい.
確率論の素養が必要で死ぬほどつらいのでお勧めはしない.
arXiv で Fumio Hiroshima とか Frohlich とかで
適当にプレプリントを探してもらってもいい.

ツイート引用

あとこれ.


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