RIMS の小嶋先生の論文 Derivation of Born Rule from Algebraic and Statistical Axioms を眺めてみた

本文

別冊数理科学で小嶋先生が「無限量子系の物理と数学」というのを出すようだが, その小嶋先生の共著論文である.

Ojima-Okamura-Saigo の Derivation of Born Rule from Algebraic and Statistical Axioms だ. 小嶋先生の論文, モチベーション自体は強く物理に根ざしているが中身は完全に数学で, 読むのは死ぬ程つらい. 院で数学科に進学して, 数学上の専門は作用素環で同じはずの私ですらつらいので, 大抵の物理の人には読めたものではないだろう. 小嶋先生, たいがい滅茶苦茶に一般的な状況を扱うのが特徴だ. イントロで dually とかすぐに出てくるので, またそれか感ある. 12 ページと短かいので, 興味がある向きは直接読まれたい. ここでは私のメモとして残しておく:内容にあまり責任持てないので, 専門家はきちんと自分で読んでほしい.

概要

アブストを読むと, Born ルールが出てくるような新たな作業仮説 (公理系) を提案したというのが主旨だ. いつも通り代数的場の量子論の枠で議論される. セクターと因子状態 (factor state) が大事という話. 因子は中心が自明な (von Neumann) 環のことで, 状態はその上の特殊な線型汎関数だ.

統計的な話を何とかしようというところで, Kolmogorov 流の定式化だと, 確率変数として関数を取らなければならないからうまくない, という話が出てくる. 量子力学ではこう色々と非可換な量を扱いたいから, ということだ.

2 節では代数的場の量子論の基礎となる数学を解説する. 3 節ではセクターが出てくる. セクターは一般化された相を表す概念で, ミクロな構造のマクロな特徴付けを表す量だ. 4 節で測定の話になり, 5 節で Born のルールを導出する.

2 節: 量子確率論

2 節の題名は量子確率論だ. 数学だと可換だったのを非可換にしたときによく「量子--」と呼んだりする. 相当の濫用だと思うが, 深く気にしてはいけない. 必ずしも物理と関係しているわけではない, ということも強調しておこう. ここでは単位つきの *-環を考える. Twitter ではよく「単位元は甘え」とか言っているが, von Neumann 環なら単位元がなくても中心極大射影を単位元と思ってよくなるので, von Neumann 環の場合は普通単位元の存在を仮定する.

あと状態 (state) の定義だとか代数的確率空間の定義などをする. 代数的確率空間というのは, 単に単位元つきの -環と状態の組を指している. Riesz-Markov-Kakutani の定理から, 可換な $C^$ 環上の状態は確率測度と思える. これの非可換版を考えているというだけだ.

代数的場の量子論でどうやって物理での普通のアプローチ, つまり Hilbert 空間を基礎にした定式化を復元するか, という話が GNS 構成定理・ GNS 表現という話になる. これが定理 2.1 だ. von Neumann 環上の正規状態 (normal state) というのが出てくるが, これは Lebesgue の単調収束定理が成り立つような状態だ. 可換な設定ではないので, 状態から本当に積分論が復元できるかが分からない. もちろん復元できた方が色々とアナロジーも使えて便利なので, 復元できるような設定として von Neumann 環では大体正規状態を考える.

3 節: セクター理論

3 節でセクターの解説が始まる. quasi-equivalence (準同値) という概念が定義され, これを使って表現が disjointness を定義する. そして因子状態の準同値類としてセクターが定義される. 因子状態は単純にその状態の GNS 表現 (から作る von Neumann 環) が因子であることだ. 因子状態は準同値でないなら disjoint という強烈な定理があるので, それも併用している.

準同値を考えるのは, 代数的場の量子論が表現論を主軸に据える理論だからだ. 普通量子力学だとユニタリ同値で議論するが, 場の理論はこれでは足りない. 表現を取り替えて議論する必要がある. そこで表現をまたぐような概念として準同値が必要になる.

興味がある向きには物理的な議論として高橋先生の本の第 5 章の fixed source model を読んでほしい. ちなみに新井先生の「フォック空間と量子場」の 12 章がこれの数学的な解析で, 物理的に期待されるのと同じ現象を示す. さらについでにいうと, 13 章で議論される Nelson モデルも同じような振舞いをする. これは赤外発散が原因だ.

状態 (またはその GNS 表現) の disjointness はマクロな識別可能性を表すことになっていて, そこでセクターはマクロな分類の指標となっている. 作用素環をフルに使った文脈で相転移を議論するとこの辺が良く分かるのだろうが, 私自身は不勉強で全然分かっていない.

Subcentral measure とか色々出てくるのだが, この辺はさっぱりだ. 慣れで何となく気分的に納得してしまっているのはよくない. 中心が古典的な話に対応しているという話をしたあと, 測定の話が出てくる.

4 節: 測定

4 節の測定の話は全く分からないのでお手上げという悲しみ.

6 節

6 節で上記の「無限量子系の物理と数学」が引用されていた. 日本人以外のアクセス, 死ぬ程悪いな, という印象を受けた. 汎関数積分 (経路積分) の方の構成的場の量子論の論文で, 時々ロシア人 (多分) がロシアの教科書を引用してきたりして悲しみに包まれることがあるが, それを想起した. 何かもうさっぱり分からないが, 先日話題になった小澤先生の測定の文献も参照されていたりしたことだけメモしておこう.

代数的場の量子論で (とりあえず) 有界作用素だけ扱っていればいいのか, とかそういう疑問もあろうが, それは別の機会にやろう. Summer School 数理物理 2013 量子場の数理の予備知識みたいな感じでやれば, タイムリーでいいかもしれない.

ラベル

数学, 物理, 数理物理, 作用素環, 代数的場の量子論, 量子統計, 測定の理論