木村太郎, 2021, ランダム行列の数理

はじめに

現在書評用に全体読解中. この記事自体をある程度広い読者の勉強用コンテンツとして展開するので, 書評に限らない説明的な記述がある.

書評

TODO.

各章の冒頭にそこまでのまとめが書かれていて, これを先に読むとポイントが掴めて便利.

行列式とその具体的な処理が非常に重要.

参考資料

測度の小まとめ

基本

いろいろなところに書いているので手短に. 詳しくは現代数学探険隊 解析学編などを見てほしい.

測度は面積・体積の一般化概念である. 記述が煩雑になるので以下, 面積・体積などと書かずに一般化面積と書こう.

集合 $A$ に対してその一般化面積を $\mu(A)$ と書き, 写像 $\mu$ を測度と呼ぶ. 考えているのが平面 $\mathbb{R}^2$ で一般化面積がふつうの意味の面積だとすると, ふつうの積分を使って $\mu (A) = \int_A dx = \int_{\mathbb{R}^2} 1_A(x) dx$ と書ける. ここで $1_A$ は $A$ の定義関数 ($A$ 上で 1, それ以外で 0 を取る関数) とした. この $dx$ がいわゆるルベーグ測度と思えばいい.

確率測度は $P(\mathbb{R}) = 1$ とした測度で, 適当な条件をみたすとき $P(A) = \int p(x) dx$ と書ける. ここの $dx$ は上と同じくふつうの積分 (ルベーグ測度) の意味で, 関数 $p$ を確率密度関数と呼ぶ.

「適当な条件」に対する補足

上で書いた「適当な条件」は「ルベーグ測度に対して絶対連続」と表現できる. もちろん一般的には成り立たない. 「ルベーグ測度に対して」ではなく「適当な測度に対して」と変えたときにも同様の積分表現ができ, それをラドン-ニコディムの定理と呼び, このときの密度関数をラドン-ニコディム微分と呼ぶ.

上で一般的には成り立たないと書いたのはまさに物理で破綻する. 有名で決定的な反例はディラックのデルタ関数で, $P(A) = \int \delta(x) dx$ と書いたときの密度関数であるデルタ関数は, 純数学的に言えば形式的な意味しか持たない. シュワルツ超関数論の文脈では特に超関数核と呼ばれる.

ちなみに正値超関数に対するリースの表現定理によって, ディラックのデルタ関数は測度としても数学的に正当化できる. このとき超関数核は形式的な密度関数として意味を持つ. こうした議論も現代数学探険隊 解析学編に書いてある.

レゾルベント

スペクトル曲線に絡んで出てくる.

作用素論では行列 $A$ の固有値の集合を一般化した概念をスペクトルと呼び, 例えば $\sigma (A)$ と書く. 行列の場合, スペクトルと固有値の集合は完全に一致する. そして複素平面上でのスペクトルの補集合をレゾルベント集合と呼んで $\rho (A)$ と書き, レゾルベント集合の元 $z$ を使って $F(z) = (A - z)^{-1}$ とした行列値の複素関数をレゾルベントと呼ぶ. 必要に応じて内積をあてた $f(z) = \langle \psi, (A-z)^{-1} \phi \rangle$ を考えて複素数値関数にすることもある. この意味でのレゾルベント $f$ の特異点はまさに固有値である.

作用素論からするとレゾルベントを積分表示したときの積分核がグリーン関数で, レゾルベント自体グリーン作用素と呼ばれることがある.

木村さんによるコメント

ランダム行列の数理・第 5 章「ランダム行列と可積分系」ではまず,Lax 形式と呼ばれる方法によって,2 章で導入したランダム行列を特徴付ける波動関数に対する微分方程式系を取り扱う.これにより鞍点条件から定めた代数曲線が,実際にこの Lax 形式の意味でスペクトル曲線であることが示される. この微分方程式系がモノドロミー保存系であることを見た後に,行列積分が可積分階層における τ 函数,特性多項式が Baker-Akhiezer 函数と同定されることを示し, Hermite 行列積分を具体例として,双線形化法やボソン・フェルミオン対応に基づいて実際に KP 方程式や戸田方程式の解を構成する. 続いて 3 章で導入した正弦カーネル・Airy カーネルを用いた Fredholm 行列式の解析を Lax 形式に基づいて行い,固有値間隔分布や最大固有値分布が行列サイズの大きい極限下で Painleve V・Painleve II 方程式の解を用いてそれぞれ記述されることを示す. 最後に,Fredholm 行列式と Schlesinger 系との関係に言及し,上述の Painleve 方程式の出自について議論する.その他のキーワード:Riemann-Hilbert 問題・零曲率方程式・Fay 恒等式・広田微分・マヤ図形・Young 図形・Tracy-Widom 分布,など.#ランダム行列の数理

