摂動論の数理物理: 小まとめ

はじめに

以前からたびたび話題にしている原・田崎の『相転移と臨界現象の数理』だが, 「摂動」という言葉の使い方に関してコメントした内容について田崎さんからコメントが返ってきた. その時に返信した内容について折角だから共有しておこう. 具体的には「摂動という言葉は数学と物理で微妙に使い方が違うことがある」という話だ.

私の業界 (数学的には作用素論) だと「必ずしも小さくない摂動」が出てくる. 新井先生の『量子現象の数理』 2.4 節が正に「必ずしも小さくない摂動」と言うタイトルで, こうした所を指して言っている.

詳しくは本を見てほしいが, 例えば多項式はラプラシアンに対して相対的に有界ではない. そしてこのとき, パラメータが小さくなくとも扱える範囲がある. 作用素 $T$ に対して摂動した演算子が $T_{\lambda}$ だとして, 「$T$ がよく分かっている場合に $T_{\lambda}$ を $T$ との関連を見ながら考える」 位の意味で使うことがある.

これは著しく狭い業界での語法だろうという自覚はあるが, 上でも書いたように, 初等的な量子力学の話題, 特に調和振動子が「小さくない摂動」の範囲に入るため, 念の為指摘しておいた.

ちなみに摂動に関する諸々は私の研究テーマでもある. 色々あるのだが, いくつか簡単に挙げておこう.

スペクトル解析

物理では作用素 (演算子) のスペクトル (固有値) と観測量が対応しているので, スペクトルを調べることは基本的な意味を持つ. このスペクトルが摂動でかなり非自明で不可解な振舞いをするのが非常に気持ち悪い. よく「摂動級数が収束するか」とかどうでもいいことを気にする人がいるが, そんな程度の話ではない.

学部 3 年の量子力学の演習で 4 次の非調和項を入れた非調和振動子に関する摂動の問題が出たのだが, そのとき演習を担当していた助手さんが「この例は固有値が厳密に分かるるからそれと比較してみよう. 一次までの摂動を計算してみるとこの厳密解とぴったりあう. 厳密に求めるのは大変だが摂動で簡単に値が出るのが嬉しい」とか言っていて衝撃を受けたことを覚えている. 1 次の摂動で合ってしまうということはそれ以降の計算ではただただずれていくということだ. (摂動が収束するとすれば) 高次項は minor correction のはずであって, つまり元の厳密な値へは絶対に復帰しない. 厳密解が分かっているから 1 次で止めればいいと分かっているが, 一般にはそれができないから摂動計算するのであって, 何をどうしたいのだ, と.

他にもある. 摂動前後で固有値はともかく, その固有関数まで適当な意味で近いと思ってやっているのだが, これが (物理として) 真っ当か, という問題だ. 例えば, Laplacian からみて調和振動子と水素原子の系は (結合定数が小さければ) それぞれ近いと思っているが, そうかといって Laplacian の基底状態 ($L^2$ にはないが) と, 調和振動子および水素原子の解 (固有関数) が近いと思えるだろうか. 水素原子は Coulomb ポテンシャルの原点での特異性を反映して解にも特異性が出る. これは電荷の存在を表す物理的に大事な特異性だから意味があるが, 調和振動子や自由粒子にはもちろんない. これは近いと言っていいものか.

平衡状態と基底状態

物理でどう思っているのかはよく分からないが, 平衡状態と基底状態で摂動論の趣が大分違うことは, 少なくとも作用素環を使う数理物理業界ではよく知られている. 物理的な気分が大体そのまま反映されていると思っていい. 要はこういう感じ. - 平衡状態にゴミを少し入れたくらいでそんなに大きく性質は変わらないだろう. - 基底状態にゴミを少し入れると準粒子の雲がまとわりついて赤外発散を起こして, こう色々な面倒が起きる. この辺をきちんと追求しようというのは私の研究テーマの 1 つでもある.

半導体の場合少しでもゴミが入ると問題だという話もあるが, これは, ナノデバイスにしたときに大きく見れば少しのゴミでもナノデバイスレベルでは巨大なゴミになりうる, という話でもあって少し話が面倒だという理解をしている. ただ少し他の物質をドープする (少しのゴミと思える?) ことはあって, そこをどう読むかというのはある. 半導体は学部 3 年でデバイスまわりでの基礎を少しやったきりほとんど勉強していないのでこれ以上踏み込んだことは言えないが.

「摂動」もそんなに単純な話ではないということで.

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数学, 物理, 数理物理, 物性論, 半導体, 平衡状態, 基底状態, スペクトル解析, 作用素論, 作用素環, 摂動論