世界樹ポエム御大とのやりとりの私的まとめ

本文

先日 Twitter で次のツイートから一部で盛り上がりを見せた問題について, 私の雑感をまとめておきたい. 問題のツイートは これ だ.

物理が解らない人って理系のセンスないですよね. 数学が得意で物理が解らない人って, 実は数学が得意なのではなかったんですよね. 数学が得意だと思い込んでただけで, 実は算数が得意なだけだったんですよ. 算数に毛が生えた程度の中学レベルの数学しか触ってないってことじゃないのかな.

端的に言って「何だそれ」の一言に尽きるのだが, それで終わってはあまりにアレなのでもう少し書いておきたい. はじめにまとめておくと, 「やりたいなら自分でやればいい. お前の信じる数学を信じろ」という感じ. 突っ込みは勝手に入れたらいいと思うが, 自分の数学を他人に強制するものではない. いわゆる煽りではない.

Twitter を見ていた方は分かるだろうが, 私は主に出身大学と専攻についてしか質問していない. それは 次の私のリプライに対してこのようにに対して返ってきたからだ.

@Seka_iki 私は学部が物理で院が数学ですが, お話のようなことは私の実感とも, 聞いた限りの数学・物理の人達の感覚とも合いません. これまでどのように数学・物理を学んでこられてそういった印象にいたったのでしょうか. それぞれの学部の専門課程程度は学んだ上での感覚でしょうか

@phasetr @Seka_iki 失礼ですが, どちらの大学でしょうか? >>聞いた限りの数学・物理の人達の感覚とも合いません.

コメント

まず, 相手の発言意図が確認したかっただけなので出身大学に関する話はどうでもいい. 専攻についてはかなり気になっている. Twitter 上または実空間で付き合いがある (東大や京大関係者を含めた) 物理, 数学の人にこんなことを言う人を見たことがないが, 以前 Twitter で「本質を知る工学徒」として知られる方が似たような発言をしていたので, 物理や数学以外の人の方が無駄に「真の物理」とか「真の数学」とか言い出す可能性が高そうだという予想を立てているため, それを確認してみたいというところがある.

理系のセンス

あとついでに書いておくと, 「理系のセンス」とやらを物理だけで測っているあたりに色々なものが見える. 物理学科出身者としては, 彼または彼女が物理出身者がこんなことを言っているというのなら, 身内の恥は社会に出す前にきちんと内部で粛清しにいきたい. 化学や生物, その他のいわゆる理系の方で各専門はきちんと身につけていても, 物理や数学はそんなにできないという方はたくさんいるわけで, 理系のセンスとやらと物理への理解とやらは全く別の話だ. また数学と物理を無駄に強く結び付けたいようだが, このあたりにも色々なものが見え隠れして, 深い悲しみに包まれている.

適当なまとめ

で, 正直 Seka_iki 御大はどうでもいいのだが, 私のフォロワーには受験生もいるし, Seka_iki 御大がお望みであろう物理と数学の両方にまたがる数理物理を専門にしていることもあるし, 数理物理方面に興味自体はあるだろう数学や物理関係のフォロワー諸氏もいることだろうし, 私の雑感をまとめるときっと楽しんでもらえる向きもあろうかと思い, 色々書きたい.

コメント返し

せっかくだから御大の個別のツイートについてもここでコメントをつけておこう. まずは これ.

@phasetr @Seka_iki 数学が発展してきた歴史をご存知ですか? リーマン予想がなぜミレニアム懸賞問題で未だに証明されないと思いますか? あなたの周りにそんなことを考えてる人がいなければ, それはあなたの周りの人達の感覚とは合わないでしょうね.

とりあえず「なぜリーマン予想がミレニアム懸賞問題で未だに証明されないと思うか」と言われても「難しいから」以外に何があるのだろう. ここでどこかで聞きかじったのだろう物理と数学の関係とか言いたいのだろうが, 「私の周辺」にこの辺を研究している人や関係する論文はあるので興味がある向きのために紹介しておこう. あと別件だが, どうしてここで Riemann 予想なのかというのも気になる. Navier-Stokes と Yang-Mills だとそもそも問題の起源として物理でしかも数学的な意義もある問題なのだから, 物理の問題解決モチベーションは大事だろうというのが言いやすいと思うのだが. Navier-Stokes は物理の役に立たなさそうなので, そういう意味で挙げなかったのだろうか. また全然知らないのだが, BSD 予想の数理物理というのを聞いたことがないので, もしご存知の方がいたら是非教えてほしい.