読書メモ

全体メモ

あとで見返すとき・書評を書くときに大事そうな部分を別途抜き出しておく.

第 1 章 ランダム行列基礎論

P.5

複素共役が物理記法ではなくて驚いた. 物理の人, 困惑しそう. あとで出てくるエルミート共役はダガーだった.

対象をどこに置くかによるが, $\mathrm{Tr} H^2$ はヒルベルト・シュミット内積で書いた方がイメージ豊かに取れる人が多そうな気はする. これはもはや超弦まわりの物理の人には自明と思っていい?

はるか昔にランダム行列の話を聞いた時にも思ったが, 行列の空間での積分を具体的に考えたことがあまりない気がする. それだけでも割と楽しい. 少なくとも物理の学部低学年に線型代数と微分積分の射程距離を見せるにはいい題材のように思う.

P.6

l.7 「恒等元に対して」恒等元は定数関数 1 と書いた方がいいような. 何か恒等行列かのように感じた. 次の P.7 で単位行列の記号が出てきて記号の揺れかと思ったらそうではないようなのでちょっと紛らわしい気がする.

行列積分表示のところ, あくまでガウス分布を仮定した時の表示で, 一般の複素エルミートランダム行列の話ではないのでは感. この本, この後でガウス分布以外考えない? ここにも GUE などを明記すればいい話?

P.8

l.7 (固有値の) 集合に丸括弧を使うのが気持ち悪いと言えば気持ち悪い.

P.9

ヴァンデルモンドが出てくるのは面白い. これだけで既に何かありそう・出てきそうな雰囲気が漂う.

確率分布密度, ここもガウス分布仮定のもとと明記してほしい. 後でピンポイントでここだけ見た時にもわかるようになっていてほしいと言った方がいいのかもしれない. 私もコンテンツを作るときに気をつけよう. そもそも後で自分が困る.

P.10

1.1 節ラスト. ここはかなり大事な気がするのでもっと強調していいような. 数学ならきちんと remark で囲われるところだろう.

まだ感じたことを言葉にできていないが, 行列成分表示と固有値表示での違いが何なのか, 何かコメントがほしい. どういうときにどちらを使うと便利とか, それぞれ何節で表記の選択が大事になるとか.

あとはやはりガウス分布の仮定下にある注意は欲しい. これ, 自由場的な気分があるので, 「相互作用場」的な測度の導入もあるのかとか気になる.

P.10

四元数が出てくる. ずっと四元数は趣味的な対象だと思っていたが, 超ケーラー (四元数ケーラー) など超弦理論まわりでよく出てくるらしく驚いたことがある. 工学・プログラミングまわりでも回転に四元数を使うそうだし, 四元数の射程は思ったよりも広い. ランダム行列からのアプローチでこそ楽しく入門できる人もいるだろうから, ここでも多少の記述があるのはいい話なのではないか感がある.

P.12

スピン表示: 相対論的場の量子論などでもごく基本的な話で, 純粋に線型代数や表現論の話としても面白いので, 未習の人 (学部低学年やゴリゴリの非相対論の物性の人) 向けに少し注意があってもいいような気がする.

Gauss 型集団: ここでは「Gauss 分布にしたがうランダム行列」と明記してある. 上にも書いたがこの辺の注意は小まめにした方が, 久し振りに読んだり拾い読みするときに助かる.

P.13

固有値表示での差積表示とガウス核の競合が面白いという話. この最後の注意がやはり大事で, もっと強調してもいいように思う.

P.14

式 (1.43) の積分範囲が $\int_{- \infty}^{\infty}$ なのがちょっと気持ち悪い. ここは適当に高次の全空間なので. 式 (1.45) のような描き方でよかったのでは?

