Hilbert 空間から始めるよく分からない数学

2021 年時点

拡充して現代数学観光ツアーにまとめている. これはこれで改めていろいろ書きたい気分もある.

導入

はじめに

Twitter なりなんなりで何かいうとき, 特に初学者相手に何かまとまっているのないかな, と思っていたが, 当然ながら完璧に自分の気に入る教材はない. なのでとりあえず文章でまとめていこう, ということでちょろちょろと気に入る教材的なものをまとめていきたい. 私の数学は Hilbert 空間にはじまるので, やはりここからはじめたい. 関数解析につながるし応用上も大事で, さらに線型代数と微分積分の融合というかほぼ直接の拡張でもある. ひとまず数学, 物理, 物理系の工学関係の人に響く感じにしていきたい. ニコマス P らしく動画でもいいのだが, 動画は作るのがちょっとしんどい. さらっと書ける文章にしておいて, 適当なときに動画にしたい.

いきなり Hilbert 空間に入ってもモチベーションがなくてつらいだろうから, 数回に渡って線型代数と微分積分の関係, 無限次元線型空間の導入と物理的なモチベーションについて書きたい. Togetter の「相転移P(@phase_tr)による「量子力学を理解するために斎藤正彦『線型代数入門』を読む人が注目すべき点」 にまとめられていることをもう少し物理上の応用もまじえながら書く感じで考えている. 量子力学でもいいのだが, もう少し読者対象に幅を持たせたいので電磁気と線型代数あたりでやっていく. (線型の) 偏微分方程式の解法からネタを取ってくるので, 関係する話なら何でもいい. 適当な微分方程式とその解法で考えてくれればいい.

何かこんなところは関係ないの, とかこんなところについて知りたいとかいうのがあれば, コメントなり Twitter でリプライとばしてくるなどされたい.

Togetter の転載

私の昔のツイートまとめでもあり, ついでにこちらにもまとめておこう.

齋藤正彦, 線型代数入門について見るべき所を挙げておきたい. まずp120からが決定的に重要. 例3で関数空間(多項式空間)に内積を叩き込んでいる. 量子力学で出てくる線型空間は原則関数空間なので, 正にここを使う. ヒルベルトとか鬱陶しいのはひとまずいい.

p122 例5:ルジャンドル多項式. 多項式空間での基底としてのルジャンドルを出してきている. 関数のノルム(ベクトルの「長さ」)も出している. ルジャンドルは電磁気でも出てくる. マクスウェルは電磁場の「線型」方程式なので上手くはまってくれる

p126例7,有限フーリエ級数. フーリエは知っていると仮定するが, 正にフーリエが線型代数の枠内で議論出来る(部分もある)事を明示している. 三角関数が(適当な内積空間での)「正規直交基底」になる. これは高校の教科書にも計算問題としては書いてある

問題7. これは量子統計で使う. (平衡)状態はオブザーバブルAに対して適当な複素数を返す関数だが, これは必ず(密度)行列を使ってトレースで書けることを言っている. ただしうるさいことを言うと原則有限次元でしか使えないので, 物理としては役に立たないと言い切ってもいいのだが

p128問題8:ある種の変分とか何とか. 問題10: 色々な内積とラゲール多項式:他にもこの系で電磁気・量子力学で出てくる「~多項式」が再現される. 問題12: 双対空間:初学者にとって直接どうというのが言いづらいが, 少し進んだ話をするとそれなりに使うはず. 数学としては大事

第5章:量子力学の魂. p137例8, 数列空間:数列も線型代数の枠内で議論できる(部分がある)ということ.

p138例9. 線型常微分方程式. 先程から電磁気などそれっぽいのを挙げているが, 微分方程式論を応用先に持つことがここではっきりと分かる.

p144:スペクトル分解. 要するに対角化だが, スペクトル分解は無限次元化出来て量子力学で直接使える. 射影の値域がその固有値の固有空間で, 縮退度が固有空間の次元に対応したりとか何とか.

定理2.10:行列の極分解. 量子力学的な解釈としては行列は大体複素数と思える. 複素数ならば極形式で表現出来るか考えたくなるのが人情らしいのでそれをやってみた. 定理2.11:変分原理. 量子力学で基底エネルギーを評価するときに使う.

第7章. 行列の関数を定義するという荒業. ハミルトニアンをHとすると, その系の時間発展はU_t=e^{itH}となる. ここで行列の指数関数が出てくる. あと量子光学でコヒーレンス扱うときもこの辺が出てくる.

量子力学ではより激しく微分作用素の指数関数も出てくる:運動量作用素をp=-id/dxとしてe^{itp}が出てくる. この場合, 数学的に正確な定義は面倒だが, とりあえず指数のテイラー展開に直接代入で「納得」されたい. ついでに言うとこれは本当にテイラー展開になる.

ペロン・フロベニウスの定理. 正確に言うと別のバージョンだが, 固体物性, 磁性のモデルで使うハバードモデルの「研究」で本当に使う. 例えば田崎さんの「数学:物理を学び楽しむために」を参考にされたい. Googleのページランクでも使う定理で応用は広い.

Hilbert 空間の定義

はじめに

とりあえず Hilbert 空間自体何か, というのをまず言わないといけない気がしたので, 天下りに定義だけしておこう. 次回以降で物理のどこでどういう風に出てくるか, これがあるとどう嬉しいかというのは説明するので, 今回は辛抱してほしい. 読み飛ばして必要になったら参照, というのでも構わない.

