方程式と恒等式という言葉は不適切: 黒木元さんのツイートから

はじめに

次のツイート群を引用・編集しています.

編集が気になる方は上のリンクから元のツイート群を直接見てください.

最初にまとめ

長いので要点をまとめておきます.

補足: 言葉の経緯

以下引用

これ以降は自分で見やすいように多少編集を入れた「引用」です.

方程式という言葉のニュアンス

日本語の「方程式」と同じニュアンスの英語の言葉って確かにないよな.

このウィキペディアを見てみた. 大前提: 数学的に明瞭に理解したければ, 常に「方程式」という用語を使わずに言い直す習慣にしておけば問題ないので, 「方程式」という用語にこだわる方向の議論は不毛.

読んで面白そうなのは仏語版なのですが, 以下ではふれません.

これらから引用します.

方程式とは, 数学において, ひとつ以上の変数を含む等式のうち, 変数の取り得るすべての値に対して等式が成り立つ(恒等式)とは限らないものをいう.

In mathematics, an equation is a statement of an equality containing one or more variables.

日本語版がかなりおかしい. 本当は「ひとつ以上の変数を含む」とすると, $x$に関する方程式$ax=b$の$a$が0になった場合の方程式 $0=b$を例外扱いしなければいけなくなって面倒なので, 「未知変数が指定されている」程度にしておいた方が無難なのですが, そこはひとまず看過することにします.

日本語版でおかしいのは, 方程式を「恒等式とは限らないもの」としていることです. ほとんど日本語として意味不明. これって, 「恒等式であろうがなかろうが方程式とみなす」というまともな意味なのでしょうか? だったら, そう書けよなという感じ. 語版では【There are two kinds of equations: identities and conditional equations.】となっていました. これは「変数を含む等式には無条件で成立している恒等式と条件付きでなら成立している等式の二種類がある」という意味のようです.

中学校の教科書にある説明における「方程式」の意味は conditional equation に近い. 例えば, 学校図書の教科書には「$x$の値によって成り立ったり成り立たなかったりする等式を, $x$についての方程式という」とある. 個人的にはこの比較で納得した所があります. 案の定「伝言ゲーム」な感じ. あと日本語版ウィキペディアの「方程式」と英語版ウィキペディア「Equation」では, 方程式が含むパラメーターについてきちんと説明しているか否かも違うと思いました. 「パラメーター」もまた曖昧に使われる数学用語の一つだと思っているので注意を払いました.

パラメーター

数学的には方程式のパラメーターは$X → S$の$S$の座標のこと. 環の方では$k → R$の$k$が含む変数のこと. 上の比較によって, 「等式には恒等式と方程式の二種類がある」という言説は【There are two kinds of equations: identities and conditional equations.】のような真っ当な主張からの「伝言ゲーム」で生じたのではないか, という仮説が得られるように思ったのですが, どうなんでしょうかね?

多くの人達の反応に支えられて, 結構勉強になりました. どうもありがとうございます.

仮に, equation も「方程式」と訳し, conditional equation も「方程式」と訳していたら, 当然混乱することになりますよね. 入試問題でさえ, パラメーターを含む方程式は定番. 「パラメーター付きの方程式のパラメーターを動く範囲を制限したものも方程式とみなされるべきである」という要請を課すと, $x$に関する方程式$ax=b$のパラメーターを$a=0$に制限すると $x$に関する方程式$0=b$が得られます.

あるリプライからのさらなる応答

Equation → 方程式 〔附音挿図英和字彙 (1873)〕 Equation? → 等式 〔数学ニ用ヰル辞ノ英和対訳字書 (1889)〕 の翻訳が別になされた後, 使い方が慣習的に分かれたのかと思われるのですが如何でしょう. (典拠は日本国語大辞典精選版). 元が同じ英語なのではそりゃあ….

私が気にしていることは, equation に「等式」「方程式」のふたつの訳語があることではなくて, 中学校の数学教科書に書いてある「$x$の値によって成り立ったり成り立たなかったりする等式を, $x$についての方程式という」という「混乱」がどのような経緯で生じてしまったかについてです.

経緯は, さらにあるはずですが, 見かけが違う言葉に, 使い分けをつけようしたくなるのは, たぶん人間のサガ. で, 本来同義なものに異なる定義を与えようととしたら必然的に変な定義が出てきそう. いろいろできる変な定義のどれが選ばれたかは, あんまり意味ないかと.

このスレッドを読んでもらえればわかることなんですが, ウィキペディアの Equation の項目にある"conditional equation"がちょうど中学校の数学教科書にある「方程式」に対応. さらに, 等式を恒等式と方程式に分類する混乱は, equations の identities と conditional equations への分類にそっくり. これは偶然の一致であると簡単には切り捨てることは難しいように思えました. 英語内での equation の用例の情報も足りないし, 中学校の教科書の「方程式」の説明 (問題ありの内容) や, 等式を恒等式と方程式に分類する言説 (問題あり) の由来の情報は現時点で何もない. 私のモチベーションは, 「方程式」という言葉自体にあるにではなく, 中学校の数学の教科書における間違っているように見える方程式の説明がどこからやって来たかの方です.

英語版 Wikipedia の記述から

あ! 英語版ウィキペディアの註に次のように書いてあることを発見!

A statement of equality between two expressions. Equations are of two types, identities and conditional equations (or usually simply "equations")

私は英語内で, conditional equation を単に equation と呼ぶ慣習があったと予想していたのですが, 予想通りでした. 日本語圏での「等式は恒等式と方程式に分類される」という言説は, 次の対応によって生じたのだと思われます.