セルバーグ積分が突如出てくる. ベータ積分の高次元一般化らしいので, 教養の微分積分でもいいテーマになってくれそう.

P.15

「群体積との関係」という節タイトル自体がよい. 学習意欲がそそられる.

P.16

規格化定数と行列の対角化に使った構造の関係はかなり面白い部分だと思う.

P.17

特殊なことこの上ない三重対角行列がぽろっと出てきて, それがきちんと一般のパラメーター $\beta$ への議論につながるのが面白い. 考えてみれば三重対角行列はラプラシアンが制御する偏微分方程式の数値計算でもラプラシアンの離散化として出てくるし, LU 分解など数値計算上の行列解析が大事な対象だから, そうした意味でも応用上なめてはいけない. P.18 に数値計算上の利点も書いてあるが, 木村さんも数値計算やっているのだろうか.

P.18

カイラルランダム行列の節. 長方行列 (非正方行列) や特異値分解が出てきた. なかなかふつうの数学の線型代数の本に載っていないテーマである一方, 数値計算・工学では大事なテーマなのでこういうタイプの導入もあるのかという関心がある.

P.19

脚注で Ginibre (Ginibre 集団) が出てきた. 修士の頃, 作用素環的な量子統計の数理で死ぬほど苦しめられたところによく出てくる人名で, お久しぶりです感がある.

P.21

この囲みのところもガウス分布型のランダム行列の仮定がある (はず). あとで見たとき絶対に混乱するのでメモ.

カイラル対称性のところでの高次行列への埋め込み, 形式的には超対称化のところで見かけた処理や記号に似ている気がする. 超対称化は新井先生の「量子現象の数理」でちょろっと眺めたくらいなので何もわかっていないのだが. カイラルの方が一般的だと思うが何かしら並行的な処理はできそう.

P.23

ラゲール型が出てくる. 特殊関数の射程距離, 思ったよりも長かった. 常微分方程式でいまだに研究があるわけだという気分.

1.5 ランダム行列の分類. ここでも突如対称空間が出てくる. ランダム行列の射程距離の一端がわかる. さらっとしたリー群・リー環の関係の記述も実はとても大事なところなので, 学部低学年などの初学者は注意してほしい. 作用素論としてもユニタリ群の生成子問題と直結していて, 物理的には連続な時間発展とそれを生成するハミルトニアンの話題として読める.

行列と商集合, 接空間の議論などもさらっと書いてあるが, これも行列とリー群・多様体論をつなぐ大事なところ. 1 章をさらっと眺めるだけでも教養数学の射程距離や, 勉強のモチベーション維持・向上にかなり使えそう. もちろんここで細々とコメントしているような適切な補助はいると思う.

P.25

1.5.3 BdG 行列の節の冒頭に, 「商群の接空間ではあってもリー群の接空間ではない」という記述がある. 多様体やリー群に対する相当の予備知識がないとそもそも何を言っているかさえわからないと思うが, 数学的には面白く大事な具体例の話でもあり, こういうさらっとした記述の重要性をわかっている人と読むと凄まじく学習効率の高い本になりそうな予感.

P.26

「超伝導, 超流動体における準粒子に対するハミルトニアン」というの, 形式的には線型代数だけの話から現代物性の基礎的な面白い話を展開してくれていて, 学部低学年が読むと刺激になりそう. 私は楽しい.

P.26 下方: 自明な話ではあるが, 「(---の場合に) BdG 行列は接空間を与えている」というのは, 「(---の場合に) BdG 行列の全体は」でないといけない.

P.27

粒子・正孔変換, 荷電共役変換は形式的に物性と相対論が交わるところで, 形式的には面白い. Majorana 状態という記述も出てくる.

P.29

脚注で D-ブレーン, トポロジカル絶縁体, 超伝導体といった言葉が出てくる. 物性・超弦の数学的対応で遊んでみたい一般市民には楽しい記述の趣がある.

第 2 章 Coulomb気体の方法

P.30

第 2 章に入った. 熱力学的極限や漸近挙動は大好物なので楽しみ. 「スペクトル曲線とよばれる代数幾何的対象」というのも結構楽しみ. 式 (2.1) も相互作用系を視野に入れはじめてきた感があり, 期待が高まる.