メインターゲットに据えるのは無限次元の Hilbert 空間なのだが, 有限次元も同じくらいに大事だ. 有限次元の Hilbert 空間は実数または複素数係数の Euclid 空間, $\mathbb{R}^d$ や $\mathbb{C}^d$ だ. これをもとに無限次元まで含めた定義をしているので, それを頭において次の定義を読んでほしい.

まず内積空間からはじめよう. と思ったが, 念の為に線型空間から定義しておこう.

定義: 線型空間.

$\mathbb{F}$ を (可換) 体とする. $\mathbb{R}$ または $\mathbb{C}$ と思っておけばいい. $\mathcal{H}$ が次の条件を満たすとき, $\mathcal{H}$ を $\mathbb{F}$ 上の線型空間であるという. 以下では $\Psi, \Phi, \Theta \in \mathcal{H}$, $\alpha, \beta \in \mathbb{F}$ とする.

  1. (交換則) $\Psi + \Phi = \Phi + \Psi$.
  2. (結合則) $\Psi + (\Phi + \Theta) = (\Psi + \Phi) + \Theta$.
  3. すべての $\Psi \in \mathcal{H}$ に対し, $\Psi + 0 = \Psi$ が成り立つベクトル 0 がただ一つ存在する.
  4. すべての $\Psi \in \mathcal{H}$ に対し, $\Psi + \Psi' = 0$ が成り立つベクトル $\Psi'$ がただ一つ存在する. この $\Psi'$ を $- \Psi$ と書く.
  5. $1\Psi = \Psi$.
  6. $\alpha (\beta \Psi) = (\alpha \beta )\Psi$.
  7. $\alpha (\Psi + \Phi) = \alpha \Psi + \alpha \Phi$.
  8. $(\alpha + \beta )\Psi = \alpha \Psi + \beta \Psi$. $\blacksquare$

ややこしく色々書いてあるが, いわゆる「足し算とスカラー倍ができる」と思っておけばいい. 私もすぐ忘れる.

では内積空間を定義しよう.

定義: 内積空間.

$\mathbb{F}$ を $\mathbb{R}$ または $\mathbb{C}$ とし, $\mathcal{H}$ を $\mathbb{F}$ 上の線型空間とする. $\Psi$, $\Phi \in \mathcal{H}$ に対し, 次の 4 つの性質を持ち, $\mathbb{F}$ に値を持つ 2 変数関数 $\langle \cdot, \cdot \rangle$ を $\mathcal{H}$ の内積と呼び, $\mathcal{H}$ を $\mathbb{F}$ 上の内積空間または前 Hilbert 空間と呼ぶ.

これもいちいち書くと鬱陶しいが, $\mathbb{C}^d$ の内積を考えて, それが満たす性質だと思えばいい. $\mathbb{R}^d$ だと複素共役がなくなるだけだ.

ようやくだが Hilbert 空間の定義をしよう.

定義: Hilbert 空間.

内積空間 $\mathcal{H}$ がその内積から決まる距離に関して完備となるとき, $\mathcal{H}$ を Hilbert 空間という.

完備というのが出てきたが, とりあえずどうでもいい. 数学的な性質の良さをつけただけだ. 気になる向きは調べてほしいが, 実数の完備性 (連続性) の完備と同じで「任意の Cauchy 列は収束する」ということだ. あと「内積から決まる距離」というのが出てきたが, 一応これも定義しよう. どんどん面倒になっていくが, まずはノルムを定義する.

定義: (内積から決まる) ノルム

$\Vert \Psi \Vert := \sqrt{\langle \Psi, \Psi \rangle} (\geq 0)$ で定義される関数 $\Vert \cdot \Vert$ を内積から定まるノルムという.

これは要はベクトルの長さに対応する. 同じ線型空間に対して色々な「長さ」を考えることができるし, またそれを考える必要もあるので, わざわざ長さと言わずノルムと呼ぶ. 当面はあまりご利益を感じられるような話をしない予定なので意味が分からないだろうが, とりあえず言葉自体はよく使うので覚えておいてほしい.

定義: 内積から決まる距離.

$d (\Psi, \Phi) := \Vert \Psi - \Phi \Vert$ で定義される 2 変数関数 $d (\cdot, \cdot)$ をノルムから定まる距離という. 特にノルムが内積から定まるとき, この距離は内積から定まる距離という.

これも距離空間というのがあって, そこの一般論がきちんと使えますよ, というポーズのために導入しておいた言葉なので, これも今は詳細はどうでもいい.

$\mathbb{R}^d$ と $\mathbb{C}^d$ がそれぞれ実または複素係数の Hilbert 空間というのは言ったが, それ以外の例を出さないといけないだろう. 量子力学以外でも Fourier 変換やら電磁気やらでも使うのだが, とりあえず数列空間 ($\ell^2$ と書く) と Lebesgue の意味で 2 乗可積分な関数の空間 ($L^2 (\mathbb{R}^d)$ と書く) を紹介したい. ただ, もう大分長くなってきたのでこれは次回に回そう.

