東大数学科名誉教授, 藤田宏先生が送る言葉:加藤敏夫先生のお言葉「悩んだときは上野の動物園に行ってオランウータンを見るとよい. 彼等の哲学的な表情を見つめると気が休まる.」大学受験勉強法

はじめに

掃除をしていたら次の文章を発掘しました.

久し振りに読んだらあまりにも無茶苦茶で感動する一文がありました. ついでにあとで簡単に藤田宏先生の紹介もします.

受験生とも重なる部分が多いのは【3. 数学の研究をするのも生身の人間】の内容です.

お気に入りの部分がありますが, それだけでは味気ないのでいくつか引用します.

引用

数学の研究は怠けていてできることではありません. とくにその出発点である大学院での学びには精励・精進が必要です. 必要な知識の需要は勿論大切です. それにもまして深く考え抜く修行が大切です.

(中略)

ところが, 高校時代から数学に熱心であったはずの 皆さんがすでに経験しておられると思いますが, 勤勉に頑張るだけでは, 「ひらめく」と限りません. とくに焦りは禁物です. この切なさは独創性が問われる研究において極まります.

そこへ向けての心構えとして, 西洋格言を一つ呈しましょう. それは, 「ゆっくりいそげ」 (Festina Lente: ラテン語) です. 「いそげ, ゆったりと」と訳してもよいでしょうか.

(中略)

それにしても, 生身の人間ですから, 研究が停滞したり, 人に後れをとったりして, 気が落ち込むときがあるでしょう. そのようなときの元気回復に役立つかと 思われる言葉をいくつか付け加えておきましょう.

私自身は, 何故か, 旧制高校生の時にドイツ語のテキストの例文に出て来た, ツルゲネーフの次の言葉をよく思い出しました: 「疲れたときは休むがよい. 他人もそんなに遠くは行くまい.」 私の恩師の加藤敏夫先生が弟子たちにすすめられました: 「悩んだときは上野の動物園に行ってオランウータンを見るとよい. 彼等の哲学的な表情を見つめると気が休まる.」 角谷静夫先生は, 太平洋戦争後に早々に渡米して活躍された関数解析創始者のお一人ですが, 私が 1967 年頃にエール大学を訪ねたときに言われました. 「学位のための論文が停滞して学生が悩んでいるときは, 恐竜の骨格 (エール大学の学内博物館?に巨大なそれがある)を見に行くことをすすめます. 恐竜の雄大さ, また, それが生きた頃からの時間の長さを実感すると自分の抱えている悩みなどは小さい, 小さい……という思いが湧いて院生達は元気が出るのです」

コメント

東大の院生や教官も日々このくらい追い詰められながら教育や研究に励んでいます. もちろん, 世界・人類最高峰の知性を持った人達との戦いであり, 受験とは比較にならない厳しい世界でもあります.

そんな人達が心を静め, パフォーマンスを高めるために日々苦労しています.

全く同じことをする必要はありませんが, 心を休めて活力を取り戻すことは必要です. 自分の生活にも取り入れてみてください.

加藤敏夫先生のオランウータンの話などは, 疲れ過ぎて頭がどうにかしきってしまったのではと心配になるくらいの話ですが, そのくらい集中して長期間研究に取り組んでいます.

2008年度版もあります. あなたも興味があればぜひじっくりと読んでみてください.

簡単な教員紹介

最後に藤田宏先生, 加藤敏夫先生, 角谷静夫先生について簡単に紹介しておきます. 興味ない方は読み飛ばして構いません.

藤田宏先生

私が藤田宏先生をはじめて知ったのは, 数学の参考書, シグマベストの編者としてでした. 巻末に「東大物理学科卒」とあって「何で物理の人が数学の参考書書いているのだろう」と思っていました. 大学に入ってからそのあと数学に転向して数学者として世界的に有名な人なのだと知りました.

放物型の非線型偏微分方程式に対する爆発現象とそれに関する藤田の臨界べき (critical exponent)で世界的に有名な数学者です. (下の論文はFujita exponentで適当に調べて出て来た論文で, これが重要というわけではありません.)

自分の名前を冠する概念がある程度には優秀で有名な方です. 私も2008年度の修士の入学式の祝辞のときにはじめてお目にかかって, 「高校でお世話になったシグマベストの編者とこんなところで出会うとは」との感慨を今でも覚えています.

ちょっと話がずれますが, シグマベストは学校の指定参考書でした. 入学時, このくらいができれば, 中堅くらいの大学には入れますと言われて「こんなに難しいのに中堅レベルか」と驚いたことを今でも覚えています.

それでも馬鹿みたいにこれをくり返しやって, 普通の模試では偏差値60くらい, 東大を受験してみたいと思えるくらいの成績を叩き出せました.

この本がいいとお勧めしているわけではありません. これと決めた本を馬鹿みたいに徹底的にやり込むことが大事です.

加藤敏夫

次に加藤敏夫先生. 加藤先生は直接的に私の専門の先達です. 学部のときの指導教官の指導教官の指導教官です. (早稲田の応用物理の大谷光春先生の指導教官が黒田成俊先生で, その指導教官が加藤敏夫先生.)

量子力学の数学に関して世界的に有名な仕事があります. ノイマン型コンピュータなどでも有名なフォンノイマンの指摘を受けた仕事をしています. 水素原子のシュレディンガー作用素の自己共役性の証明, その証明に使った加藤-Rellichの定理があります.

その他にも掃いて捨てるほどいい仕事があります. 超関数微分にも関わる加藤の不等式, 解析的摂動論の創始・完成, 線型・非線型のシュレディンガー方程式の研究を自身の研究で世界的にリードし, さらに後に世界的なリーダーになる学生をたくさん育ててもいます.

角谷静夫先生

最後に角谷静夫先生の紹介です. 関数解析や確率論に著名な仕事があります. 特にリース・マルコフ・角谷の定理はバリエーションも多く, 私もお気に入りの定理です. 関数解析・測度論の基本定理で大定理であり, 各所で使われる応用性も広い強烈な定理です.

確率論の仕事に関しては経済学へのインパクトもあり, 畑違いの経済学で名前がよく知られていて非常に戸惑ったことがある, というエピソードもあるくらいです.

こういう世界で活躍した人達ですら日々苦しみながら仕事をしています. そうした人達がどうやって高いパフォーマンスを維持しているかは あなたの参考にもなるはずです.

心を静め, 軽くすることが大切とくり返し語られています. 自分にはどんな方法があっているのか, それを探して生活に取り入れていってください.