P.31

有効作用という言葉が出てくる. くり込みやら何やらでいろいろな背景を持つ言葉なので, この辺の物理をきちんと補足してくれる人と読むと楽しそう.

来るかと思ってきた経路積分に見立てる記述もあった. 温度の話や平衡状態の話も出てくる. 線型代数のテーマに物理を叩き込めるので, 学部 3 年くらいまでの一定の物理の素養を鍛えた上でこれで線型代数に触れ直すと, 線型代数を物理の視点でいきいきと勉強できそう. よく量子力学に触れたときに「線型代数がこんなに大事ならもっと早くそう教えてくれ」という事案があり, かといってふつうの数学の本では勉強するのがつらい事案に悩まされたとき, 適切な指導者のもとで読めば線型代数が楽しく実践的に勉強できるいい本になっていそう感が高まる. 少しであっても数値計算の話が書いてある理論の本, そうそうないと思うので.

P.32

「積分を収束させるために最高次係数を」のところ, 物理によくある定型文で, こういうのをきちんと読む訓練は割と大事.

4 次のポテンシャルも非調和振動子の意味があり, $\phi^4$ にも波及する話でこういうさらっとした記述をなめてはいけない. 「正則であるからホモトピー類に依存する」というのも関数論と位相幾何にまたがる基本的な話で, よくある初学者が触れると「そんな難しい話をぽろっと書かないで. 読めない」事案でありつつ, 早い段階から幅広い数学手法・概念に触れて慣れてほしい著者の気持ち事案でもある.

P.34

レゾルベントに関して自分用メモ. いま $A$ は行列なので離散的な固有値しかなく, 作用素論的な意味でのスペクトル積分を考え, 行列をひきずらないようにするべく期待値を取ったような形になっている.

P.35

「レゾルベントはランダム行列での Green 関数」という記述がある. 作用素論からするとレゾルベントを積分表示したときの積分核がグリーン関数で, レゾルベント自体グリーン作用素と呼ばれることがある. この意味で数学的にはきちんと整合性がある.

P.36

Riccati 型という記述がある. こんなところにもリッカチが, と思ったのでメモ.

漸近解析から符号を決める議論があり, こういう手法はとても大事.

P.37

詳細はいまだにほとんど全く理解できていないのだが, 式 (2.27) は佐藤超関数によるデルタ関数表示と関わるので, この辺を突っ込んだ代数解析的なアプローチをやっている人もいるのだろう感がある. 何せ常微分方程式の解析も関わる部分で見た目は WKB みたいな話でもあるから, 正しいイメージかどうかは別にして, 私の代数解析のイメージの一部とよく合う.

P.38

Wigner の半円則が出てくる. これを見ると最近圏論関係の本をいろいろ出している西郷さんを思い出す. 作用素環的な代数的確率論の本でも出てきた記憶がある.

P.39

2.4 汎関数形式. 充填率とモジュライ空間の関係という大きなテーマが出てくる.

P.40

レゾルベントとヒルベルト変換, クラマース-クローニッヒ (Kramers-Kronig) 関係式の話. ヒルベルト変換, いまだに名前だけしか知らず, どんな数学が背景に広がっているのか全く知らない.

P.41

相関関数の小節のはじまり. 可積分系などでも相関関数に全ての情報が詰まっているとして大事な計算対象なので, 物理・数学のいろいろなところで出てくる大事なキーワード.

P.43

2.5 スペクトル曲線. 「多価性に起因してレゾルベントが不連続になる区間において固有値密度が生じる」という記述, ここでの概念の定義とその流れからすると非自明ではあるのだろう. 作用素論の用語からの補足は参考資料参照.

作用素論的なレゾルベントの定義と上の記述と整合性がある. 「レゾルベントが $x \to \infty$ で特異性を持たない」ことも, 行列を考えていることで上の参考資料中で定義した $f$ が有限個しか特異点を持たないことと直結している.

ここでコンパクトリーマン面が出てきた. いまちょうどメルマガでリーマン面の概要解説を書いていて, 超弦理論では大事みたいなこともコメントしたので, あとでこれもメルマガに書こう.

P.44

レゾルベントから決まるリーマン面をスペクトル曲線と呼ぶとのこと. スペクトル曲線は古典可積分系で導入された概念らしい. 上で意図せず (先を読まず) に相関係数で可積分系の話を振ったが, 回収されてしまった.