無限次元 Hilbert 空間の例

はじめに

前回は Hilbert 空間の定義をした. 具体例として $\mathbb{R}^d$ や $\mathbb{C}^d$ があるという話をしたが, (工学的) 応用上, 無限次元の空間がどうしてもほしい. 次元の定義や実際にそれに則っているかは今はやらない. 次回, 実際どういうところに出てくるかを説明するので, もう少しだけ辛抱してほしい. 先に言葉だけ出しておくと, Legendre 多項式や Laguarre 多項式といった直交多項式, Fourier 解析で出てくる.

早速例を出そう. 2 つ覚えておけばよくて, 普通それで事足りる.

例 1: 数列空間 $\ell^2$.

これはほぼ直接的な無限次元化といっていい. $f = (f (n))$, $g = (g (n)) \in \ell^2$ とする. $f (n)$ は $f_n$ と書くと数列っぽくなるが, 次のことを考えて敢えてこう書いた. 和は $n$ 番目同士を足すことで定義する. 普通のベクトルと同じだ. 内積も有限次元と同じ:ただ和を無限級数にすればいい. 一応書いておこう. \begin{align} \langle f, g \rangle := \sum_{n=0}^{\infty} \overline{f (n)} g (n). \end{align}

最後になったが無限級数が収束しないと鬱陶しいので, 収束するための条件として $\ell^2$ の元は全てノルムが有限だとする. つまり次が成り立つ. \begin{align} \Vert f \Vert := \sqrt{\langle f, f \rangle} = \sqrt{\sum_{n=0}^{\infty} |f (n)|^2} < \infty. \end{align}

このとき内積も絶対収束する. それは Cauchy-Schwarz の不等式から分かる. 色々な意味で大事なので, Cauchy-Schwarz は次回証明までつけよう.

次の例を出そう.

例 2: Lebesgue の意味で 2 乗可積分な関数全体.

あとで実際に使うので, $\Omega \subset \mathbb{R}^d$ としておこう. 開集合くらいにした方がいいのだが, うるさいことはひとまずおいておく. 数列では添字を有限から無限に変えたわけだが, こちらは離散的にぽつぽつと足していたので連続的にべったり足したと思えばいい.

内積もきちんと書いておこう. \begin{align} \langle f, g \rangle := \int_{\Omega} \overline{f (x)} g (x) \, dx. \end{align}

こちらも $\ell^2$ と同じように積分の収束性は仮定する.

最後に, 念の為 $L^2$ を考えることに物理的な意味があることも言っておこう. 量子力学でもいいし一般に振動, 波動などでもいいが, 適当な関数の (微分の) 2 乗の積分にはエネルギーという意味がある. 物理としては, $L^2$ の中で議論しようというのはエネルギーが有限な関数だけ考えよう, というメッセージと思える. 量子力学では波動関数の 2 乗には確率という意味をつけている. この辺の物理については説明しない. 適当に物理を勉強してほしい.

次回は Cauchy-Schwarz の不等式を証明しよう.

Cauchy-Schwarz の不等式

はじめに

今回は Cauchy-Schwarz の不等式の証明をする. この段階でいきなり一般的にこの不等式の証明をつけるのはどうしようかと思ったのだが, それでもつけることに意味があると思ったのは次の理由による. これから Legendre 多項式や Laguarre 多項式といった直交多項式と Hilbert 空間の関係を紹介していくが, そのときに前回紹介したのとはまた少し違う内積を使う. 少し違う場合であっても, 内積の公理を満たすのであればいつでも成り立つということを伝えたいからだ. Cauchy-Schwarz の不等式は内積の公理から直接証明できることであって, 内積の具体的な取り方にはよらないということは, 証明を見ればはっきりするから.

あとで使うということもあって, Cauchy-Schwarz の不等式の証明の前にいくつか概念や予備定理を準備しよう. 有限次元と同じことだが, 念の為きちんと定義しておきたい.

以下, $\mathcal{H}$ を Hilbert 空間とする.

定義: 規格化

零でない任意のベクトル $\Psi \in \mathcal{H}$ に対して次の単位ベクトル $\tilde{\Psi}$ を作る手続きを規格化という. \begin{align} \tilde{\Psi} := \frac{\Psi}{\Vert \Psi \Vert}. \end{align}

定義: ベクトルの直交

ベクトル $\Psi$, $\Phi \in \mathcal{H}$ が $\langle \Psi, \Phi \rangle = 0$ を満たすとき, $\Psi$ と $\Phi$ は直交するといい, $\Psi \perp \Phi$ と書く.

定理. (Pythagoras の定理)

$\Psi$, $\Phi \in \mathcal{H}$ が直交するならば \begin{align} \Vert \Psi + \Phi \Vert^2 = \Vert \Psi \Vert^2 + \Vert \Phi \Vert^{2}. \end{align}

証明

定義に従って左辺を直接計算すればいい. \begin{align} \Vert \Psi + \Phi \Vert^2 = \Vert \Psi \Vert^2 + 2 \Re \langle \Psi, \Phi \rangle+ \Vert \Phi \Vert^2. = \Vert \Psi \Vert^2 + \Vert \Phi \Vert^{2}. \end{align} ここで $\Re z$ は複素数 $z$ の実部を表す. $\blacksquare$

もちろん, これはいわゆる「三平方の定理」だ. Pythagoras の定理も内積の公理から直接出てくることが分かる. こういう感じで Cauchy-Schwarz の不等式も証明できる.

