RIMS の岡本久先生による『流体力学と数学』

はじめに

RIMS の岡本久先生による『流体力学と数学』という文章を読んだ. 岡本先生自身にもお会いしたことはなく色々な意味であまり詳しくはないが, 専門は非圧縮性流体とのこと.

引用とコメント

連続体であるという仮定のもとに, 温度, 質量密度, 圧力, 速度, といったマクロな量が定義可能になる. そして, それらを支配する微分方程式が導かれる. こうした事実に最初に気づいたのはオイラーであろう. ニュートンは流体力学を粒子の力学に還元できると信じきっており, 連続体を使うことはなかった. かれのプリンキピアの Book II には流体現象の様々な理論が展開されているが, ほとんどすべてが間違いである. 「流体の運動を極微の粒子の運動に厳密な意味で帰着させるということは諦めて, 連続体であるという近似から出発する」と, いわゆる流体力学になる. 言い換えれば, 本稿では「粒子の力学原理主義」は放棄するのである. ニュートンが考えたように, 基本粒子に関する最小限の仮定のみから出発してすべての流れ現象を演繹する, というプログラムは数学者には魅力的であろうし, 未完であるわけだから数学者にはひとつの重要な挑戦である. 筆者はこれを重々承知しているけれども, 流体力学の具体的な問題を解くためには, これはあまり生産的ではないので, 本稿では関知しない. 逆に言えば, 連続体の仮定はそれだけで十分に実り多いものであり, 未解決問題は多いのである.

ニュートンが連続体関連のことを議論していたというのはそうだろうが, プリンキピアで議論してしかもほぼ全て間違いというのは知らなかった. また, 後半部の「基本粒子に関する最小限の仮定のみから出発してすべての流れ現象を演繹する」は, 今でいうなら東大数理の舟木先生あたりがやっている流体力学極限のあたりだろうと思う.

さて, ナヴィエの理論はどのようなものであるのか? ナヴィエはニュートンやラプラスと同じく, 最小単位の粒子を多数 (しかし離散的に) 考える. そしてその相互作用を適当に仮定してナヴィエ-ストークス方程式を導く. 分子動力学原理主義者にはたまらない論文であろうが, 読んでみても何も納得できないというのが筆者の感想である. 実際, 彼の論法だと, 液体も固体も区別が付きそうにない. 固体の弾性体に対するナヴィエの理論は問題なかろうが, 全く同じ論法で流れの基礎方程式を出したとしても, 結果が正しいだけであって, そのプロセスは正当化できない.

  1. ストークス

ナヴィエの論文を読んだ後でストークスを読むと爽やかな気分になるのは筆者だけではあるまい. ストークスは何を仮定し, 何を導くべきかがわかっている. ナヴィエと違って, 連続体を使うことに何のためらいもないから, 論旨は極めて明快である. こうして, 非圧縮粘性流体の基礎方程式が由緒あるものとして定まったのが 1849 年である. というふうに考えるのは現代人である. 実際にはナヴィエ-ストークス方程式がどの程度正確に物理現象を再現できるのか, 疑問に思う人は多かった. ラムの流体力学の教科書である Hydrodynamics はこの道の定番ということになっているが, この教科書の初版 (1879 年) では, ナヴィエ-ストークス方程式に全幅の信頼を置いているようには見えない. 実験と比較できるようなデータがまだ出ていなかったのであろう. 流れの安定性に関するレイノルズの有名な実験の報告が公表されたのは 1883 年である.

このへんの経緯, 知らなかった.

ストークスは物理学者であるとみなされており, それはそれで間違いではないのだが, 数学的な才能もふんだんに持っていた (文献 [9]). 名だたる数学者に先駆けて関数列の一様収束の概念にほぼ到達していたのは有名な話であるし, 水面波に 120 度の角がおき得ることを示した論文など, 実にエレガントである.

Stokes, ベクトル解析というか多様体論の Stokes の定理の Stokes だろうか. そんなことまでやっていたのか感ある.

最後, 物理と数学の交錯するところに関する記述もある. あまり引用し過ぎると今度は全文引用という酷いことになるのでやめておくが, 興味がある向きは是非読んでみてほしい.

ラベル

数学, 物理, 数理物理, 流体力学, 偏微分方程式