「私の周辺」としてまずはフィールズ賞を取った Connes だ. これは私の学生時代の数学方面での専門が作用素環であることから「私の周囲」と強弁している. リーマン予想に関することを直接書いている文献もあるのだが, 具体的な論文は知らないので数論に関する論文, Hecke algebras, type III factors and phase transitions with spontaneous symmetry breaking in number theory (PDF) だけ紹介する. 難しくて全く分からなかったので, 内容には触れられない.

あとは新井先生の Infinite-Dimensional Analysis and Analytic Number Theory だ. ここ (PDF) でも読める. これは実際に読んだ. 簡単に内容を説明しておくと, 構成的場の量子論 (数学的には作用素論) を使って場の量子論を考えたとき, あるハミルトニアン (第 2 量子化作用素) を作るとそこから Riemann の $\zeta$ が出てくる. また, この論文ではボソンの分配関数とフェルミオンの分配関数の双対性もうまく使いつつ様々な数論的関数を構成したり, その (古典的な) 関係式を導出している.

Riemann の $\zeta$ の零点問題には「零点は適当な自己共役作用素のスペクトルで表わされる」みたいな予想というか方針があり, ヒルベルト・ポリア予想と呼ばれている. そうした話とも関係しているのではないかと思っているが, そこまで詳しいことは知らない.

次のコメント

次は これ.

数学の研究より, 物理も含め科学の発展の方が先なのではないですかね. たとえば物理が解らないのであれば, 何の為に数学を研究しているのでしょうか. 数学者とやり合うつもりはありませんが, その問題を解いて笑顔になるのは誰なんでしょうかね. あなた以外で

「数学の研究より, 物理も含め科学の発展の方が先なのではないですかね」とのことだが, 確かに歴史を紐解くならNewton や Leibniz の微分積分はある意味科学の発展が後についてきたことはあるといえる. 少なくとも Newton は物理のために微分積分を作ったのだろうし, 数学の後追いと言えるだろうが, この表現形式を得たことが契機になって様々な科学の研究が進展しただろう. ちなみに表現形式を整えるというのは大事なことで, ベクトル解析と電磁気学でも, 最早ベクトル解析抜きの電磁気学は考えられないレベルで大事だ. 物理に限らないが, 簡明な表現それ自体が物事をクリアに見せてくれるおかげで開かれる世界がある. 視点そのものすら提供してくれる.

多少話は変わるが, 先日の記事 の小林双曲性などはその例だろう. 小林擬距離という簡明な概念自体が大きく世界を切り開いたとのことだ.

念のために言っておくと, 数学というか数理物理が理論物理に先行したという事例はあるのであって, 例えば場の量子論における散乱問題だ. 簡単にいうと計算のために必要な極限があるかどうか, というところが問題で, うまく取れなくてどうしようと困っていた. 場の量子論の実験では何かの散乱を見るのが基本的なので散乱理論がきちんとしていないと困るのだが, 正にそれが整備できていなくて困っていたというのが 1940-50 年代くらい. そしてそれを解決したのが Lehmann-Symmnzik-Zimmermann の LSZ reduction formula だ. 収束を考えるときの位相 (作用素ノルムの位相ではなく行列要素の収束, 弱収束) が大事という話.

次に「たとえば物理が解らないのであれば, 何の為に数学を研究しているのでしょうか」とのことだが, そもそも「数学を研究」ということ自体が怪しくなることもあるようだ. 以前普遍市民 Im_Weltkriege 師が言っていたのだが, 東大数理の院試で「先生, 私は数学が好きなのではありません. 有限群が好きなのです」と言ってのけた方がいたとのこと. 実際 (有限群論については) かなり優秀な方だったと聞いている. 実際に確認したわけではないので真偽の程は分からないが, 私が知る数学者像からすればいても不思議ではない.

