量子力学と群の表現論: エネルギー固有状態と群のユニタリ表現の表現空間

はじめに

Twitter で石塚さんとこんなやりとりをしてきた.

まとめ

というわけで簡単にまとめる. 参考文献としてはいつも通り新井先生の本で, 『物理の中の対称性』だ.

7.8 節【物理量の時間発展と保存量】が大体それだ. 正確にいうとこの節ではちょっと違うことをしているが, 次に書くようにすぐ直せる.

Hamiltonian $H$ がある (連続) 群 $G$ で不変だというのは, $G$ のユニタリ表現 $(U_g){g \in G}$ を取って, $U_g H U_g^ = H$ が成立することとする. 書いていて私がやりづらいので, $G = \mathbb{R}$ としよう. ここで Stone の定理から無限小生成子 $T$ があって $U_x = e^{i x T}$ と書ける. (一般の場合は SNAG 定理 を使う.) ここで不変性の定義式を $x \in \mathbb{R}$ で微分した上で $x = 0$ とし, 生成子同士の関係式に変えてみよう. (念のため書いておくと, 定義から Hamiltonian $H$ は時間並進の生成子だ. ) \begin{align} \frac{d}{dx} U_x H U_x^ | = \left{i T U_x H U_x^ - U_x H U_x^ (-i T) \right} |_{x=0} = TH - HT = 0. \end{align} 元の不変性から「生成子同士が交換する」という条件が導かれた. ここで $H$ はもちろんのこと, Stone の定理から $T$ も自己共役であることに注意する. 自己共役というのは要は Hermite 行列ということであって, 交換する Hermite 行列は同時対角化可能という線型代数の定理によって $H$ の固有空間が $T$ の固有空間でもあることが分かる. 元の表現をここに制限すれば表現空間ができたことになる. 以上, 大雑把な説明だ.

線型代数と量子力学

これを見れば分かるように線型代数は量子力学の基本的な認識を形作る上で数学的に大事な役割を果たす. 学部 1 年で学ぶ線型代数で十分だが, その代わり学部 1 年を学ぶことは完璧に分かっていなければいけない. 数学科水準で理解するくらいでないと多分量子力学の理論にはついていけない. 少なくとも物理学科に来る人間なら量子力学を単なる計算の道具ではなく, きちんと学びたいと思っているだろう. そういう人は本当にきっちり線型代数を詰めておく必要がある.

大雑把と言った以上, 細かいこと, そして普通の Schr\"odinger を扱っているときに実際に数学的に起きる問題がある. それを簡単に書いて終わりにしよう. まず本の『注意 7.34 』に書いてあることだが, 普通の意味で可換 ($TH - HT = 0$) だからと言って $H$ が $T$ の保存量になる保証はない. これは大抵の場合 $H$ と $T$ の少なくともどちらかは非有界になるからだ. 非有界作用素については「強可換」という概念があり, 強可換なら問題ない. この辺は『量子力学の数学的構造』や『量子現象の数理』を読んでほしい. 興味があるという向きにはセミナーを開いてもいい. 関東近郊なら何とか出向けるのでご相談頂きたい.

赤外発散の困難

他の問題だが, 物理としては瑣末と言ってもいいのだけれども, 数学的に根本的な問題として $H$ が固有値を持っているかという問題がある. 期待としては「スペクトルの下限である基底エネルギーは固有値であってほしい」が, これが怪しくなる物理現象を (赤外) 発散という. ちなみに私の専門だ. $T$ も同じで, 固有値を持つかどうかが問題になる. 一応, 「固有空間」があることを前提にしているから.

上の問題と同じく物理というより数学の問題になるが, 非有界作用素の取り扱いが必要になるために色々数学的に面倒くさい.

ついでなので書いておこう. 「これは大抵の場合 $H$ と $T$ のどちらかが非有界になるからだ」と書いたが, では両方とも有界になることがあるか, という話がある. それはある意味で山程ある. 量子スピン系を考えるとき, 作用素環的に初めから無限系を考える場合もあるが有限系から熱力学的極限を取る場合もある. 有限系は有限次元なので, そもそも非有界作用素の出番はない.

ラベル

数学, 物理, 数理物理, 量子力学, 表現論, 赤外発散, 場の量子論, 固有値問題, 線型代数