2012¶
沙川貴大, 上田正仁『Maxwellのデーモンと情報熱力学』¶
もうツイートした人がアカウントを消してしまい, いわゆる正規の形でのTwitter引用はできないのでふつうの引用スタイルで.
おもろい | Maxwell のデーモンと情報熱力学 http://cat.phys.s.u-tokyo.ac.jp/publication/Suri_Kagaku_Final_Version.pdf
沙川さんと上田先生(何となく先生づけしてしまう)のPDF. この辺もやってみたいと思いつつ全く何もできていない. とりあえずメモ.
沙川さんというと久保亮五記念賞の講演会でいろいろ質問して, 講演後も気になったことがあったので追加質問したときに, 「お名前伺ってもいいですか?」「いわゆる相転移Pです」「ああ」みたいなやりとりをしたことを思い出す.
沙川さんは以前Twitterをやっていて, ちょっとだけやりとりしたことがあったのだ.
最近全く研究できていなくてよくない. 研究したい. 頑張ろう.
空気抵抗の考察と物理での理想化問題: 久徳先生のask.fmから¶
URLは次の通り.
面白かったので記録として引用. 全部引用とかいいのかな? と思わないでもないが, ask.fm消失時に悲しみに耐えるための処置とする.
もとの質問はこれ.
高校物理では、空気抵抗を無視する、など理想化して問題を解かされますが、現実に沿った設定の問題を考えるのは誰がどういうときしてるのでしょうか?
久徳先生による回答は以下の通り.
空気抵抗くらいであれば高校物理でも気の利いたカリキュラムならやるし、また大学の力学では割と扱われることの多い題材に思えます。 それはそれとして、ちょっと文量を使ってもいいかなあと思ったので徒然に。 (他の学問でもそうなんでしょうが)少なくとも現状の物理で問題を扱うときに、恐らく全ての場合で何らかの理想化は入っているはずです。 あるいは、どこでどういう理想化をするかの選択こそが物理のセンスなのだと思っています。 空気抵抗を入れるならどうやって入れるかというところも、どういう理想化をするか(モデルを入れるか)が問われる場面です。 例として出ていたのでそのまま使うと、身の回りで空気抵抗を無視できるかどうかというのは結構シビアに問題依存ですが、なぜ空気抵抗を考えたいのか/考えたくないのかというのはその話とは別の問題という場面が特に勉強の段階では起こります。 真空中での物質の運動を知ることを通して力学現象の基本的な性質を理解したいから抵抗はいらないのか、それとも抵抗や散逸という現象自体を理解したいから抵抗を入れるのか、など考えている段階によって当然考えるべきことは変わってきます。 その意味で、空気抵抗を無視するという理想化は、それ自体が物理を理解するために本質的に重要なステップでありえると思っています。 そういう勉強の話でなく、応用のために我々の身の回りでの物質の運動を知りたい場合なら、抵抗を入れること自体という前に抵抗が効くのか効かないのかの定量的な判断をすることが重要になるので、まず抵抗の大きさを見積もるなどしてみて、その上で空気抵抗を入れる必要があれば入れることになるでしょう。 具体的な実験の際や(大雑把だけど)工学など何かを設計する際には、空気抵抗の影響は当然考える必要がある場面も多々あるでしょうが、その場合はもっと色々な効果についてこれは入れる、これは入れないなどの判断をしているのだと思います。 もっとも理論計算でも入れる物理の選択という意味では概ね同じですが。
研究という意味でふだんこういう定量的な検討をまずやらないので反省した.
Nambu-Goldstoneボソンに関するWatanabe-Murayama論文の著者らによる日本語解説が出た¶
以前 Nambu-Goldstone ボソンに関する Watanabe-Murayama 論文が話題になったが, その日本語解説が今月号の物理学会誌に載ったとのこと. 文章自体はここから落とせるようなので, 興味がある向きは確保されたい. 相転移と自発的対称性の破れに関して簡単な解説もあるので, そのあたりに興味がある向きは眺めておくといいかもしれない.