レゾルベントは有理型関数だから関数論がゴリゴリに使えるのかという気分が出てきた. この辺, 新井先生の「量子現象の数理」でも 2 次元でのアハロノフ-ボームの解析で関数論を叩き込むところでも出てくる.

P.45

リーマン面の周期やホモロジーが出てくる. 最近改めてリーマン面を勉強していて, 閉曲面の流れもあるのか, リーマン面でもホモロジーを使うのかとちょっと驚いた記憶がある. そこを把握する参考になりそう. Twitterでもちょっと木村さんからコメントをもらったが, この辺の話なのだろう.

P.46

2.5.1 周期積分. 正準 1-形式, シンプレクティック 2-形式, ラグランジュ部分多様体などの言葉が乱舞する.

きちんと細かく追い切っていないので詳細は把握できていないが, P.47 にかけてスペクトル曲線上の周期積分で固有値分布の情報が取れることが書いてある.

P.47

2.5.2 ゲージ理論との関係. 脚注で超弦理論の文脈で Special Geometry 関係式と呼ばれる関係式が出てくる. 関数論的な意味合いも持つ (はずの) 周期, 思った以上に射程距離が広かった.

スペクトル曲線の幾何から有効作用を決める方法はいろいろ使えて, 超対称ゲージ理論での真空のモジュライから有効作用を決めるのがかの有名なサイバーグ-ウィッテンだとか.

P.48

ゲージ理論との対応から行列変数の書き換えが出てくる. これを $\Omega$ 背景パラメーターと呼ぶらしい. ゲージ理論の文脈では台頭, 分配関数・相関関数ではその入れ替えで不変という. 変数 $\beta$ ごとの特性があり, リー群の話, さらに既約表現の関係も出るとか.

モジュライ空間上での積分で分配関数の双対を導入し, 可積分系やパンルヴェでの $\tau$ 関数が出てきて, あとで 9.2.2 項でも議論するとある.

議論自体は線型代数と微分積分で, そこからの世界の豊かさは確かにすごい.

P.49

2.5.3 スペクトル曲線の一意化. リーマン面の一意化定理は知っていたが, 共形変換で定曲率化可能という視点は考えたことがなかった.

自分用の注意: リーマン面上のすべてのリーマン計量はケーラーである. これは実二次元で 2次形式の閉性が自明なことによる.

一意化可能性がランダム行列の普遍性にはねるのは確かに面白い.

ジューコフスキー変換, 平面での流体で出てくるくらいのイメージしかなかったが, まさかこんな形で再会するとは. 学部で勉強すること, 何だかんだでいつまでもどこまでもついてくるらしい.

P.50

相関関数系の言葉である二点関数という言葉がさらっと出てくる. 摂動展開と絡めて系の基本的な情報を持つ関数の族で, 場の量子論・量子統計 (物性) の基本的な計算対象というのは何となく知っているが, ここの物理をまともにやっていないので勘がない. 物理系の用語に対して「この用語はこんな意義があるので, 計算したくなるのが人情」みたいな話を簡単にまとめておいてもらえると嬉しい.

リーマン球面上の第二種微分なども出てくる. ほとんど名前だけしか知らないのが物理と関わる計算で出てくるのは面白い.

P.51

リーマン面の一意化が連結二点関数の普遍的な表式につながるのは確かにかなりいい気分.

高次種数でワイエルシュトラスのペー関数が出てくる. この辺の面白い具体例が遊び倒したい. 楕円関数あたりももっときっちりやりたくなる.

P.52

2.6 量子スペクトル曲線. リッカチと絡めた議論があるとのこと. 常微分方程式, なめてはいけないことを改めて知る春の終わり.

P.53

ガウス型のポテンシャルでエルミート多項式を導く微分方程式が出てくる. 計算中心の量子力学とのバトルで数学に追われて物理を見失わないようにするべく, 直交関数系・特殊関数をきちんとヒルベルト空間論の話としてまとめたことがある.

私の専門絡みだと具体的な話をするのが難しいので, すぐ一般論か正体不明の直交系と戦うことになってしまって特殊関数の射程距離がいまだにあまりよくわかっていない. それを掴む一端としてよさそう.

