2021-07-10 メルマガ原稿 層のコホモロジー

層係数コホロモジー

特にチェックコホモロジーと呼ばれる層が基本的です. 定義自体に難しいところはありません.

まずは位相空間に對して被覆を一つ取って固定します. その被覆をなす開集合達に対して共通部分を取り, 細かくすることで局所的な情報を吸い尽くそうとするのが基本です. 特に細かくする極限で得られる対象を茎 (stalk) と言います.

もう一つ, 被覆に関する細分の極限を取る方向性もあります. 被覆の極限で得られる対象が一番の目的であるコホモロジー群です. この二段構成があるため, 理論の構成としてややこしい部分があります. 層を勉強する上での第一関門です.

代数系で典型的なのですが, 一つ一つの議論は必ずしも難しくはありません. しかし小さな議論を積んでいくと, いつの間にか下を振り返るのが怖くなるほど高いところにまで連れていかれます. これは作用素環で有名な竹崎先生も言っていたことで, 不等式処理で一撃一撃が重たい解析に慣れ親しんでいる人からすると, 少しカルチャーギャップがあるところです.

リーマン-ロッホの定理

コンパクトリーマン面でも決定的な定理です. 代数曲線論でも重要なので, 代数幾何的・純代数的な証明もあります. 解析学を援用した証明もあるのが面白いところで, 関数論の懐の深さが出ています.

まずはリーマン-ロッホの定理が何故重要なのかを簡単に説明しましょう. これは幾何的な情報を持つ定理で, 特にリーマン面の種数が計算できます. 実はリーマン面の種数は, 正則関数の層を係数とした一次コホロモジーで定義できることが知られていて, ここで層とコホモロジーが関係してきます.

そもそも何故種数が大事かというと, 閉曲面を位相的に決定する要素だからです. トポロジーで閉曲面の分類定理が知られていて, 向きづけ可能な曲面と不可能な曲面があり, それぞれがきちんと分類されています. この分類のパラメーターが種数であり, 幾何学的にも「穴の数」という明快な解釈があります.

リーマン面は一次元の複素多様体であり, 実二次元の図形としては曲面です. 曲面論の影響下にあるため種数は支配的なパラメーターであり, それを計算する方法としてリーマン-ロッホの定理が強い意味を持つのです. もちろんリーマン-ロッホの定理自体を証明する道具として, 層係数コホモロジーが大きな役回りを演じる, そういう流れになっています.

正則関数・有理型関数がなす層のコホモロジーの計算

特に関数の構成と直結した, ミッタク-レフラー分布と関係した計算が面白いです. これはぜひ証明を見てほしいです.

何をしているか簡単に書きましょう. まずミッタク-レフラーの問題が何かというと, 与えられた主要部・零点・極を持つ有理型関数が存在するかという問題です. 特異性を持つ主要部は固定されているので, その上に住む有理型関数の族がうまく存在し, 多様体のパッチとしての被覆の上で局所的に定義され, 多様体上の全ての点でうまく貼り合わせられて一つの有理型関数が作れるかが問題です.

貼り合わせて全体をうまく作れるようにするには, 各被覆の開集合 $U_i$ で定義された有理型関数 $f_i$ を取ったとき, 被覆の共通部分 $U_{ij} = U_i \cap U_j$ で $f_i = f_j$ をみたす必要があります. これらは共通の主要部を持つので, $U_{ij}$ 上での $f_i - f_j$ は正則です. つまり作用素 $\overline{\partial}$ による微分は消えます. この正則性と消滅性をうまく使っていく議論が非常に面白いです.

そして面白いのですが, 非常にややこしいです. 一足飛びに議論できないので, 正則関数・有理型関数以外にも単に微分可能なだけの関数がなす層も間に挟んで議論します. さらにはヒルベルト空間論, 特に適切な $L^2$ の関数を使った議論も援用します.

もしかすると, あなたは直観主義論理との関係で, ワイルが小平先生にリーマン面に関して「直交射影の方法はよくない」と語ったという話をご存知かもしれません. この直交射影の方法はまさにヒルベルト空間論を援用した手法です. 小平先生のエッセイ本にこのやり取りに関する述懐があり, 「私にとってヒルベルト空間は具体的な手触りのある空間で, その理論の活躍を制限するような議論は受け入れられない」みたいなことが書いてあったように思います. どの本だったかさえ忘れてしまったので正確な文言は紹介できないのですが, それなりに歴史的にいろいろな経緯もある話です. 何にせよ現代数学探険隊の解析学編での議論が活きる議論でもあり, あの大変なコンテンツを整備しておいてよかったと改めて思います. 解析的・記号的に面倒も議論もたくさんあり, さすがに何度も同じことを書きたくないボリュームです.

代数的・解析的にいろいろな議論を駆使して幾何的な結論を導く様子はとても面白く, ここでもきちんと書こうと思っていたのですが, 私の手持ちの証明は解析的・記号的に面倒すぎて, そう何度も書きたくないので断念しました. 適当なタイミング・形式でノートを公開するので, それをお待ちください. もちろん適当な本を読んでもらうのも一手です.