あと最後になるが, 正直なところこの話, 私はさっぱり分からないのでつらい.
原子結合の変化が可視化できたらしいがやはり数学がいいという結論になった¶
本文¶
「原子結合の変化」可視化に成功とのこと. 画像がリンク先にあるので見に行ってもらいたいのだが, 確かに何か面白そう.
科学者たちはこれまで, 分子の構造を推測することしかできなかった. それが原子間力顕微鏡 (AFM) を使うことで, 有機化合物を構成する炭素原子 26 個と水素原子 14 個をつなぐ原子結合のひとつひとつがはっきりと見えるようになった. 結合の長さは, 数ミリメートルの 1/1,000 万だ.
コメント¶
原子 1 個 1 個の制御もできるようになっているはずだし, 分子の構造くらい見えるようになっていてもおかしくない, と思わないでもないのだが, 原子の制御をきちんとできるのは固体か, と思えば分子の構造を見るというのはまた違う話か, とも思う. しかしこれグラフェンだし, 今まで何が難しかったのだろう.
何だかんだで物理学科だったわりにはこういう話さっぱりだ. 特に実験の方の話, あまりよく分からない. 超クールな実験の話は聞いていて格好いいと思ったりはするが, なかなか触れる機会もない. 何かこう, お金をかけて一所懸命すごいのを作って, みたいな話よりも, 斬新なアイデアでスパっと現象を切り出すみたいなのが格好いいと思うのだが, そういう話, 最近はあるのだろうか, とかいうことも思う.
あとこの実験, 「想定外の物質が 3 種類」でどうのという話があるようだが, その辺は何が面白いという話なのだろう. 根本的にこの論文は何が面白い論文なのかよく分からない. 「論文は 5 月 30 日付けで, 『 Science 』誌のサイトに公開されている」ということだがどこにあるのか分からない. あと論文自体は無料で読めるのだろうか.
実験業界の話, さっぱり分からなくて悲しみに包まれた. 実験, こう無駄に機材とか色々いるし, やはり理論というか数学はいいな, という結論にも達した. 物理などの理論だと結局自然と合わないといけないし, その辺どうにもならないが, 数学なら基本それ自体で正しいかどうかけりがつくし, とても気分がいい. 何かを確かめるのにも自然科学的な意味での実験はしなくてもいいし, 手際が悪い方の市民にはありがたい, というところで数学礼賛をして終わる.
Twitterまとめ: オーダー (桁) の物理 理科年表を君に¶
Twitterのやりとり¶
Twitter でオーダーに関する話を少ししたのでそれをまとめておきたい. この辺からはじまる.
物理の本, 「 (適当なパラメータのオーダに見当をつけて) この項は ドミナントでないので無視すると…」みたいなのわりとばんばんでてくるけど ああいうのを見極めてバシッと切り落とせる眼力がほしい
@hisen_kei 一つにはパラメータの取りうる範囲みたいなの, 具体的な数値としてきちんと把握する所からやるしかないのでは感. あと物理定数は, 少なくとも数値のオーダーは覚えておかないと
@phasetr ある項がこのパラメータとおなじオーダなので, というところからして「あー確かにそうだよなー」と感心するレベルだった 自分がやってる分野の物理定数とか特徴的な時空間のスケールの感覚を身につけるのは ほんと大切だと思います…まだ学部生なので今後に期待です
@hisen_kei 友人は学部四年になる直前の研究室配属時に, 物理定数をまるで覚えていなかったことをかなり強く指摘されたと聞きました. オーダーくらいも分からなくて今までどう物理やってたのと
@phasetr うっ耳が痛い… 卒論ではじめて, こういう物理の考え方を使うのちゃんと腰を据えて取り組んだという (学際的な学科の弊害)
川畑さんのPlanck定数話¶
どこか探し出せなかったのだが, 田崎さんの日々の雑感で川畑先生が講演中に Planck 定数の名前を忘れて冷や汗を書いたが, そのときにも Planck 定数の値だけはきっちり覚えていた, というエピソードがあった. 物理に限らないが, 理工学では関係する現象に関する色々な数値はきちんと覚えていないと話にならないという感覚は多分共通と思う.