定理. (Cauchy-Schwarz の不等式)

任意の $\Psi$, $\Phi \in \mathcal{H}$ に対して \begin{align} | \langle \Psi, \Phi \rangle | \leq \Vert \Psi \Vert \, \Vert \Phi \Vert. \end{align} 上式で等号が成り立つのは $\Psi$ と $\Phi$ が一次従属のときに限る.

証明

場合分けして考える. $\Phi = 0$ のとき, 成立は自明. $\Phi \neq 0$ のとき, $\Phi' := \Phi / \Vert \Phi \Vert$ とすると, \begin{align} 0 \leq \Vert \Psi - \langle \Psi, \Phi' \rangle \Phi' \Vert = \Vert \Psi \Vert^{2} - \left| \langle \Psi, \Phi' \rangle \right|^{2}. \end{align} したがって $\left| \langle \Psi, \Phi' \rangle \right|^{2} \leq \Vert \Psi \Vert^{2}$ となり, $\Phi'$ を $\Phi$ に戻して Cauchy-Schwarz の不等式が成り立つ.

等号成立時の条件について考えよう. 等号が成り立つとき, 上の導出から $\Psi - \langle \Psi, \Phi' \rangle \Phi' = 0$ だから一次従属性が分かる. 逆, つまり一次従属なら等号が成り立つことは明らか. $\blacksquare$

このとおり, Cauchy-Schwarz の不等式は内積の性質しか使っていない. ついでに Pythagoras の定理も内積の性質から導けることが分かった. 次回はこの認識に立って色々な $L^2$ 空間, 内積とそこから出てくる直交多項式を紹介したい. 具体的には色々な線型の偏微分方程式の解法で出てくることを紹介して, それらの背後に Hilbert 空間があること, Hilbert 空間で統一的に数学的な部分を把握できることを紹介する.

やや番外編 何で線型代数で連立一次方程式扱うの?

はじめに

先日, 数学科 (志望の) 大学新入生が線型代数で連立一次方程式扱うの, あれ何なの, 何の意味あるの, という風なことを呟いていた. 究極的には「数学を学んでいくうちに分かる. むしろある程度やらないとどうしても大事だ, という感覚は掴めない」と言わざるを得ない部分がある.

ただ, そう言って初学者が持つ当然の疑問に (できる範囲で) 答えないのも問題だ. それも数学科の学生ともなれば尚更. というわけでできる範囲の返答をしてみよう.

次の二本立てとしよう.

まず私の知る範囲ということでだが, 前者は応用向き, 後者は数学としても大事だが, 数学以外にとっても決定的に大事だ. 少なくとも数学科としては 2 を学ぶために取っ付きがいい題材として連立一次方程式を選んでいるというのが一番ではないかという気がする. Hilbert 空間から始めるよく分からない数学に組み込んだのは, この 2 の部分の役割の説明にもなるからだ.

当初の疑問に対して

連立一次方程式についてだが, これについて私が直接知っているのは例えば微分方程式の数値解法との関係だ. コンピュータはダイレクトに連続量を扱えない (らしい) ので, 微分方程式という連続的な対象を適当に離散化して数値計算に落とし込むようだ. 全てかどうかまでは勉強不足で知らないのだが, 少なくとも線型の方程式なら連立一次方程式に帰着する. 応用上, シミュレーションなどは大事なので, そこで微分方程式を解く必要があり, そういうところで基本的な役割を担う.

あと数学的なところでいうなら, 取っ付きの良さが挙げられるだろうか. 連立一次方程式という「簡単な」対象を題材に線型代数の基本的なところを学ぶというのは, 1 つの見識と言えないことはない. 抽象論に行く前に具体的なところで感覚を掴むことは大事だから. 連立一次方程式を解く中で色々な代数的特徴の幾何的な解釈も交じえながらやると, またもう少し視野も広がる. ただ, これだとあまり何の意味があるの, というところに答えられている気はしない.

閑話

少し話は変わるが, この辺, 私が半端に物理から数学に行ったためにあまり数学科の教育事情を知らないので困るのだが, 実際のところ数学科での数値計算やシミュレーションの教育はどうなっているのだろうか. 組み合わせ論や計算代数などコンピュータ上でも厳密な計算ができる対象については, 実際に研究でも使われることはあるようだが, 微分方程式などの近似計算としての利用の場合はどうか. 元京大で早稲田に移った西田先生 (衝撃波の専門家と聞いている) は数値計算援用証明の開拓という部分もこめて, 数年前に解析学賞をもらっていたので, この辺の教育も充実しつつあるのかもしれない. ちなみに私はといえば, 学生時代全くプログラミングはやっていなかった.

線型性という視点の獲得

2 の線型性という視点の獲得というところについて考えよう.

上で「線型の」微分方程式という話をしたが, 微分方程式という「代数」とは一見全く関係ないところにその名前が出ているところからして既にやばい. 解析学の話題の中にも線型性という視点が自然に入り込んでいる. このように数学を学ぶ上で線型性というのは基本的な見方, 言葉として決定的に重要なのだ.

例えば私の数学上の専門だが, 微分作用素 (d/dx) は線型写像 (普通線型作用素という. 物理だと線型演算子という) だし, 積分も線型写像と思える. この辺を徹底的にやろうというのが作用素論だ. 量子力学との深い関係もあり, 正にそこが私の専門になっている.

