語学学習の主導権を取り戻す

はじめに

これは私が所属している語学学習コミュニティ向けに書いた文章である. 最近中高生向けの教育コンテンツ作成・拡充に向けて「アインシュタインの特殊相対性理論の原論文を多言語で読む会」などもやっている. 数学や物理は理工系にとっての語学であり, 英語・プログラミングまで含めた広義の語学教育という視点でいろいろやろうと思っている. これについて近々コンテンツをリリースする予定で, 広報・宣伝と絡めて今回のコンテンツをどう捉えるか, そして次の動きを考える中で思ったことをまとめている.

今井むつみ『英語独習法』を読んで

いま「今井むつみ『英語独習法』」を読んでいて「興味がある対象をうまいこと使ってやりましょう」という話があってふと思ったことをシェアします.

英語とドイツ語をどうハックするか?

最近, 理工系向けの語学・言語学でコンテンツも作ってリリースしようとしている段階にあり, 次に何をしようか・何を素材にしようかと思っているところです. 特に総合的に中高生向けに何をどう提供しようかと思っていて, とにかく全てを理工系の視点で埋めることを考えています. 歴史にしても興味が持てるところからの一点突破として科学史をベースにして再構成するみたいな話です. (ちなみに炭素文明論は有機化学の専門家が書いた本でめちゃくちゃ面白かったので, こういうのの数学・物理版を何か作りたい.) もちろんいまは語学, 特に英語とドイツ語をどうハックするか考えています. ここで思ったのはこの「ハック」という思考というか言葉というか, その背景にある文化です. これはIT系・情報系でよく言われる言葉ですが, この言葉遣いと視点で描くことそれ自体に価値があるのではないかとふと思ったのです.

詩: 言語をハックするという視点

改めてネタとして取り上げてみたいと思ったのは俳句などまで含めた詩です. 詩を基点にした理工系向け語学教材を作れないかと思っています. 何かというと, 詩は各言語の言語機能をフルにハックして作られた作品で, 翻訳も極端に難しい対象だと思っています. このあたり, 多言語を眺める上でも大事と思いますが, それ以上に大事なのは詩人が言語のハッカーだという視点です. ハックみたいなことを言うと文学界隈からは「詩情がない」みたいに怒られそうですが, 「我々」にとってはハックにこそ「詩情」があります. 一般に詩と言われると私自身あまり真面目に勉強してきませんでしたが, 中学高校と百人一首・短歌はとても好きでした. 好きな理由もいくつかありますが, 今の私の語彙で言うと, 語数制限がある中で深く広く表現するために掛詞などでゴリゴリに言語をハックする様子が好きだったのは多分間違いありません. 理工系だとまず工学それ自身が自然をハックしてモノを作る営みですし, 自分なりに創意工夫して対象を魔改造するという意味で, 日常会話よりもよほど馴染みやすい語学ネタなのではと思っています. 溝江先生がよくやる「一文・一語の徹底解説」がものすごくよく馴染む対象というか, それに全てがかかった対象で, 実際これが一番楽しいところなので, これをやりたい.

プログラミングと黒魔術

実はプログラミングでも「黒魔術」と呼ばれる行為があります. 各言語の機能をフルに使って, 素人には書くことはもちろん読み解けもしないような凄まじいプログラムを書くことを指します. 詩の楽しみ方も多分いろいろあると思うのですが, 言語ハックの視点で見る楽しさを前面に押し出せばもっと理工系は受け取りやすいのではないかと. もちろん全員が全員とは言いませんが, 私を含めた私の周囲のゴリゴリの自然科学サイドは日常会話に本当に興味がない層が一定数います. ふつうの語学教育はそこにフォーカスがあたりすぎていて本当に興味が持てません. その辺の主導権を取り戻すとも言えるのかもしれません.

語学学習の主導権を取り戻す

数学や物理だとよく「文系」の人に「式を使わないで説明して」とか「日常に即して説明して」と言われますがこれもこの辺の話なのでしょう. 文系人がなぜ理工系の話に抵抗があるのかと言えば, 自分の興味に合う話をしてくれなくて興味関心の主導権が相手に取られているのが嫌なのだろうと. 溝江先生も時々「『---が得意』で戦うとうまくいかない. 『---が好き』で戦わないとやっていけない」とよく言いますが, 私が語学のフィールドで何かやるなら語学に関する「好き」のフィールドを指定しないといけなくて, それは「語学のハック」で端的に示される世界観ではないかと思っていまいろいろ考えています.