MM2P あたりの話を聞いていても, 自分がやっている物質に関する情報, 特に実験で実際に触る数値はよく覚えている. 色々な物質の吸収スペクトルとか何とかのことだが.
電気抵抗率の Wikipedia¶
話は少しずれるが, 電気抵抗率について値を見ておきたい. とりあえず Wikipedia を参考にしよう. 当然物質ごとに違うし, 超伝導を考えれば分かるように温度でも大きく変わるが, 上記ページ内では上から下までで大体 25 桁違う. 大統一理論関係の定数のオーダー比較をすると, Planck 定数と万有引力定数のオーダーは大体 50 桁違うので上には上がいるが, 同じ物理量でも物質によって 25 桁の差があるというのはかなり大きな方ではないかと思う. うるさいことを言えば, 質量なども素粒子から天体まで入れれば相当の幅があるが, 電気抵抗率という身近な値で 25 桁が出てくるのはなかなか凄いことだろう.
理科年表を買おう¶
オーダーを見ているだけでも楽しい (と思える人はいる) ので, 暇なときには理科年表でも見ているくらいの癖をつけるといいかもしれない. 全く関係無いが, 高校 3 年のとき, ふと思いたって理科年表を買って毎日携帯していたことを想起した.
あの頃, 理科年表 (を持ち歩くの) が猛烈に格好いいと思ったのでそうしたのだが, 今思っても最高にクールな判断だった. 理科年表, 読んで楽しくインテリアとしても最高にクールなので一家に一冊常備したい. 携帯版と机上版とあるので両方お勧めしていきたい. 気になるあの子のデータがいつでも手元にあるという感動を君に.
宇宙論のモデルの解の存在: 諸科学・工学への数学の応用¶
はじめに¶
詳しく聞かなかったのが失敗なのだが, 宇宙論をやっていた友人が次のようなことを言っていた.
この間, 先輩に読んでる論文について質問したら, 「その論文で出てるモデル, 解がないことが示されてるから読んでも意味ないよ」って言われて, 頑張って読んで損した.
解が存在しない, というのがどういう意味で言っているのか, 解の非存在についてどういう議論をしているのかを聞きそびれたのだが, 何にしろ, 物理でも方程式というかモデルを立てたあと, そのモデルの価値について解の存在という観点から議論をすることがあるというのを聞いてちょっと驚いた.
これについて, 例えば下記のような本を書いていて, 東大での産業数学に関する取り組みで中心的な役割を果たしている山本先生などの話を思い出す. 儀我先生も同じような話をしていた.
儀我先生の話¶
その話というのは, 自然科学や工学の人達と数学が共同研究するときに解の存在の議論をする意味についてだ. 解の振る舞いを調べることが仕事という状況で, そもそも解が存在しないようなモデルは考えても意味がない. もっというなら解がないようなモデルはモデルの立て方自体が悪いと思える. 一旦モデルを立てたら, そのあとは基本的には数学の仕事になる. モデルの正当性について, 解の存在という観点からの研究も大事なのだ, という話をしていた.
私もその通りだと思うのだが, この考えはなかなか受け入れられないようだ. ただ, 儀我先生の話だったが Allen-Cahn 方程式で有名な Cahn (だったと思う) は工学者なのだが, 例外的にこうしたことについて非常に理解が深く, 数学の利用法として解の存在証明は決定的に大事だと擁護してくれていたという話を聞いた.
宇宙論の友人の話をふと思い出してこのようなこともついでに思い出した. Twitter でも TL に宇宙論とかその近辺の人がいるから今度聞いてみよう. あと, この辺の数学の話は関西すうがく徒のつどいでも話したい.
Freeman DysonのStability of matterに関するトーク動画¶
動画へのリンク¶
WEB of STORIESというサイトでFreeman Dysonによる数理物理トークを見つけた. 後で見たい.