他の例

色々あって簡単に話しきれることではないのだが, 他にもいくつか例を挙げておこう. 線型代数の対象は線型空間とその上の線型写像だが, 群の表現論では群を線型写像に写し取って研究する. 群という別の代数的対象を線型代数を使って調べるということがある. 線型代数をフックにしているので, 線型代数の理解は前提としてある. また, 群が特に Lie 群になっているとき, この Lie 群を線型化した対象としての Lie 環という対象がある. 「線型化」という手法があると言ってもいい.

触れていると大変なことになるが, 群の表現論も物理への応用がある. 無限次元ユニタリ表現論は量子力学の基本と言ってもいい. これ自体は知らなくても物理は余裕でできるが, 一応使ってはいるので言葉くらいは紹介しておこう. また, 線型代数の発展として加群というのもある. 加群も色々なところで出てくる. 大学 1 年には無茶な要求だが, 線型代数は係数が体になっているのだが, 加群は係数を環にしている. これのおかげで (数学内部での) 応用の幅が大きく広がる. 第 3 回の関西すうがく徒のつどいで聞いたが, ホモロジー代数への応用ということでいうなら, 最近は画像処理などへの工学的な応用もあるようだ.

加群

加群の話はありとあらゆる意味で全く知らないのだが, 聞いたところによると射影加群はベクトルバンドルと言った幾何の話とも深い関係があったり, (D) 加群という代数解析での大事な対象が正に加群だったりする.

うまく答えられている気は全くしないのだが, まとめると, 線型代数は線型性という視点の獲得が一番大事なことで, 連立一次方程式という慣れ親しんだ題材でそれを学ぶことができるということだ.

悩むこと

定義だらけで退屈になるということだ. それはこの間, 次の本を読んでいて強く思った.

この間つどいでも反例関係の話をしたし, その他 Twitter でも位相空間の反例本に関する話もしたので, 折角だからちょっと読んでみようと思って買ったのだが, はじめが定義ばかりで閉口した. そこで翻って Hilbert 空間から始めるよく分からない数学での展開を思って反省した.

普通の数学のようにすると, 目的の定理や定義に向かってきちんと議論するためにはこういう定義や定理が必要で, そう思うとまずここから始めないと, という構成になる. それがまずいと思ってああいうタイトルで話をしようと思ったのに, 同じことをしていたら世話はない.

何かもう少し考えないといけない. どうせ試しにやっていることなので, 色々やってみたい.

過去にセミナーをやろうと思っていたときのメモ書き

はじめに

この間 TL で新入生が線型代数何ぞ的なこと言っていたのもあるので, 新入生向けに線型代数の世界を見せたい. 私が話せるのは解析学周辺しかないが, ないよりはましだろう, ということで. 大体, Hilbert 空間と線型作用素を基本に話す予定. モチベーションを高めることを目的に概論的な話で 4-5 回くらいに収めたい.

(当時の) 予定

やる予定の内容を書いておきたい. 基本的には抽象論をやる. 作用素論方面の話に行ってスペクトル定理くらいまでやりたい. 作用素環などで大事になる方向だ. 非可換幾何への展開でまた $L^2$ などとの関係が返ってくる. あと, $L^2$ のような話は具体的な話はもちろん大事だが, これはイントロで少し触れるだけにする.

イントロ

線型代数・微分方程式との関係

まずイントロでする予定の話. 線型代数は (数学内部または少なくとも物理と物理に近い工学で) 役に立つという話はされるだろうが, あまり具体的な話はされない (時間がない) だろうから, その辺の話から入る. 新入生向けなので, まず Hilbert 空間は何ぞというところを話す. 高校でもやった三角関数の積分が実は Hilbert 空間で意味を持つというところ, 微分積分と線型代数の交点というか親玉みたいな話としての関数解析で大事な空間という話をする. また, 物理でそれなりに色々な数学が出てくるが, 線型代数という視点でクリアで統一的な理解ができるから大事だよ, 的な話をする. 微分作用素, 積分作用素の線型性とかも話す必要がある.

物理または工学上大事な数学的道具立てとして大事な微分方程式があるが, 初等的な方程式なら具体的に解ける. 「線型の微分方程式」という中で既に線型性が出ているので, そういうところで解析と線型代数の関わりみたいな話がしたい. これを解く中で現われる直交多項式の話の「直交」も線型代数由来の話で, これが Hilbert 空間の話という感じで. 量子力学の数学的構造 I の 1 章の演習問題にいくつか書いてあるので, 一応参考文献として挙げておこう.

