2021-06-19 メルマガ原稿 解析接続

ワイエルシュトラス流の解析接続

基本はテイラー展開です. 有理型関数も特異点の外では正則であり, 正則関数は常にテイラー展開できるのでその意味でも自然な発想です.

テイラー展開はその公式を見ればわかるように, 同じ関数のテイラー展開であっても各点ごとの係数などは全く違います. そして常にその係数 $c_n$ が綺麗に書けているわけでもなく, テイラー展開だけ見て元の関数が常にはっきりわかるわけではありません. それでも一般論によってテイラー展開のべき級数が何か正則関数を定義するのはわかっています.

さて, テイラー展開はべき級数なので収束範囲があります. 点 $z = z_0$ のまわりでテイラー展開で得られて収束域が $U_0$ の関数を $f_0$, $z = z_1$ のまわりでテイラー展開で得られて収束域が $U_1$ の関数を $f_1$ とし, $U_0$ と $U_1$ は共通部分がありつつ互いに完全には含まれないとしましょう. ここで $f_0$ と $f_1$ が $U_0 \cap U_1$ では一致しているとし, $U_0$ 上で $f_0$, $U_1$ 上で $f_1$ である関数 $f$ が定義できます. この $f$ は $f_0$, $f_1$ のどちらよりも定義域が大きくなっています. これが解析接続の原形です.

特に上記の $z_k$ が複数あるとき, その点を適当に曲線でつないでいって関数の定義域を拡大することを曲線に沿った解析接続と呼びます.

曲線に沿った解析接続の難しさ

いわゆる多価性です. 平方根を取る関数 $f(z) = z^{1/2}$ を考えましょう. これを原点のまわりを単位円周に沿って回る解析接続を考えます. 特に極座標で $z = r e^{i \theta}$ とすると, $f(z) = r^{1/2} e^{i \theta / 2}$ です. 点 $z_0 = 1 = e^{i 0 / 2}$ から一周回ってまた $z_1 = 1 = e^{2 \pi i}$ に戻ってきたとすると, $f(z_0) = 1$, $f(z_1) = e^{i \pi} = -1$ という異様な結果が得られます.

結論から言えば $f$ の「特異点」 $z = 0$ のまわりを回ったからです. この不具合解消のためにホモトピーや被覆空間, ひいては連結性や複素多様体の概念が必要になったのです.

道の持ち上げと解析接続, そして層

層自体はここでは詳しく議論しません. リーマン面 $X$ 上の正則関数の層 $\mathfrak{O}$ からエタール空間の射影 $p \colon E (\mathfrak{O}) \to X$ が得られます. そして道に沿った解析接続はエタール空間の射影から解釈できます. これは関数論での層の有効性を表す命題でもあります.

層について少し

特に解析接続の基礎に直接関わる範囲の層の理論では, 特に何か概念的に難しい話をしているわけではありません. しかし層の議論はそれほど簡単ではありません. 少なくとも私にはかなり難しく鬱陶しい分野です.

理由は簡単です. 暴力的なまでに基礎を問われるからです. ここで言う基礎は位相空間論の本当に基礎の基礎であり, 位相空間に関わる集合計算の基礎の基礎であり, 群や環の基礎の基礎です. これらの定義に沿って愚直に計算ができれば特に困りません. しかし私はふだん純位相的な議論はほぼやらないため, 微妙なところで「これ, どうやればいいんだっけ?」とよくつまるのです. 細かく議論してくれているのを見れば「ああそうか」とすぐわかるのですが, 私の専門の関数解析では位相に関する議論は極限と収束の不等式処理がメインで, 割と集合論ベースの基礎の位相空間の少し凝った議論ができないことを痛感させられました. そして層に関する記述がある本はそうした純位相空間の話はさらっとしか書かれていません. 層を勉強しようと思う学生なら詳細は自力ですぐに埋められると思うからでしょう.