Dysonの紹介¶
ちなみに Freeman Dyson は QED で有名な Feynman-Schwinger-Tomonaga-Dyson の Dyson だ. 私が始めて Dyson の名前を意識したのは正に Stability of matter に関する話, Dyson-Lenard 論文なのだが, しばらくこれが上の Dyson と同じだと思っていなかった. 正確には, Dyson は物理学者であって, 数理物理の人だと思っていなかった.
Dyson は数理物理でも決定的な結果がいくつかある. 私が具体的に知っているのは自分の領域に近い物質の安定性に関する上記の先駆的な結果と Dyson-Lieb-Simon の反強磁性ハイゼンベルグモデルの相転移の存在証明しかないのだが, 数論などにも重要な結果があるようだ. 興味がある向きは日英双方の Wikipedia をご覧頂きたい.
そこまで勉強が進む前に修士が終わってしまったので全然勉強できていないのだが, スピン系はきちんと勉強したいと思って, 古典系ではあるが 田崎さんと原さんのイジング本 の査読に参加している. 上記の Dyson-Lieb-Simon だが, 集中講義のときの田崎さんが「数理物理の三人の神々」と呼んでいた. 実際そのレベルの化け物だ. 私は論文を読めていないが, 集中講義の記憶によれば「 reflection positivity を使った物理的には訳の分からない変態的な証明」ということらしい. 最近まどか☆マギカのために世間でも相転移が話題になっているが, Dyson-Lieb-Simon クラスで よってたかって全力を振り絞り, 何でもいいからとにかく物理的にシャープな結果を叩きだそうとして やっとの思いで証明できた結果がハイゼンベルグモデルの反強磁性程度なので, 人類レベルでの相転移の (数学的) 理解というのもなかなか切ないものがある.
ふと Simon や Lieb, Froehlich の業績リストを思い出したが, 何でこの人達こんなに多産なの, ということを想起した.
この辺, 専門なので色々書きたいことや勉強したいことがある. 今回はこのくらいにしておこう. Togetter でも少しまとめた覚えがあるので, 興味がある向きはそちらも参考にされたい.
いくつかの参考リンク¶
ニュートン力学での力の定義とは¶
はじめに¶
大学生とハートフルなやりとりをしてきたのでその記録をしておく. この辺からはじまる.
引用¶
ニュートン力学において, 力の定義とは…? #相対論前日祭
@zomi1202 運動量の時間変化じゃね
@dream_taro やっぱそっちから定義した方が合理的だよなあ.
@zomi1202 そうすると運動方程式はどういう意味になるのでしょうか
@phasetr 系を閉じたときに力の和が 0 になるという要請でしょうか…?
@zomi1202 @phasetr すみません, もうちょっと考えます.
@phasetr ずっと考えてますが, 定義と捉えるのかなと思いました.
@zomi1202 運動方程式は物体の運動の様子をとらえる (運動の軌跡を求める, 積分する) のが本来の役割のはずですが, 力の定義式としてしまった場合, 前者についてどう認識すればいいのかという話です
@zomi1202 すみません. きちんと書かないといけなかった:「運動量の時間変化=力」は運動方程式と式としては同じです. 見かけだけでいうなら運動方程式を力の定義式だとしているわけですが, そうなると運動方程式から「力から軌跡を求める」という意味がなくなりかねません
@phasetr (その"意味"の感覚が僕に無いのかもしれないのですが) 運動の軌跡が先に決まってて力が定義されて, 各要素 (重力だとか電磁力とか) は後付でいいのかなとか思ってたのですが, 山元さんにも指摘されてかなりムリがあるなあと今は思ってます.