テイラー展開と作用素論

また, Taylor 展開と作用素論ということで $e^{ipx}$ の話もしよう. 簡単に説明しておくとこんな感じ. $f (x)$ を原点周りで Taylor 展開するとこうなる: \begin{align} f (x) = \sum_{n=0}^{\infty} \left ( \frac{d}{dx} \right)^n f (0). \end{align} どうでもいいが, 量子力学っぽく $p = -i d/dx$ と書こう: \begin{align} f (x) = \sum_{n=0}^{\infty} \frac{1}{n!} \left ( i p \right)^n f (0). \end{align} ここで指数関数の Taylor 展開は \begin{align} e^x = \sum_{n=0}^{\infty} \frac{1}{n!} x^n \end{align} となる. ここで Taylor 展開の $\sum_{n=0}^{\infty} \frac{1}{n!} \left ( i p \right)^n$ は $x$ に $ip$ を代入したものと同じ形をしていることに注意して次のように書き換えてみる. \begin{align} f (x) = \left ( e^{ipx}f \right) (0). \end{align} 指数関数に微分作用素を叩き込むという荒技を披露したが, 作用素論を使ってこれが正当化できます, みたいなことも言いたい. また, 作用素の指数関数 $e^{ipx}$ は Taylor 展開で定義してしまうと解析関数に対してしか定義できないが, $x$ だけずらす作用素と思えば一般の関数に対して定義できる. ここでユニタリ作用素とかそういう話になる. あと $x$ だけずらす作用素 $e^{ipx}$ の無限小生成子としての運動量という所から, 解析力学と量子力学の関係がどうの, みたいな話もちょろっと触れたい.

2 回目からの内容

以上大体イントロで話す予定のこと. 2 回目から実際にもう少し踏み込んだ話をしていく. まずは Hilbert 空間自体の話をする. 「ヒルベルト空間と線型作用素」には Banach 空間の話もあるが, 時間的に多分カットだろう. 演習問題になっている定理にも少し触れたい. 完備性の話などもあるので, 証明もポイントをおさえて触れていきたい.

引き続き 2, 3 章を力づくでやっていく. 非有界作用素はゴツ過ぎて触れられないが, スペクトル定理はやりたい. スペクトル定理は無限次元版の対角化だ. スペクトル測度や解析関数カルキュラスとか出てきてやばいのだが, むしろ色々な数学との関係を話す機会として採り上げたい. Stone の定理と量子力学の話とかも一応入れる予定.

参考文献

参考文献をまとめておこう. 1 つの展開としての作用素環方面, 特に (非可換) 幾何方面ということで, 数学会で PDF が公開されている 夏目-森吉 の「作用素環と幾何学」も紹介しておこう.

触れる予定はないが, 微分方程式関係と共に関数解析をやろうという感じの本も紹介だけはしておこう. こういう具体的な方から学ぶのが好きな人は頑張ってアタックしてみてほしい. また, こちらに興味があるという人は声をかけてほしい. トークしろと言われると困る部分はあるが, 一緒に勉強しようというなら時間さえ合えば付き合いたい. そしてプロデュースしたい.

セミナー初回の内容をもう少し詳しくした

はじめに

なかなか時間が取れなくて非常にアレなのだが, 大体話したいことはピックアップした. Twitter でこの辺から適当に呟いたのは下にまとめる.

その他, あとで動画にもする予定で, そこではさらに詳しく話す予定なので, それに合わせて今から詳しい内容も作っておきたい. 特に特殊関数周りの具体例を色々あげておきたいと思っている. 今すぐに見たいという向きもあろうから, 参考文献を軽くあげておこう.

直交多項式

全体的な話として, まだ買っていないのだが「直交多項式入門」がかなり気になっている.

とりあえず触れようと思っているのは, Legendre 多項式, Legendre 陪関数, Hermite 多項式, Laguerre 多項式, Fourier 級数のあたりだ. ちなみに今はじめて知ったのだが, Chebyshev 多項式はこの PDFによると計算機の中での応用があるらしい.

Legendre や球 Bessel についてはこの PDFが参考になるかと思う. 自分が知っている話として物理への応用について話す予定で, 正にそういう話だ. Laguerre は例えばこの PDFを検討している. 上記多項式もそうだが, Hermite についても手元にある本含め, まだ資料をあさっている.

今すぐ参考文献を知りたい向きは, 基本的には偏微分方程式を解くところで使うので, その辺で探すといい. 「物理数学 Legendre 多項式」などで探せば色々出てくる.

フーリエ解析

Fourier は熱方程式, 波動方程式, 電磁気学あたりで探すといいだろう, 数学の本ではあるが, 逆問題を通じた応用的な色彩が強い本として, 波動方程式への応用については下記の本の前者を, 熱方程式への応用については後者を参考にすると楽しいだろう.

物理への応用に関してよい参考書は今探しているところだ. 波動の本でもいいが, 電磁気 (電磁波) からの話が個人的に気に入っているというか感覚が掴みやすかったので, その辺で探すといい. もちろん, 自分の専門に近いところ, 自分にとって分かりやすいところで探すのが一番いい. いいのがあったら教えてほしい.

変分

多項式から話題を変えるが, 例えば変分というのがある. 変分原理として物理の各所で現われるが, 量子力学で基底エネルギーを出すのに使うこともある. 実係数の微分方程式への数学的応用ということでは Brezis の本が定評がある. もちろんかっちりとした数学の本だ. Hilbert 空間を中心に議論されている. 最近演習問題も追加された英語版も出版されたので, 買うならそちらを買った方がいいかもしれない. 東大の微分方程式系の研究室での学部 4 年のセミナーでも使われることがあるようなので, そのくらいきちんとした本だ.

変分

また, 何度も紹介しているが, 解析力学というか幾何学での変分ということで次の本が比較的分かりやすく, しかも面白い.

読んだことはないのだが, 物理での変分原理については次のような本もある.

