書評: 田崎晴明 熱力学, 清水明 熱力学の基礎

本の紹介

Twitter で何度も紹介しているので, いい加減きちんと書評をまとめておこう. 佐々さんの本は読んだことがないので省略する.

一度話したことはあるが, 講義も受けたことはない. 非常に面白い講義だと聞いているので 受けてみたかったとは思う.

まずは田崎さんの本

それはそれとして書評である. いつも言っているが, 初学者にはまず田崎さんの本を勧める. 清水さんの本は組み上がった理論を 整理されきった形で提供するという意味で極めて数学的だ.

物理的な議論は非常に丁寧なのだが, いきなりエントロピーを持ってくる構成からしてもかなりしんどい. 学部上級生から院生の知識の整理にはとてもいい.

両者の特徴

両方の本に共通している良い点は熱力学の位置付け, 重要さをはっきり言ってくれているところだ. その上でそれぞれのアプローチで それぞれが最良と思う形で熱力学を論じている. 2 冊の間で違うアプローチなのが良い.

端的に言うと, 田崎本は手作りで熱力学を作り上げているという感じだ. 操作的 (力学的) にやっているので, 初学者の取っ付きもよい.

清水本は完成された体系としての 熱力学を紹介するという形だ. 一番最初に最も重要な量としてエントロピーを導入し, その様々な姿を明らかにしていく. とても数学書に近いスタイルになっている.

数学書だと一番議論したい部分 (定理や定義) に 向けて進んでいくが, 逆にエントロピーという一番重要な量を はじめに出す (ことができる) のが違うが瑣末なことだ. その意味で, 田崎さんの本よりもよほど数学的と言える.

田崎晴明『熱力学―現代的な視点から』

個人的な追想

詳しい内容に入ろう. まず田崎さんの方から. この本と田崎さんは私が自分の専門を決める上でも 決定的な影響を及ぼしている.

実際, 修論では田崎さんの集中講義で紹介された Hubbard モデルの強磁性の結果を使って書いた程度である. それはそれとして, この本のよい所は 図をたくさん使いながら熱力学を操作的に議論しているところだ. おそらく一番とっつきがいい 力学的なイメージを大事にしながら進んでいく.

温度の選択

もう 1 つ大事な (しかし突っ込んで考えると難しい量である) 温度を取っているところも大事なポイント. ここで清水本は理論的な完全性を はじめから意識してエントロピーを取っているのだが, やはり温度を使った方が分かりやすい. 温度一定や温度変化がある場合というのがイメージしやすいからだ.

数学的な明晰さ

また付録含め, 数学的に議論がクリアなのもいい. (物理的にクリアなのは当然だ.) ときどき学部の低学年で 「数学的にいい加減な議論が気にくわない」という学生がいるが, そういう下らない話ではなく, 熱力学では数学的にある程度精密な議論が必要になるからだ. 具体的にいうと相転移だ.

記法上の配慮

あと熱力学関数の引数を全く省略しないスタイル, 初学者には本当に親切で素晴らしい配慮だろう. これは全ての物理の熱力学の本で徹底してほしいくらい.

相転移

相転移はこの間 Nobel 賞も 取った南部さんの業績 (つまり素粒子) でも出てくる話で, 物理学全体で非常に大事な現象といえる.

この相転移は熱力学関数の特異性, もっと具体的にいえば不連続性や 微分不可能性を使って定義される. 物理だと関数の連続性や 微分可能性などはあまり真剣に議論されないが, まさにそこが問題になる.

そこをきちんと議論しようと思うと 必然的に数学的に精密な議論が要求される場面が出てくる. そうした部分が丁寧に議論されていて安心できる. 特に強磁性体の相転移については, 著者の専門どストレートで その経験が十分に反映された出来になっていて, 読んでいて非常に面白い.

清水本との違い

清水本との違いとして, 多成分系の熱力学, 特に化学への応用が議論されていることもある. 清水本を読んだ人もここだけは 別途田崎さんの本を読んでもよいと思う. 高校化学で学んだ内容が 大学の物理学科の熱力学で どう料理されるか見てみるという楽しみ方もある.

田崎さんの本はこのくらいにして 清水さんの本の紹介に入ろう.

清水明『熱力学の基礎』

特徴: エントロピーの強調

この本ははじめからエントロピーを前面に出して, 理論的な完全性を強く意識している. 田崎さんの本も Legendre 変換を使うことで 温度を示量変数 (エントロピー) に変えれば 同じく (相転移まで含めた) 完全な議論ができるが, Legendre 変換をかまさないといけないところは難といえば難.

難易度の高さ

しかし清水本はその代償として難易度が高い. 跳ね上がっているといってもいいだろう. Twitter で物理志望の東大の学部 1 年などとも話したが, やはり難しいと言っている. 決して彼が愚かなどというわけではなく, 本当にこの本は難しい. しかしそれだけの内容を扱っているので 読破できれば物理の非常の深いところまで 見えるようになっているだろう.

物理と数学的理想化

この本の特色として物理で理論を作るときの 数学的理想化に関する議論がきちんとしているところがある.

例えば熱力学がどのオーダーで成立している理論か, 本来離散的であるはずの物質量で微分するというのはどういうことか, といった疑問にもきちんと答えている.

示量変数の強調

その他にも物理としての熱力学を 恐ろしいほど詳しく議論している. 示量変数で議論しないと 物理的に不完全なところがあると再三言っているが, それが実際どこでどう問題になるかは, 例えば相転移の章で詳しく議論されているので 興味がある方はそこだけ優先しても見てもいい.

最後の二章

最後に終わりの 2 章は圧巻. 相転移については田崎本も十分に詳しく あの本のスタイルで十分に議論されているが, この本はこの本のスタイルで徹底的に議論している.

最終章は修士くらいの学生でないと本当に分からないだろう. 何しろ統計力学や場の量子論との関係を論じている. 場の理論でも相転移が大事ということはここでも議論されている. ちなみにここで出てくる代数的場の量子論は Summer School 数理物理 2013で河東先生が話す内容だ. 河東先生はあくまで数学の人だが この物理部分に触れられている. ちなみに Summer School 数理物理 2013 の主催者の 小嶋先生が脚注で触れられている「小嶋泉氏」だ.

改めてお勧めルート

まず田崎さんの本で肩ならし (というと何だか失礼だが) してから 清水本にアタックするのがいい. あとできるなら両方読んだ方がいい. この 2 冊を読めば熱力学については 研究者レベルと言っていいだろう. そのくらいしっかりした本なので覚悟を決めて読んでほしい.

ラベル

物理, 熱力学, 相転移, 書評