@zomi1202 言ってしまったらつまらないのでどうしようかと迷っているのですが, 実際には軌跡を既知としてその軌跡を描くための力が何か, という, まさに「力の定義式」として使われることはあります
@zomi1202 それはニュートンの仕事で, 惑星が楕円軌道を描いて太陽の周りを公転することが実験的に分かっている状況で, この軌道を描くにはどんな力が働いていればいいかというのを求めるのに運動方程式を逆向き (力の定義式) として使っています
@zomi1202 なので, 実際に「運動の時間変化=力」は 2 つの使い方がされているわけですが, 力学を考える上で一番大事な式の位置づけがあいまいで, 同じく大事な概念である力もあいまい (求めるものなのか既知とするのか状況によって変わる) なのが困るわけです
@zomi1202 そこまで認識したうえで「運動量の時間変化=力」を力の定義式とするのが「合理的」といったのか, というような質問です. 応用上はどうでもいいと言ってもいいですが, 力学をやる上で一番の基礎なので, そこが適当だと物理にはなりません
@phasetr いえ, その辺は全く考えずに, 単に数学的なモデルとして簡単に定義しやすいな, という意味で使いました. 位置づけの重要さがよく分かりましたので, もう 1 回考えてみます. 高校時代からぼやっとしてて分からなかったところなので, ありがたいです.
@zomi1202 ここを突っ込んで考える余裕を与えられているのが物理学科の特権です. 実数論やる暇があるのが数学科というのと同じです. それぞれの学科にそれぞれの特権がありますが, これはまさにそういうところなので思う存分考え抜いてください
@phasetr ありがとうございます. 絶賛堪能してます.
他のツイート¶
y_bonten さんのこのツイートなども参考になる.
「質量×加速度=(その物体にかかる) 力」を力の定義式と見たとき, 正確には「合力」の定義しかなされていない. このことをどう解決するか, とか.
これはとても大事な指摘で, 解析力学の目的の 1 つ にもなっている. 解析力学は, 力学で一番大事であるにも関わらず曖昧な位置付けになっている運動方程式の論理的地位を明確にする試みとも言える. この辺については山本義隆・中村孔一の『解析力学』が詳しくて面白い. ただし, 簡単に読める本ではない.
そういえば, 解析力学のゼミ的なアレ, いつ始まるのだろう. ゆきみさんとの物質の安定性ゼミ的なアレも都合つけないといけないし, つどいの原稿作りもしないといけないし, DVD 制作も積んだままだった.
【相対論は間違いだ】系のページの記述について久徳先生に教えてもらったので¶
ちょっと探し物をしていたらアレなページを見つけてしまったので. 久徳先生が教えてくれたので記録しておく.
@識者各位 http://www5b.biglobe.ne.jp/~sugi_m/page012.htm の【<一般相対性理論が間違っていることの証明>】はどこがおかしいのか. 一般相対論ろくに勉強していないのでよく分からない
@phasetr 状況 B に対する考察が単なる自分の直感の発露で, 状況 A と違うと主張する根拠もなく Einstein への反論になっていない (あと慣性変動という言葉の意味はよくわからない)
@life_wont_wait @phasetr 横からすいません, B が直感の発露っていうのがいまいち良くわからなかったのですが, どの辺が「直感の発露」による決めつけ何でしょうか?
@gaijin4675 @phasetr 「この場合, 慣性変動の発揮はあるでしょうか? ありませんね」という文章が慣性変動を定義しておらず意味を成さないこともそうですが「状況自体は似ていても物理的内容がまるで違っています」が根拠のない思い込みというのが Einstein による指摘です
@life_wont_wait @phasetr つまり結局慣性変動という言葉の意味が定義されていない限り議論自体がナンセンスという事でしょうかね?
@gaijin4675 @phasetr まあそこまでは言いません. 後半の「物理的内容がまるで違っています」が, エレベーターの中の局所的な事象を考える際にはただの思い込み, というのが肝です. もちろんエレベーターの外を見たら区別できますが, それは相対性理論でも当然区別できる違いです
@life_wont_wait @phasetr この人は中の人間に働く力で区別をつけようとしてるのではないかと読み取ったのですが, そうではなく現象で区別をつけるべきだという事ですかね, 何度も申し訳ない.