作用素論: 量子力学とスペクトル

これまでの微分方程式の話とは大分変わるが, 作用素論につなげるので, 量子力学とスペクトルの話もしたいと思っている. これについては日合-柳本はもちろんのこと, 数理物理としては新井先生の本がいい.

量子力学での変分に関する数学的に精密な話も書いてある. 他には, 作用素の関数やユニタリ表現に関する話も大事だ. 作用素の関数については先日ワヘイヘイオフで詳しい話を聞かせろ, という要望を受けたので, 別途早めにまとめようと思っている.

Twitter の引用

では以下, Twitter での発言を抜き出しておく.

Hilbert 空間から始めるよく分からない数学のセミナー的なアレの原稿, いい加減作ろう. イントロでずっと固まっているが, そろそろ具体化したい. イントロだけはもう少し線型代数全般について話をしたい

まず超大雑把に言って教養でやる線型代数らしい線型代数と, 微分方程式方面と関わる方面の話と, 関数解析または作用素論的な抽象論みたいな感じの話がある的な話をする

加群への展開とか, Lie 群への展開とか数学として取り逃すところは色々出てくるが, この辺は私の数学力的に手に負えないところが出てくるので色々ある, とだけ言って逃げる. ただ表現論と Fourier と, みたいなところと量子力学とかは少し触れたい

Hilbert 空間の抽象論と作用素論的な展開と量子力学との関係的なアレはあとで詳しくやるから, 軽くこなす. まずは有限次元の方か

有限次元と言ったところで専門に近い所で見ても色々あるし困る. とりあえずハバードだとか, 直接的に研究に結び付くくらいやばい, という話はしよう

あとは数値計算でも使う的な話は入れよう. 微積分との絡みで平衡点近傍の安定性とかそんな話もしよう

脱線するが, 平衡点近傍の話, 多分力学系とかそういうところでも使う. あまりきちんと勉強していないが, 山本義隆の解析力学にも解説あるし, ゆきみさんいわく常微分方程式と解析力学にも解説あるらしい

これは適当な線型化から系の性質を調べるとかいう話で, 微分積分や力学とも深い関係がある. 機械工学とかその辺でも確か出てくるはずとかそんな話をしたい

あと標準的なコースの重要性はきちんと言わないといけない. 行列式と固有値, 固有ベクトルあたりは何をネタにしよう. 物理の各所で出てくるが. 固体物理というか連成振動とかその辺か. あと統計学での主成分分析とかそういう話か. この辺, 具体例を仕入れる必要がある

固有値, 固有ベクトルは量子力学とかその他物理でも色々展開があるという話はしよう. 物理の話ばかりしているのもどうかという気はするが, 応用はそれしか知らない無学な市民だった

Google のページランクみたいな話もしよう. 確率との関係とかエルゴードとか言っておくと響く向きには響くだろう. これ, 数値計算とも関係するかなりクールな話なので盛り込みたい

とりあえず有限次元はこんなものか. 無限次元というか微分積分への接続として平衡点近傍の話をもってくる方がいいか. あとは微分作用素と積分作用素の線型性は必ず触れる. 我が魂

@aki_room 毎回 2 時間くらいのを 4 回くらいの予定です. ヒルベルト空間とその上の作用素論を 3 回でスペクトル分解までやろうという無茶な企画. まともに回るか分かりませんが, とにかく一度やってみようという無茶企画です

http://tinyurl.com/d6ggdkr 【phasetr【参考】 http://www.ulis.ac.jp/~hiraga.yuzurugf/LA/matlab/gallery.shtml

@JosephYoiko ありがとうございます. 例を作って図示まで自分でやるのは結構手間なので助かります

関数解析的な意味での無限次元の線型代数, 何を話そう. 時間があるから適当に抜粋するが, ネタとしては色々書いてためておこう. まずはブログの方にも書いた Taylor と微分作用素の関数と並進とかその辺か

あと微分作用素の固有値展開からの Fourier か. Fourier は高校でやった三角の積分が直交関係を表す的な話は入れないといけないだろう

今回, 個別の話をやっている余裕はなかろうが Legendre やら Bessel やら, 量子力学とか電磁気周りでの微分方程式を解くときにも出てくるという話も盛り込みたい

これは個別の関数の相手もそれはそれで大事なのだが, 理屈としては線型空間論で一括処理できるのだ, という認識を持つことで数学的, 精神的な負担を減らすことを目的に, 必ず触れるようにしたい

あとアレだ, モノによっては多重極展開とか応用上の意味があったりもするから, 単なる数学ではない部分もある的なアレ. 変分とか無限次元の微分とかいう話はすると楽しいかよくわからないが, ネタとして書いておこう

イントロはこんなものか. ネタ多すぎるので確実に削るが, 他にもどこかで話すなり, 最終的に動画にするときには盛り込むからいいか. あとスペクトルの話はきちんと触れ直そう

関係ないが, 今日の math-phys の arXiv に非可換調和振動子に関する廣島先生と佐々木さんの論文が出ていた. これはこの間の埼玉大のセミナーでも少し話したが, 若山先生が最近やっているやつで数論というかゼータと関係があるやつ

以前作った動画

考えてみれば, Hubbard や Google のページランクについては動画を作ったのだった. それも紹介しておこう.