P.54 にまでまたがる話として, クーロン気体の有効作用から直交多項式がみたす微分方程式を導く方法としての Stieltjes の方法へのコメントがある. ここに限らないが, 文献参照も割と細かく明確につけてくれていて, もっと突っ込みたい人には便利そう. 何にせよ計算力を鍛え上げた最果てで見える世界という感じで楽しい.

P.54

正準量子化.

$N \to \infty$極限の停留点方程式とそこからのスペクトル曲線の特徴づけと, 有限の $N$ での停留点方程式の違いを見て, そこからスペクトル曲線の量子化という用語を持ち出す. P.55 にかけてパラメーター $N$ とプランク定数を対応づけて量子化という言葉を正当化する. $N \to \infty$ が古典極限で有限の $N$ が量子化に対応する.

$D$-加群なども出てくる.

P.55

式 (2.119) の対応を使うと周期積分 (2.72) がボーア・ゾンマーフェルト量子化である. 正準交換関係がシンプレクティック 2-形式につながるという壮大な話が出てくる.

P.56

.2.7 カイラルランダム行列. カイラリティに対する感覚を何も持っていないので何とも言えない. ここでも漸近的な振る舞いを追いかけるのが中心とのこと.

P.57

式 (2.134) あたりから WKB 的な気配を感じる. 最後にラゲールが出てくるので, こういうのを見ると特殊関数熱が高まる. プログラムで特殊関数をお絵描きしつつ, いろいろな計算練習するコンテンツを作りたい.

P.59

P.60 にかけて, 得られた微分方程式が 3.4 節で波動関数のスケーリング極限で大事という話が出てくる.

P.60

$x\frac{d}{dx}$ を $\frac{d}{d \log x}$ と書いているのをはじめてみた.

第 3 章 固有値相関と固有値統計

P.61

エルミートランダム行列から相関関数が任意の行列サイズで得られるとか. さらにスケーリング極限での漸近形が普遍性を持つといういかにも物理の人が好きそうな話が出てくる, と思ったら実際に「ランダム行列理論の 1 つのハイライト」と書いてあった. この普遍性こそが応用可能性の論拠とまで書いてある.

量子力学との類推から観測量という言葉を導入している.

P.62

Elitzur の定理のメモ: 局所ゲージ対称性は自発的に破れない. この定理, 物理のレベルの定理なのだろう.

相似不変な観測量としてモーメントが出てくる. 対称多項式はこんなところにも.

モーメント母関数とレゾルベント. 作用素論で散々お世話になったレゾルベントがバカスカ出てくるのは気分がいい. 今後はもっとレゾルベントが役に立つと言っていこう.

P.63

行列の特性多項式が出てくる. 固有値を求めるための方程式という気分しかなかったが, もっと多項式としての扱いをしっかりやるっぽい. この辺, やはり学部低学年向けの線型代数コンテンツとしても大事だろう.

式 (3.9) あたりはいかにもチャーン類などの幾何が出てきそうな感じる. リー群の表現への言及はある.

P.64

シューア多項式が出てきた. あとは $\log \det X = \mathrm{Tr} \, \log X$.

P.65

キュムラントが出てくる.

P.66

特性多項式が出てくる. 多点関数の議論で因子 (divisor) が出てくる. リーマン面・代数幾何・複素幾何でも出てくる基本的な概念.

P.67

特性多項式のレベルベント表示が出てきて, 因子と絡めたいろいろな議論がある. $\langle \log \det (x-H) \rangle = \langle \mathrm{Tr} \log (x-H) \rangle$ が出てくる. いわゆる $\log \det = \mathrm{Tr} \log$ の行列の恒等式. モーメントの展開とレプリカ法で統計力学の匂い.

P.69

分配関数と固有値表示, ヴァンデルモンドの行列式. ここまでにもいろいろな行列式の処理が出てきて, 行列式の処理技術と多彩な数学の関連が見えてこれは楽しい.

P.71

直交多項式という概念が出てくる. ヒルベルト空間・偏微分方程式と深く関係する具体的な常微分方程式との関係などが想起される.

P.72

再生核が出てくる. 積分核とその演算子 (作用素) 表示の議論. ちょうど経路積分のパワーを発揮してくれる概念でもある.

