2021-05-15 メルマガ原稿 リーマン面の定義, 解析接続, 被覆空間論, 物理との関係

いい加減本題に入ります. 改めて書いておきますが, 現代数学探険隊 解析学編, 最低でも現代数学観光ツアー程度の知識は仮定して進めます.

リーマン面は関数論でいわゆる多価関数を議論するために生まれた分野・理論・対象です. 関数論での多価関数はある正則関数を複数の経路に沿って解析接続するときに出てきます. リーマンはこのような領域を扱うために, 複素平面上にいくつかのシートを準備し, 各シートの上で一価関数にすることを考えました. これは位相幾何(トポロジー)の中で整備された概念である被覆空間に辿り着きます.

リーマン面の定義

一言で言えば連結な一次元の複素多様体です. 連結性を課すのが非常に重要です. 少なくとも私が見た範囲の初等的な本ではふつう連結性を課しています.

曲線に沿った解析接続

複数の経路に沿うことを考える以上, そもそも考察下の領域上で自由に任意の二点を結ぶ曲線を引きたくなります. つまり弧状連結性が必要です. 多様体くらいの適当にいい空間なら連結性と一致します. これがリーマン面に対する連結性の仮定につながります.

被覆空間論

トポロジーではホモトピーの理論で重要な空間です. 解析接続の議論の中では基本群に対するガロア理論またはその類似がとても大事です. ホモトピーは代数トポロジーの一分野と言われますし, ガロア理論またはその類似と書いたように, ある程度代数に慣れ親しんでいないと被覆空間論という空間論も理解しきれません. 逆に言えば, ここからガロア理論をはじめとした代数に慣れ親しめるとも言えますし, 幾何的な直観を使いながら抽象的な代数を勉強できるとも言えます.

何からどういう方向でアタックしても構いませんが, ある程度の代数と幾何, そして位相空間論の知見が必要です. 適当な手段でカバーしてください. ガロア理論は結城浩さんの数学ガールで専門の巻がありますし, 買うだけ買っていまだに読めていないのですがポアンカレ予想の巻もあるのでそこで多少は吸収できるでしょう.

もっとゴリっとやりたい人はそれぞれ適当な本を見繕ってください. 特に英語ならいくらでもネットに PDF が落ちています. ホモトピーについては私のノートもあるのですが, まだ公開できる精度にまで練り上がっていません.

リーマン面ではここにさらに関数論の解析学が絡んできます. この時点で代数・幾何・解析を総動員しなければならないことがわかります. ここではリーマン面それ自体の議論よりリーマン面の生まれに関わる解析接続の議論からはじめます. もしあなたがこれらの分野を未習なら, (解析学からの) モチベーションを保ちつつ勉強を進めるヒントにしてください.

物理との関係: 量子電気力学とレーザーの原理

本質的にコンパクト複素多様体が出てくる物理は超弦理論くらいしか知りませんし, 超弦理論も全く知らないのでそちら方面の話は何も書けません. ここでは解析接続がずっと気になっていた理由の一つとして, 私の専門である作用素論・作用素環論的な場の量子論の数理に関わる解析接続の応用を紹介します. 場の量子論・量子力学に関わる知見を多少仮定して進めます. これも必要なら現代数学探険隊を見てください. 多少は書いてあります.

ハミルトニアン $H$ と状態ベクトル $\Psi$, $\Phi$ に対して $f(z) = \langle \Psi, (H - z1)^{-1} \Phi \rangle$ を考えます. 面倒なのでハミルトニアンのスペクトルは実軸正の部分に一致するとすれば, $f$ の定義域は $D = \mathbb{C} \setminus [0, \infty)$ です. 定義によってこの $f$ は $D$ 上に特異点を持ちません. しかし適当な仮定のもとで, 実部が正の下半平面の領域から上半平面に向けて解析接続すると上半平面に特異点を持ちます. これがごく素朴なレーザーの原理と深く関係します.

物理的な設定をもう少し明確にしましょう. 特に非相対論的な水素原子と量子電磁場がカップルした系を考えます. 水素原子だけの系は実軸負の部分に固有値を持ちます. ふつうの量子力学では固有状態は安定な状態と言われています. つまり励起状態であるにも関わらず安定なのです. これは物理的にはあまり嬉しくありません. 励起状態が基底状態に落ちるにはエネルギーを吐き出す必要があります. 吐き出すべき先はもちろん量子電磁場で, 上で考えた系はこれをうまく取り込めているのです.

上半平面に解析接続したときに出てくる特異点の虚部は, 実軸負の部分にあった励起状態が準安定状態化したときの寿命の逆数です. 特異点の実部はもとの固有値を少しずれていて, このずれがラムシフトにあたります. 水素原子の挙動をもっと物理的に満足な形に持っていく努力の中で解析接続が出てきて, 実際に準安定状態の寿命やラムシフトともうまく整合しているのが面白いところです.

これを議論するとき, 準安定状態が出てくるところまで解析接続すればよく, 私が知る限りでは解析接続の最大領域を追いかけたりはしません. 物理的にはあまり意味がないとは思うのですが, それ以上に少し解析接続するだけでも論文レベルで 100 ページの激烈な難易度を誇るので数学的にはそこまでやり切れないことによります. 何にせよ解析接続が物理的に基本的な意味を持つ例ではあります.

ちなみに, 多変数の世界に行くとまた別の理由で多変数の解析接続が必要な局面は出てきます. 学部 4 年のときにアタックしたものの, あまりの難しさに挫折した議論でもあります. 挫折したままなので詳しく議論はできませんが, 少なくとも数理物理としては解析接続それ自体は基本的で重要な問題に連なることは改めて強調したいと思います.

大分長くなったので今日はこのくらいにしましょう. ではまたメールします.