ラベル

数学, 物理, 数理物理, Hilbert 空間から始めるよく分からない数学, 線型代数, 微分積分, 作用素論, 微分方程式

Hilbert 空間メインの関数解析の初学には日合・柳の『ヒルベルト空間と線型作用素』をお勧めしたい

はじめに

イケメンエリートのよぬすさんが線型代数のテキスト選定をしていたのでちょっと話してみた.

メモ

線形代数だとすると, テキストは何にすべきなのだろう......

@Yonus_Mendox ヒルベルト空間論とか読めばいいのでは

@phasetr いえ, 初めて学ぶひとと読むための本なので...... やっぱり一周して齋藤正彦でしょうかねえ. ──ところで, ヒルベルト空間論としては何を読めばよろしいのでしょうか.

@Yonus_Mendox 日合•柳のがすっきりしていて良い本です

@phasetr ありがとうございます. 作用素かあ......

@Yonus_Mendox ヒルベルト空間自体は簡単なので一般論としてはあまりやることないのです. 具体的なソボレフがどうの, とかいうことになると微分方程式などと絡めて色々やることありますが. 分かりやすい空間だからこそその上で作用素論などがうまく展開できます

コメント

日合・柳の本というのは『ヒルベルト空間と線型作用素』だ.

Hilbert 空間だけでなく Banach 空間の議論も少しある. 関数解析の基本定理が網羅されているので, 関数解析の本としても使える. 巻末の付録が尋常ではない程充実していて, Krein-Milman の端点定理や Riesz-Markov-Kakutani なども丁寧な証明つきで書いてある. Lebesgue が分かっていないとスペクトル定理の証明で少し詰まるかもしれない. 本のはしがきでも説明されているが, あえて作用素環には踏み込まずに基礎となる作用素論について説明している感じ. ただ, ところどころ, functional calculus や非可換 $\ell^p$ としてのコンパクト作用素・ Schatten クラスなど作用素環でも大事な話は書いてある. 3 章のスペクトル定理と 4 章のコンパクト作用素, 付録をきちんと読めば元が取れる. 作用素論を専門にしようという人は作用素論の話題に特化した 5 章以降も読むといいだろう. 私は 4 章までしか読んでいないが, すっきりとまとまっていて非常によい本といえる.

Hilbert 空間と言えば我らが新井先生の『量子力学の数学的構造』があるが, 一般にはあまりお勧めしない.

I では Hilbert 空間の基礎からはじめて非有界作用素, 自己共役作用素, スペクトル分解まで議論する. II ではある程度具体的な量子系の解析と場の理論・量子統計で必要な Fock 空間の話をする. 関数解析入門にも使えるが, Banach 空間論はほとんど触れられていないのでそこについては本当に入門の入門くらいにしか使えない. 量子力学への応用に特化しているので非有界作用素の話が中心になるが, 必ずしも一般の数学でその作用素論をよく使うわけではない. 非有界作用素の議論はがかなり面倒なので, その辺を使わない人にはあまりお勧めしない. 一般の数学向けには用途には日合-柳の『ヒルベルト空間と線型作用素』がよい.

Twitter ではよく言っているが, 線型代数なら私は齋藤正彦の本が好きだ.

Amazon の書評

Amazon のこの書評は以前私が書いたものだ. こちらにも引用しておこう.

数学や他の分野の方々には申し訳ないですが, 物理の人間として書きます. 経験に照らしてみても, (非数学の) 初学者が気楽に読めるような本とはいえませんが, 非常に良い本であることは間違いありません.

(初等) 物理の中で線型性は非常に重要な概念です. まず, 数々の物理法則は微分方程式の形で書かれますが, 大抵は線型の微分方程式です. 例えば, 大抵の電磁気学の本は, 静電場を記述するクーロンの法則からはじまると思いますが, 重ね合わせの原理を用いて, 多電荷の系へ拡張し, さらに電荷が連続分布した系へと拡張していきます. このとき用いる重ね合わせの原理を数学的に述べると, 微分方程式の線型性です. また線型空間の理論は座標による表示を離れる, という幾何学的な面もありますが, これは物理法則の共変性を定式化する際に大事になってきます.

もっと本質的に線型性が出てくるのは現代物理の要たる量子力学です. 正確には量子力学で用いるのは無限次元の線型代数 (関数解析) ではありますが, 基本的な思想を学ぶには有限次元の線型代数 (本書の程度!) で十分です. 応用上も大事な正規作用素のスペクトル分解 (対角化と同値) について触れてあるのも嬉しいところです.

最後に行列の解析的な取り扱いがありますが, これには, そもそも行列の関数 (指数関数や対数関数) を定義する, という応用上も大事な議論が含まれています. たとえば, 量子光学で現れるコヒーレンスを扱うときなどに, これを知っていると, 戸惑いがなくなると思います.

かなりマニアックな話 (数理物理的観点) で恐縮ですが, Perron-Frobenius の定理の前に「工学や経済学への応用上重要」という説明がありますが, この定理は厳密統計力学への多数の応用があります. この定理には正値性保存 (または改良) 作用素の理論という無限次元版がありますが, これはたとえば, 汎関数積分 (経路積分) 法の威力を高めてくれます.

学部の 4 年にもなれば, 物理で線型代数が重要なことは身にしみて分かります. 特に量子力学においては決定的です. ある程度線型代数に慣れたら, 物理の人にはぜひともアタックしてもらいたい本です.

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