P.75

クリストッフェル-ダルブー (Christoffel-Darboux) 公式. よく知らないが多分何かいろいろな展開があるのだろう.

P.77

ストリング方程式というのがソリトンと関係あるらしい (本にそう書いてある). 後で出てくる模様.

P.79

節タイトルが「4次ポテンシャル: 2 次元量子重力模型」.

P.80

臨界点やスケーリング極限と統計力学・相転移関係の議論 (技術) が出てくる.

P.81

パンルヴェ (Painlevé) 方程式や KPZ (Knizhnik-Polyakov-Zamolodchikov) が出てくる.

P.89

Dirac の海が出てくる. これと普遍性.

P.91

固有値統計と相関関数.

P.95

フレドホルム (Fredholm) 行列式.

P.98

ウィグナー (Wigner) 分布. ウィグナーと分布と言われると半円則を思い出すが, これは何か関係ある?

P.100

パフィアン (Pfaffian) と四元数行列式. 四元数はマニアックな対象だと思っていたが, 最近は計算機と回転だけでなく, こんなところで出てくる割と普遍的な対象らしいと知り, かなり驚いている.

P.117

二点関数のバルクスケーリング極限で, 「これらの表式には固有値密度関数の依存性はなく, したがって式(3.296)はポテンシャル関数のとり方に依存しない普遍的な漸近形である」とのこと.

P.126

一点関数のところでヤング図形.

P.135

コーシー核とヒルベルト変換. 前にどこかで見かけてどこで使うのだろうと思っていたが, さらっと出てきた.

P.140

リーマン予想との関係.

第 4 章 円型ランダム行列

P.141

4 章がはじまる. 前章までのまとめではあるが, Wigner-Dyson 型のランダム行列は実固有値を持ち, 固有値は非コンパクトな領域に分布するというのが著しい. これだけでもランダム行列の理論が単純な行列の枠にとどまらない射程を持つことがわかる. 有限の確率分布を得るためにガウス型ポテンシャルなどが必要というのも示唆的.

円型ランダム行列では固有値が単位円周上にあるというのはユニタリ行列の特徴である. そしてこのときポテンシャル項がいらなくなるという.

$\mathrm{U}(N)$のハール測度が出てくる.

P.142

CUE (Circular Unitary Ensemple) と行列式構造というキーワードがある. 行列式がとにかく大事だと強調されている.

P.148

特性多項式のスケーリング極限の普遍因子の導出に行列式構造を使う方法と, セルバーグ積分を使う方法があるという. これだけで裏に潜む構造の豊かさが示唆される.

P.150

ポテンシャルを積分収束因子と呼んでいる. 少し話はずれるが, 少なくとも私の専門の非相対論的場の量子論の文脈では, 量子力学系・粒子系で調和振動子のポテンシャルのように, スペクトルを離散的にするポテンシャルを持つハミルトニアンを confined system と呼ぶ. これは高エネルギーの固有値と (古典的な描像が) 大振幅の状態に対応があり, 基底エネルギーが一番振幅の小さい状態で, それだけ粒子が狭いところに閉じ込められているイメージからつけられた名前である. 特に散乱もない.

2021-08 時点で堀田量子を代表とした現代的な量子力学描く世界からすると, こうした古典的な描像は適切ではないのだと思うが, 一つ示唆的な用語ではある.

それはそうと可積分系と三輪変数という言葉が出てくる.

P.152

テプリッツ行列式が出てきた. この間, 最適化の数理の工学・プログラミングの本で出てきたと思ったら, こんなところにも.

あととにかく行列式を計算し倒している.

CD カーネル法, 直交多項式と関数空間の基底, 双直交多項式などのキーワードが出てくる.

P.156

自由エネルギーを分配関数で定義し, $N \to \infty$で有効作用の汎関数表示が出てくるという.

P.157

Gross-Witten-Wadia 模型の節. Witten の名前だけで既に只者ではない.

最後に変形ベッセルなどが出てくる. 特殊関数がいまでもこんなに大事なのかと驚く.

P.158

最後に弱結合領域と強結合領域での自由エネルギーの比較をしていて, それぞれで振る舞いが違うことも指摘されている. 特に相転移と絡めて GWW 相転移への言及がある. しかも場の理論に由来する類似の模型でよく見られるとのこと.

