竹崎先生の論文 Non-Commutative Integration を読んでみた

はじめに

何回か非可換積分論に言及してきたが, 竹崎先生が論文を書いていた. この Non-Commutative Integration という論文だ. 竹崎先生から見てどう映っているのか気になったので軽く眺めてみた. 私の感想とともに内容を外観してみよう.

積分とは何か

まずここでの「積分」が何かをきちんと考え直す必要がある. 積分は関数に対して適当な数を返す汎関数と思える. 作用素に対して適当な数を返す汎関数も積分と思って研究してみよう, というところが出発点だ.

「積分」を考えるのは正値関数 (作用素) だけとしている. 関数の場合と同じように作用素も正値作用素への分解があるので, それを前提とする. その上で次のような問題を考えよう:同じ積分値を返す 2 つの正値作用素はどういう関係にあるか.

可換な場合はほとんど何も言えず面白くないが, 非可換な場合, つまり作用素環上での議論にすると深い議論ができるようになる. 上記のような 2 つ作用素はお互いに同型な正値作用素列の可算和に分解できてしまう. はじめて知ったのでよく分からないが, これは非可換にいってはじめて積分の真の意味が分かる, と解釈するようだ. あともう 1 つ「可算和」で表現できることも大事. 非可算だと濃度まわりで解析的に話が面倒になり, ほとんど何もできなくなる. ふと竹崎先生が集中講義でポーランド空間まわりで「加算性のご利益」みたいなことを言っていたことを思い出したりもした.

2 節

2 節では weight の flow を復習する. weight は竹崎先生の集中講義で聞いたが, それ以外で扱ったことがない. 冨田-竹崎理論は von Neumann 環に必ず存在する weight に対して議論するのが一番一般的だが, 数理物理への応用上, $\sigma$ -finite の場合だけで十分で, いつも私が使っているのはこちら. ただ最近は場の理論で赤外発散があるときの散乱理論で weight を使うことがあるようなので, これからは weight の場合の完全な理論も大事になっていく可能性はある. Weight と散乱ついてに興味がある向きは Buchholz-Summers の Scattering in Relativistic Quantum Field Theory: Fundamental Concepts and Tools を読んでみよう. こことの絡みで非可換積分論を見直すのも面白いかもしれない.

話がそれたので論文に戻ろう. 可換な場合から証明つきで議論してくれているようなので助かる. 証明の終わりの記号がハートマークなのが無駄にかわいい.

非可換な方に入ると早速非可換 $L^p$ が出てくる. あまり勉強していないのではじめて知る話が多いのだが, $L^2 (\mathcal{M})$ の前双対が $\mathcal{M}$ の標準形というのはちょっと驚き. ここで論文とは $\mathcal{M}$ の字体を論文と変えているが, これは論文での字体は (竹崎先生の文章で) 良く見るのだが, 具体的にどのコマンドで出すのか分からなかったので上記の字体にした. 論文を読むときには注意してほしい.

3 節

3 節で積分の比較に入る. 相対モジュラーで考える, かなり本格的な話をする. 相対モジュラーの議論は相対エントロピーでも当然出てくるし, 数理物理としても平衡状態の摂動論でツールとして駆使するので結構大事なのだ. 平衡状態の摂動論に興味がある向きは J. Derezinski, V. Jaksic, and A. Pillet, PERTURBATION THEORY OF $W^*$-DYNAMICS, LIOUVILLEANS AND KMS-STATES, Rev. Math. Phys, 15, (2003), 447-489. を読んでみよう. 参考文献ページで簡単な論評もしておいたので参考にされたい.

本文に戻ろう. 3 節では汎関数の同値性やユニタリ共役の議論をする. $\mathrm{Int} \mathcal{M}$ は von Neumann 環の分類理論でもよく出てくる馴染みの対象だ. 因子環の場合の Lemma 3.3 とかなかなか強烈:次のような命題だ.

$\mathcal{M}$ を因子環とする. 0 でない正規正値汎関数のペア $\psi$, $\phi$ が次のようなペア $\psi_1$, $\phi_1$ を持つとする: \begin{align} 0 \neq \phi_1 \leq \phi, \quad 0 \neq \psi_1 \leq \psi, \quad \phi_1 \sim \psi_1. \end{align} 全ての 0 でない非忠実な正値汎関数 $\omega$ がある 0 でない非忠実な正値汎関数 $\omega_1$ を上からおさえるなら, 上の $\phi_1$ と $\psi_1$ はユニタリ共役に選べる. つまり \begin{align} \phi_1 \equiv \psi_1 \quad \mathrm{mod} \quad \mathrm{Int} (\mathcal{M}). \end{align}

因子環というだけで全ての型で成り立つのはちょっとすごい.

定理 3.6 が本題の定理だ. 汎関数のノルムの比較と分解に関する性質の同値性が示される.

続く定理 3.7 と注意 3.8 がまた飛ばしている. 超忠実性という性質が定義される. 驚くのはこういう汎関数がある場合, $\mathcal{M}$ が $\mathrm{III}_1$ になることだ. ちなみに $\mathrm{III}_1$ 型の環は物理でも大事な環なので, やはりそこへの応用もありそう.

4 節

4 節では可換な場合を議論する. 系 4.2 は普通に考えていたのではちょっと出てこないような感じの定理で, これは面白い. 長いのでここでは書かないが, 興味がある向きは論文を参照してほしい. 可換な場合で直接やるにはどう示せばいいのだろう. 結構面白い練習問題になる気がする.

5 節

5 節では汎関数の可換性というテーマになる. これもはじめて見たのであまりピンときていない.

6 節

6 節でまとめが入る. Kadison-Pedersen の結果との比較がされているが, やはり III 型環の議論ができるこの論文の議論はかなり強い結果のようだ. 超忠実な状態の存在問題は未解決なので, ちょっと皆やっておけ, という宿題が出て終わる.

やはり Lemma 3.3 が強烈なのだろう. ぱっと見でも驚く. 可換に落とした場合の系 4.2 も面白い. 結果を眺めただけでまだ証明はきちんと読んでいないので, 何とか時間を作って証明まで読み切りたい.

ラベル

数学, 作用素環