あと困るのは正則関数の層こそハウスドルフであるものの, 一般に層は非ハウスドルフの位相空間です. 関数空間をもとにした基本的で本質的な例はあるものの, 関数解析系の解析学ではたいていどんなに悪くてもハウスドルフ性は持つので, ここで位相空間に対する私の直観も限界を迎える部分があります. 特に私は学部は数学科ではなく物理学科で, 純血の数学科学生に比べれば数学の基礎への習熟度はどう考えても劣ります. そのギャップが惨いほどにまざまざと見せつけられる分野が層です.

情けない話ですが, 詳細を自力で埋めきれないためいろいろな本を参照しつつ層のノートを作りました. まだ記法が重たすぎて見づらい証明があったり, 一部気にくわない証明・何かピンと来ない (多分間違いがある) 証明があったり, これを書いた時点 2021-06 時点でリーマン面のコンテンツをフルオープンしづらい理由になっています. 世にあるさらりと書かれた本よりは細部が埋まっていて読みやすい部分もあるとは思うのですが.

このリーマン面の概要紹介講座を作って全体像を改めて固めつつ, 公開に向けてノートを整理していく予定です.

関数芽と大域的な正則関数

もとの話に戻りましょう.

関数芽ははじめに書いた各点でのテイラー展開が定義する関数である $f_0$ や $f_1$ で, 大域的な正則関数はそれらを束ねた $f$ です.

もちろん気分的にはそこの議論で尽きています. ここでの問題は層の理論の枠組みからはじめの直観的な議論をどうサポートするかで, これが関数芽と大域的な正則関数という言葉につまっています. 道に沿った解析接続が生む多価性についても, 関数芽で説明がつけられます.

一般的な解析接続

曲線に沿った解析接続は直観的ですし, ホモトピー・被覆空間との関係も見やすい意味では優れた定式化です. しかし曲線に依存する部分に鬱陶しさがあります.

曲線などの具体物に依存する部分を取り去った解析接続の定式化があり, 特に層や普遍性を使います. この定式化では圏論でよく出てくる可換図式や普遍性が直接的に顔を出すので, そうした意味でも発展性・応用性に溢れたよい定式化です.

この両者がきちんとつながるのが関数論の面白さであり, 教育的な分野である証拠です.

この一般の解析接続には極大性という概念があります. もしあなたにある程度の数学の基礎知識があるなら, ある空間に対する被覆空間のアーキタイプである普遍被覆空間, 被覆空間を統制する基本群, そして基本群に関わるガロア理論との関係が一気に頭の中にポップアップしてくるでしょう. よい概念とよい言葉を準備するのはそれだけでも大きな価値があります. その概念装置の一つがまさに層です.

有理型関数の解析接続へ

一番はじめに $f(z) = z^{1/2}$ を挙げました. それ以外にも関数論の文脈で多価性を持つ関数は, 数学科の数学らしい正体不明の異常な関数群ではなく, 高校以来おなじみの関数ばかりです.

特に適当な意味で多項式が生成する関数として代数関数と呼ばれるクラスがあります. 代数幾何とも直結する関数のクラスで, 具体的にいじり倒せる部分もあり非常に重要です.

ちなみにこの「具体的にいじり倒せる」のは「ありとあらゆる道具が使える」ことを意味する面もあり, それが代数幾何の面倒な部分を一手に引き受ける部分があります. なまじいじり倒せてしまうため, 使える道具は全て使いはじめてしまうのです. 一から研究する分にはよかったのでしょうが, あとで整理されきった形で勉強するときはそうしたいろいろな技術を知らないといたるところで詰まります. それも一つ一つの技術の知識があるかどうかという話ではなく, それらを使い倒して剛腕でねじ伏せる腕力が必要です. 層に関して腕力がなくて困ったのは先程伝えた通りです.

逆に代数関数まわりの議論がわからないのは基礎力がないからだとはっきりわかりますし, この議論・証明が読めるようにすることこそよい基礎訓練になります. 歯を食いしばって耐えましょう.