この手の強・弱結合領域の議論は構成的場の量子論でも, 調和振動と場の結合, cavity QED や circuit QED でよく議論されていて, 前からとても気になっている. 結合定数の実験的操作・変更に伴う振る舞いの変化に関しては, これまた堀田量子でも取り沙汰されている量子系・ハミルトニアンのデザインの視点から見ても, 実験的にも重要なのだと思う. P.159 の記述を見るとランダム行列の枠組みだとまた少し趣が違うような気はするが, スペクトル解析の視点から何かしらの関連はあるのだろう.

P.161

どうでもいいが, 式(4.101)の下, 太字強調の部分で「シプレクティック」の誤植がある.

P.162

四元数行列式構造の文字. ふだん実数・複素数しか使わない立場からすれば, 一般の体の世界に足を踏み込んだと言える四元数が割と気軽に出てきていて驚く. 一般向けの遊ぶ道具として一般的な代数・体論が確実に射程に入っている雰囲気を感じる.

P.168

第二部各章の内容を概説してくれている. キーワードが散りばめられていて眺めているだけでも楽しい. 現時点では第6章で $1/N$ 展開が位相幾何的解釈を持つ議論をするのが気になる.

第 5 章 ランダム行列と可積分系

P.176

戸田格子や格子可積分系の Lax 行列などが出てくる.

P.177

戸田格子のスペクトル曲線が Chern-Simons やランダム分割でも出てくるらしい. 戸田格子の守備範囲の広さに驚く.

P.178

既に波動関数のヒルベルト変換で与えられているが, そこで出てくる不定性の処理でモノドロミーが出てくるとのこと.

P.180

Lax 方程式と絡めて零曲率方程式・平坦接続の議論が出てくる. 井ノ口さんの『曲面と可積分系』にも書いてあった気がする. この本, 以前献本して頂いたのだが, 非常によい本だった.

P.188

KP 方程式と KdV 方程式が出てきた. 広田微分など関連する話題も出てくる.

P.191

マヤ図形とフェルミオン・ヤング図形の関係を論じていくという記述がある.

P.196

Schlesinger 方程式が出てきた. シュレジンガーという人名を時々見かけるが多分その人だろう. こんなところにいたのかという個人的な感慨がある.

作用素論系市民なので, やはりフレドホルム行列式からのレゾルベントカーネルが気になる.

第 6 章 ループ方程式

P.209

$1/N$ 展開の位相幾何的な意味づけというのがまず気になる.

P.210

ガウス型ランダム行列の相関関数の摂動展開は漸近級数としての意味しか持たない事案, 漸近展開に関するいろいろな知見が総動員される未来が見える.

ファインマン図で早速幾何学的解釈が出てくる. ファインマン図もろくに勉強したことがないのでこの機会に勉強したい気分がある.

P.211

早速のオイラー標数.

P.212

曲面の三角形分割が登場. 分配関数のために対数を取ることがファインマン図の連結部分の寄与だけを取るという話. この辺, まじめに勉強したことがないので感覚が全くない. そもそも物理の意味での摂動論, 学部三年の量子力学の講義・演習での経験しかない. これこそこういう意味づけがあるならもっとがんばって摂動論勉強したのに, という気分になる.

行列積分の $1/N$ 展開を位相的展開・種数展開と呼ぶのがそれだけで勉強意欲をそそる. 注 4 にもひどく楽しいことが書いてある.

P.220

レゾルベントの位相的展開の再帰的実行から位相的漸化式といういかにもな対象が出てくるという. 楽しそう. 論文や arxiv にもある文献が引かれていて勉強意欲をそそる.

P.221

節タイトルの共形場理論の方法からして楽しそう. ハイゼンベルク代数が出てきた. この間リー環の本で改めて出会った対象がこんなところに.

P.223

ヴィラソロ代数やら中心電荷やら. この辺, 指導教員だった河東先生の有名な仕事とも関係する概念だが, いまだに何も知らない.

P.224

注にヴィラソロ代数は $\mathfrak{sl}(2)$ の無限次元拡大と解釈できるという情報あり. リー環を勉強する機運が高まる.

式 (6.72a) がレゾルベントのトレースを計算していて, 作用素論系市民としてはテンションが上がある.

第 7 章 超ランダム行列