作用素環と構成的場の量子論: 場の量子論の超関数論

はじめに

作用素環を使う場の量子論となると, 最近本を出した小嶋先生 (と岡村和弥さん) や河東先生がやっているような, 代数的場の量子論の方が有名な気がする でも私がやっているのは構成的場の量子論だからそちらの話をする. 後者の本は以前河東先生に教えてもらった本だ.

小嶋先生と岡村さんの本『無限量子系の物理と数理』についてちょっとした裏話を この間の竹崎先生 80 歳記念ワークショップで聞いてきた. これは秘密だが大した話ではない. あと近いうちに小嶋-岡村本の簡単な紹介もしたい.

むしろ緒方芳子や九大の松井先生や荒木先生がやっている量子統計の方が有名かもしれない. そちらはそちらで一応私の守備範囲だ. でも一応別件としておく. 後で少し触れはする.

作用素環と構成的場の量子論

それはそれとして作用素環と構成的場の量子論だ. 構成的場の量子論の初期では実際に作用素環を使った議論が中心だったようだ. ある時期から Ising モデルと $\phi^4$ モデルの関係を使い, 確率論と経路積分を駆使した議論が中心になっていったと聞いている. ここではその古い形を紹介する形になる. 古いとは言っても非常に基本的なフレームワークでしかも特に量子統計では現役で動いている. 構成的場の量子論の文脈で一時期あまり使われなくなったというだけの話.

はじめに簡単に概要を言っておくと, 場の量子論で (Schwartz 流の) 超関数論をやろうという話だ. 簡単に超関数論を復習してそれから本題に入る.

やや別件で佐藤超関数論の方が通常の超関数論としてはより自然という話がある. 佐藤超関数の場の量子論版みたいな話は今のところあまり想像できない. 何か面白く役に立つ話があれば面白いとは思ってはいる.

(Schwartz の) 超関数論は適当な関数空間を作っておき, その位相的双対空間として超関数の空間を定義する. 具体的にはコンパクト台を持つ無限回微分可能な関数の空間 $C_{\mathrm{c}}^{\infty}$ や急減少関数の空間 $\mathcal{S}$ の双対空間とする. 特に $\mathcal{S}$ の双対となる超関数の空間の元は緩増加超関数と言われる.

場の量子論への応用という面で大事なのは適当な関数の極限が超関数になってしまう現象の理解だ. 熱核 $f_t (x) = e^{-x^2/2t} / \sqrt{2 \pi t}$ を取る. これは無限回微分可能どころか解析的な関数だ. しかし, $t \to 0$ の極限で Dirac の $\delta$ に収束する. この極限をつかまえるには考える集合を大きく取る必要がある. この大きな集合が双対空間になる, というのを発見したのが Schwartz の偉いところだ.

場の量子論

ここで場の量子論に戻ろう. 場の量子論は数学的な特異性が強いので, 生の形 (物理的にあるべき形) で数学的な議論をいきなり始めるのは難しい. そこで一旦適当に扱いやすくする処理をする. 非相対論的な文脈ではそれを赤外正則化とか赤外切断と呼ぶ. 切断つきで議論をしておいて最後に切断を外す極限を取って物理的にあるべき理論とする.

ここでちょうど上の熱核の $t \to 0$ と同じ現象が起きる. 特に基底状態について考えよう. 赤外切断つきのモデルでの基底状態を $\Psi_{\kappa}$ とする. $\kappa \to 0$ の極限を取るとこれが元の Hilbert 空間からいなくなってしまう. 正確には任意の部分列を取っても $\Psi_{\kappa}$ が 0 に弱収束してしまう (ことがある). 熱核 $f_t$ の極限が $L^2$ では 0 になってしまうのと同じことだ. これを 0 にしないためにはどうするか, 大きな空間をどう準備するか. ここで作用素環を使う. 確率論 (経路積分, 汎関数積分) を使う議論は私の手に負えないのでここでは省略する.

大きな空間についてはこう考える. 場の量子論にしても Hilbert 空間を使っているからそこを基本にする. 基底状態の極限を考えることにしているのでまず Hilbert 空間のベクトル $\Psi$ を取る. ここから $\psi (A) := \langle \Psi, A \Psi \rangle$, $A \in \mathcal{B} (\mathfrak{H})$ として汎関数を取る. ここで $\mathfrak{H}$ は場の量子論の Hilbert 空間で, $\mathcal{B} (\mathfrak{H})$ は $\mathfrak{H}$ 上の有界線型作用素全体を指す. これはもちろん $C^*$ 環だ. 普通の超関数と違って元の Hilbert 空間を線型に含んでいるわけではない. しかし形式的に含んでいるとみなせるような線型空間が作用素環上の汎関数として構成できた. 実際にこの作用素環上の汎関数としての汎弱収束で意味のある極限を取り出すことが作用素環を使った議論の魂となる.

本当はここからの GNS 構成定理による表現論までセットにして考えることが大事で, しかも量子統計的にも決定的に大事なのだがそれは置いておこう. ちなみに私の修論もこれで書いたくらいで本当に大事. 今書いている修論の有限温度の発展版も GNS でさらに Araki-Woods 表現を持ち込むというところをやっている.

代数的場の量子論

代数的場の量子論だと作用素環的にもっと難しく, そして作用素環的にももっと意味のある議論をしている. 今の構成的場の量子論では作用素環に貢献することはあまりできなさそうだが, 議論の核としてなくてはならない存在ということはできる. 構成的場の量子論に作用素環を使うのは, 確率論を使った議論よりも数学的な予備知識がいらず, かなり速いタイミングで研究を始められるのがいい. 作用素論の基礎は当然必要だがそれは確率論を使った議論でも同じだ.

正直, 代数的場の量子論と違い人にお勧めできるような分野ではないし大勢で取り組むような分野でもなく, さらに地味で派手な結果が出るような分野でもないが, 細く長く続けていくべき分野であると思ってもいる.

ラベル

数学, 物理, 数理物理, 作用素環