ということは, 英語の段階での (実際には英語そのものではないかも) equation の多義性がそのまま日本語に持ち込まれた結果がリンク先の「以前は」の正体なのかもしれませんね.

「方程式とはその中の変数に特別な値を代入したときに限り成立する等式のことである」と説明して来た人達は, それはよくない説明であることを学び, 知識をアップデートした方がよいと思いました.

資料追加

Equations are classified as identities, conditional equations, or internally inconsistent equations.

1964 年の文献. これは類別 (笑).

p.6 で等式の意味で equation という用語を定義していますが, p.7 では conditional equation の意味で equation という語を使いましょうと書いてあります.

これも equation を identity と conditional equation に分けて説明するスタイル. まさに「以前は」って感じ.

初等・中等教育数学への注意

初等中等教育の数学のスタイルには古臭い時代遅れの慣習が生き残りやすい感じ. 他にも例があったはずだが, 思い出せない. 数学は実際に使われている道具なので, 「教育用の独自の体系としての数学のスタイル」を作って維持するのはやめた方が良いと思う. 算数は独自体系を作ることを長年放置して来たせいで, 特に大変なことになってしまった.

数学の教科書を作るときに, 過去の教科書の内容の一部分のコピペは危険であるという教訓は結構大事かも. スッキリしないスタイルがどんどん「伝言ゲーム」されてしまう.

スタンダード・メニューだけを集めた数学の教科書は読んでもつまらないので他人にすすめにくい. 自分が正直な気持ちとして ((この本, つまらん)) と思っている本を真顔で他人に勧めるのは無理. 数学の本は難しいのでどうせ読むのに数年かかる. 数年手元に置いて面白く読めるものじゃないとつらい.

このスレッドの主題は翻訳の問題ではなく, リンク先の「以前は~」の部分の由来.

「方程式とは特殊な値を代入したときに限って成り立つ等式のことである」とか「等式には恒等式と方程式があり, それらの違いに注意せよ」のような教え方は中等教育では普通.

「方程式」のその定義は教育的に次の点で明らかに問題がある.

昨晩の検索で知ったことは, 英語圏では conditional equation を equation と呼ぶことがあって, これがちょうど上で紹介した日本の中等教育における「方程式」に対応しているということです. 以上の問題は日本だけの問題ではなかった.

言葉を適切に言い換えて説明するべし

別スレッドで繰り返して説明した以上の問題の解決法は, 教えるときに「方程式」という用語を使わずに言い換えた説明を常にすることです. 曖昧な用語の意味の詳細にこだわるより, 「$2x+1=5$となる数$x$を全て求めよ」のようなことをきちんと理解していることの方が大事です. 連立方程式の問題を出すときも常にしつこく「$x+y=1$と$2x+y=3$をみたす$x$と$y$の組合せを全て求めよ」のような説明をする. 不等式を解く問題でも, 条件に等式と不等式やそれら以外の条件が混じっている問題も全て同じスタイルで説明できる. 以上の教え方で一貫することの利点は, 数学の問題の多くが, 「条件○○を満たす××を全て求めよ」の形をしていることが明瞭になることです. (部分的な「ひとつ以上求めよ」が解ければ十分な場合も多い. 個人的にこの点は非常に重要だと思います.

「条件○○を満たす××を (全て, 1 組) 求めよ」の型の問題を解くことは, より複雑な問題を解くときの基本的な手段になっています. そして, 実際に問題に挑戦してみるまで, 条件○○の部分がどういう形になるかはわからないので, そこを柔軟に処理できる必要があります. 中 1 で「方程式とは特別な値を代入した場合に限って成立する等式のことである」と教えてしまっているせいで, 「条件○○を満たす××を (全て, 1 組) 求めよ」の型の問題の特殊な場合に過ぎないことを理解できない方向に誘導してしまっていると思われます. 「条件○○を満たす××を全て求めよ」の型の問題は条件○○が等式の集まりのときには「方程式○○を解け」のように書かれることがある程度の話でしかないと説明し, 条件○○は等式だけにならない場合も多いので, 「方程式」という用語の意味には細かくこだわらずにすます方がよいと思う.

ツイート引用先 URL 移項る monomial は項がひとつ, polynomial は項が複数というスタイルは19世紀の教科書にある. 中等教育の数学は19世紀の時代遅れのスタイルを維持し続けています. 時代から取り残された時代遅れスタイルを中学生に教えてよいと思っている人達が強い世界なのでしょう. 続く

結城さんのツイートへの反応

以下のリンク先の件についてはこのツイートを含むスレッドが詳しいです. 19世紀における等式の identity と conditional equation への分類が, 日本語圏で恒等式と方程式への分類になって, 現代において時代遅れになっても生き残っているっぽいというのが私の結論.

質問 (方程式と恒等式) 厳密に言い出すといろいろ難しいので, ざっくり書きます. 方程式と恒等式はどちらも等式です. 実際英語では方程式を単に equation と呼びますね.

よくあるデタラメへの注意

「数学における等号記号$=$には少なくとも恒等式と方程式という異なる ふたつに意味があり, さらに代入という意味もあることを付け加えておく」のような\coloredtextbf{デタラメ}を平気で述べる人達がいるので要注意.

数学では通常$A=B$は$A$と$B$が等しいという意味で使われます. 恒等式, 方程式, 代入, どの文脈においても=は単に両辺が等しいという意味になります.

要するに数学における通常の習慣のもとでは, 等号記号$=$は単に「等しい」という意味のみを持ち, 恒等式, 方程式, 代入などの意味は$=$記号以外の何かによって説明されなければいけないということです.

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