2021-05-08 メルマガ原稿 復習, 概要, 層, 解析接続

復習: 留数定理までの流れ

前回, セミナーで作った英語の資料を共有したと思います. 流れだけまとめておきましょう.

収束証明や関連する定理の細かい部分は全て無視してよく, 括弧をつけた積分定理の拡張などもできることは前提にして, 大雑把な証明ごとこの流れを暗記してもいいくらい大事なところです. 実際, 今後はこのくらいのことはできると仮定してリーマン面・関数論の話を進めます.

リーマン面の議論の概要

よくも悪くも多変数・高次元と違う部分があるので, 私のいまの認識の限りで大まかに概要を議論します.

私が知る限り, コンパクトリーマン面と非コンパクトリーマン面でかなり趣が変わります. もちろん解析的な面もありますが, それ以上にコンパクトリーマン面だと代数幾何との対応が強くつく事情によるのでしょう.

少なくとも古典的な代数幾何は射影空間内の議論が基本です. そして実数体・複素数体に対する射影空間はユークリッド位相でコンパクトです. 素朴には代数多様体は複数の多項式の共通零点として定義され, 多項式は連続関数なので代数多様体は閉集合です. コンパクトハウスドルフ空間の閉集合はコンパクトなので, 古典的な代数幾何の基本的な対象は全てコンパクトです.

三位一体と呼ばれるもう少し強い事情があります.

定理 10.1.1 を引用しましょう.

定理 10.1.1. 次の 3 つの圏は同値である. (i) 非特異射影曲線の圏 (Curve). 対象は C 上の非特異完備代数曲線 C. 射は C 上のスキームの射 C → C′. (ii) 閉 Riemann 面の圏 (Riemann). 対象はコンパクト 1 次元複素多様体 R. 射は複素多様体の正則写像 R → R′. (iii) 1 変数代数函数体の圏 (Fuction). 対象は 1 変数有理函数体 C(x) の有限次元拡大体 K. 射は C 代数と しての準同型 K → K′.

この (ii) が特に直接的にコンパクトなリーマン面です. 高次元では完全な同値は成り立たないものの, 作用素環のゲルファント-ナイマルクの定理にはじまる代数-幾何対応があるため, 一定の意義があり, 現代幾何の強いモチベーションにもなる大定理です. ガチガチの圏論ベースの話にまで持っていくかはともかく, リーマン面を勉強するときの重要なテーマであることは間違いありません.

代数幾何の文脈を離れてもコンパクト多様体は幾何のごく基本的かつ重要な対象で, その議論に慣れる意味でもひとつとても大事です.

これまた私が知る限り, 非コンパクトなリーマン面は解析的な趣が強くなり, かえって非数学科出身の人には近付きやすい対象と思います. ポアソン積分や楕円型の偏微分方程式の解析など, 応用上も大事で身近な対象がよく出てきます.

数学を数学として味わいたいときは, まずはコンパクトリーマン面を目指して勉強するのがお勧めです. 学部レベルの数学科の数学を総動員してアタックするべき対象で, いろいろな数学が交差します. もちろん解析学も使えます. 実際, ここでもまずはコンパクトリーマン面に関わる基本的な数学を紹介することからはじめます.

この線については, 以前も紹介したように, 斎藤毅先生の数学原論を眺めてみるといいでしょう.

私もまだ読み切れておらず, そして必ずしも読みやすい本ではないようですが, 目次を見ているだけで楽しい本です. この本は確かコホモロジーだけでホモトピー論が書いていなかったと思いますが, 解析接続がらみでホモトピー論が必要なので, ここではホモトピー論の話もします.

層の理論

リーマン面だけに限らず代数幾何・関数論で根源的な理論です. これも追々紹介しますが, 大雑把に言えば局所的な情報を代数的に制御するための道具です. もう少し言えば関数のパッチワークで局所的な情報から大域的な情報を調べ, 取り出す方法です.

ここで多様体は開集合のパッチワークとして定義されること, ゲルファント-ナイマルクの定理をはじめとした代数-幾何対応を思い出してください. 多様体を開集合のパッチワークとして定式化するのは明確なのですが, 究極的には集合論しか道具がなく非常に扱いづらいです.

一方, 関数の議論に持ち込むと, 微分積分のような解析的な道具はもちろん, 関数環を考えることで代数も持ち込めます. これが層による議論のメリットです. 斎藤毅本でも多様体を関数環つきの位相空間として定義していたはずです.

層は単独の関数に対するパッチワークというより関数環のパッチワークですが, 単独の関数に対するパッチワークも解析接続として重要です. さらに正則関数はその性質から局所的な情報が大域的な情報を強く制約します. このうちの一つが層に対する解析接続の原理です. 名前から想像できるように関数論でも根源的な議論ですし, 解析接続の基礎になっています.

解析接続

私にとって解析接続は学部一年ではじめて関数論に触れて以来, ずっと謎として残っていた議論でした. 雰囲気レベルの話はいろいろなところに書いてありますが, きちんと書いてある本をほとんど見かけません. リーマン面に行ってしまうと逆にコンパクトリーマン面や代数幾何との話が出てきて, 「もう解析接続くらい知っているでしょう?」といった雰囲気の本ばかり目にします.

この辺を改めてきちんと調べて勉強することは私にとっての大きなモチベーションです. 証明込みで一通りは勉強していますが, やはり証明の丁寧な読み込み・個別の詳細にフォーカスをあてるばかりで, 大きな姿を改めて復習する機会がなかなかありませんでした. メルマガ作成・コンテンツ化を口実に, 解析接続の理論を整理し直すことも私個人の大きな目標になっています.

メルマガとしてはかなり長くなってしまいました. 今回はこの辺で終わりましょう. 次回からはもう少し具体的な話にうつります.

学部レベルの数学を大横断すると言ったように, いろいろな数学の予備知識が必要です. なかなかリーマン面それ自体の話にならない部分もありますが, のんびりお付き合いください.

ではまたメールします.