あと根本的に何のため, というところだが「自分の数学のため」だろう. 上でも出てきた Connes だが, 彼の作用素環上の数学的業績の 1 つに III 型 von Neumann 環の分類に関する仕事がある. 元々物理で出てくる von Neumann 環は原則として III 型環だという問題が出た (量子統計については自分で示した) とき, 荒木先生と Woods が別口で示していた III 型環の分類があるのだが, Connes の仕事には III 型環特有の理論である冨田-竹崎理論を使って III 型環の分類に挑んだという分がある. もちろんそれ以外の結果もあるが, 既に分かっていることであっても, 自分なりにやり直すことも大事なことだ. 実際, 証明の仕方が気にくわないとか, 「哲学的に」ある証明法を使うのは御法度というケースはある. 作用素環の講演でそう言っているのを聞いたことがある. 細部を覚えていないが,「超積を使えば処理できるがそれは駄目です. 何か別の方法を考えたい」ということを言っていた. ちなみに作用素環に超積のテクニックを持ち込んだのは上記の Connes だ.

この辺の話は数学を専門的に学んだ者なら当たり前だろうから, 彼または彼女は数学を専門にしていないのでないか, という感覚がある. Twitter で見た限り, 例えば工学には「世界が不便だからこうしたい」といった, ある意味外的なモチベーションがあるらしいので, 何というかそういうバックグラウンドがあるのだろうか, と思った次第だ. 物理でもそういった外的なモチベーションないだろう. もちろん, 別に数学は数学を専門に学んだ者だけのものではないので専門などどうでもいいのだが, 外部から数学者のモチベーションについて色々言われても, 究極的には「数学のため」というのすら飛び越えて「自分のため」としかならないだろうから.

色々書いていて思ったが, 物理に対するある種異常にも見える「神聖視」みたいなのは何なのだろう. 研究について, ということなら物理の人間は「数学は道具」ときっぱり割り切っている人の方が多い印象がある.

次のコメント

次は これ.

@phasetr @Seka_iki 数学をやるのであれば, その必要性と, 目的, そういうものの志を明確に備え, 問題に望むべきではないでしょうか. 数学しか解らない人ってそういう意味で真の数学を理解していないんだと思う. 私はそういうことが言いたかったんですよ.

暗号と数論の関係だとか, 具体的に色々いうことはできるが, 根本的なところは「自分でやれば」というところに尽きる. 念を押しておくが, いわゆるネット上での煽りということではなく, 本当にそう思っている. グレンラガンのカミナ兄貴のように「お前の信じる数学を信じろ」ということだ. Twitter にいる JosephYoiko さんはあまり純粋数学には興味がなくて, 学生時代, 教官と喧嘩になったというのを聞いたことがある. 実際に今も応用数学を研究しつつ, 実際に技術検証も含めて会社をしているとのことだ. 「自分でやれば」と言われたら「じゃあやるー」といって本当にやりだす無駄で迷惑な行動力があるのは, 「真の数学」とかいう訳の分からない抽象物ではなく「自分の数学」という具体物があるからだと思う.

次のコメント

次は これ.

@kentosho @Seka_iki @phasetr 真の数学というものが, 数学の全集合だとすれば, 物理の解る数学者も数学者の部分集合ですので, 物理の解らない数学者⇒, 真の数学を知らない, は真だと思いますね. あなたはまったく思いませんと仰っていますが, どうですか?

まず第一文, 「数学」なのか「数学者」なのかはっきりしろ, と言いたいが, 個人的な感覚 (他の人がどういうかは知らないし責任も持たない) からすればどうでもいいとしか言い様がない. ついでに言えば, 私はおそらく「物理の分かる数学関係者」という方に入るだろうが, 物理が分からない, より強く興味ない人に対して特に何とも思わないし, むしろ興味があるおそらく少数派としての自分を大切にしている. 多分それが私の数学であり, 物理であり, 数理物理だからだ.

この辺, もう少し書きたいところだが, 疲れたので今回はこの辺にしておきたい. しばらくブログは続ける予定なので, どこかで書くこともあるだろう.

ラベル

数学, 物理, 数理物理