@gaijin4675 @phasetr いえよいですよ. エレベーターの外を見たら区別はつきます. 「中の人に働く力で区別をつけよう」とすると, 直感に反していても実は区別がつけられない, というのが相対性理論の主張なので, どうやって区別するかを言うなり実験で示さないと反論になりません
@life_wont_wait @phasetr あ, なるほど. そこで状態 B についての説明が曖昧であることが問題になるわけですか.
@gaijin4675 @phasetr 曖昧というのは多分そうで, この web の人, 何に反論したいのか自分でよくわからないままに「直感的に違うから区別できるはずだ」と言っているように見えますね. 事実エレベーターの外側を見れば全然違う現象であることは間違いないですし
不勉強だとこの程度のことですらなかなか見抜けない. 教訓としよう.
久徳先生とf_hirokiさんに一般相対論についていろいろ教えてもらったので¶
文献案内¶
久徳先生と f_hiroki さんにいろいろ教えてもらったのでメモ.
@life_wont_wait 手元に Dirac と Pauli の本はあるのですが, もう少し突っ込んだ + 現代的な内容の一般相対論の本がないかと探しています. 佐藤-小玉あたりが適切でしょうか
@phasetr 質問が漠然としていてよくわかりませんが, どのくらいの期間でどういう方面の勉強 (あるいは研究) をする想定でしょうか? 佐藤小玉は絶版なので入手に苦労するかもしれません. 現代的といってすぐ想像されるのは Wald ですが, それでも 30 年前の本ではあります. 電話帳もアリです
@life_wont_wait 数学科, 幾何の人相手一般相対論のセミナーをしようという話になっていて, そのための復習用です. その本を皆で読むというより, まずはポイント絞って紹介する感じで, そのための私の復習用です. 私個人で数ヶ月かけてのんびりやる感じで
@phasetr @life_wont_wait Schutz とか幾何学的だと思いましたが, どうでしょう?
@hiroki_f @phasetr Schutz の一般相対性理論は読んだことないんですよね. とっつきやすいとは聞きます
@phasetr 本格的なものでいいなら, ポイントを絞るのにまず Wald や Schutz (未読・和訳あり) など幅広く扱っているものを眺めてみるのはどうでしょう. 他に Gravitation は和訳があってとても幅広いです. 先日は Birrell-Davies も悪くないという話がありました
@life_wont_wait @phasetr Ashtekar 形式 とかどうですかね? 詳しい仕事はしらないのですが.
@hiroki_f @phasetr 拘束条件が扱いやすくなるので量子論を展開する時には便利だというのは聞きます. いわゆるループ量子重力の方向だと思います. なので相転移 P の興味には合うかも. 古典論の範疇ですごく役に立つという話は聞いたことがないので僕はほとんど勉強していません
@life_wont_wait @hiroki_f ありがとうございます. 昨日ググっていたらシュッツが落ちていたので, 今ちょうど眺めていたところでした. 一旦上げて頂いたのを一通り眺めてみます
@phasetr @life_wont_wait p6 から p8 にかけて相対論の教科書の紹介があります. http://www.is.oit.ac.jp/~shinkai/Viewgraphs/090729_summerschool.pdf
最後の PDF を見て, Landau も持っているのを思い出した. 買うだけ買ってまともに読んだことなかったので, いろいろな復習のついでにこれも読もう.
相対論での時間発展¶
相対論での時間発展という概念がいまだに全くわからない. あくまでも一旦フレーム (?) を固定した上で考えるのだろうか
@phasetr 特別な時空の上で考えるか, 何らかの観測者に沿った方向に見るか, 陽に時間を入れるか, 場合によって色々使える手はあると思います. どういう意味で使うのかはっきりさせるのが大事なんでしょう
@life_wont_wait そういう観点をはじめからいれてやるんですね. 時間と言うか発展させるパラメータはいつも外から入れるので, 単純にその辺の考え方そのものに慣れていない方の市民
2012 物質の安定性¶
(2012年頃に書いた古い文章です.)
ネタが切れたときは数学に頼るということで, 今回は物質の安定性の数学についてです. ネタ元は arXiv にあがっている Solobej による「Book review: Stability of Matter in Quantum Mechanics, by Elliott H. Lieb and Robert Seiringer」と題された http://arxiv.org/abs/1111.0170 この論文です. 正確には本のレビューですけれども. 参考文献を入れて 7 ページしかないのでご興味がある方は実際に読んでください.
「物質の安定性」とか「量子力学」と題名にあって物理だろうになぜ数学というのか, ということですが, 実際に本の中では数学をしているからです. 適当なことを言うと怒られるのですが, 大雑把に言って物理に出てくる問題を数学的にきちんと論じる学問を数理物理といいます. Lieb と Seiringer, Solovey はその数理物理の世界トップクラスの専門家です. 特に微分方程式, 実解析的手法に強い人たちです. 上掲書では物質の安定性について, これらの手法を使った研究成果をまとめた本です.
物理としての物質の安定性を論じる意味をご説明します. 普段, 物質は安定に存在しています. (理想化された状態では) 身の回りのものが突然壊れるといったことはありません. 当たり前すぎるほど当たり前なのですが, きちんと考えるとこれは恐るべき現象です.
ご存知の方も多いでしょうが, 古典電磁気学と古典力学の範囲では物質は安定に存在できません. 荷電粒子が加速運動すると電磁波を放出するので, 電磁波にエネルギーを持っていかれてしまいます. 特に原子の周りを運動している電子を考えると, 電子の軌道半径がどんどん小さくなっていくため, 原子が安定に存在できないことが導かれます. これは理論物理の危機なのですが, これを救ったのが量子力学です.
上記レビューにも書いてあることですが, 大抵の量子力学の教科書ではこれを不確定性原理で説明します. ただ, 実際にきちんと示そうとすると不確定性原理 (の数学的表現) だけでは足りないので, Sobolev の不等式などを使って詳しく解析する必要があると分かります.
ついでに言えば, 普通の数学ではあまり扱わない (であろう) ことも使う必要があります. 少なくとも私は微分方程式の講演を聴いていて $L^2$ の反対称テンソルやその解析を見たことがありません. しかし, フェルミオンの解析をするために反対称テンソルの $L^2$ での解析結果がどうしても必要です. とくにボソンとフェルミオンとで熱力学的安定性に関わる部分で本質的に違う評価が出てくるので, 物理としては本質的な違いです.
ちなみに, 私の知る限り日本にはこの方面の専門家はいません. 世界でもそうはいないはずですが.
学部 3-4 年程度の物理 (特に量子統計, 熱力学) と学部 4 年程度の解析学の知見と不等式の制御技術があれば何とか読めるのではないでしょうか. ご興味のある方は是非.
2012 量子力学の数学¶
2012年頃に別のところで書いていた古い記録です. 加筆修正せずそのまま再録します.
量子力学の数学 1¶
いま, 量子力学の数学について Web 上で何かやろうと画策中です. 原稿の準備や頭の整理と言う面もあるので, 一旦ここで講義風の概略を流そうかと思っています. MathJax で数学記号を使えるようにしようと思っているのですが, そこも今調査中です.
私の学生のころの専門は場の量子論・量子統計力学の数学でした. あまり研究者がいない分野でもあり, そこの宣伝にもなるかと思っています. 場の量子論・量子統計をいきなり, というのは色々な意味でハードルが高いので, まずは量子力学からのんびりやろうかと思っています.
使う数学としては線型代数と微分積分だけです. その代わり数学科のレベルで使います.
数学を理解すると言う意味では物理の予備知識は何もいりませんが, かといって何もないと何が面白くて意味のあることなのかまったく分からないとは思います.
興味のある中高生を誘うくらいのつもりで, 何一つ遠慮なくフルスロットルでやる予定です. 文章の調子が悪くなるような気がしているので, 「だ・である」の文体を試してみます.
やってみないとわからないので, トライアルとして色々やってみます. 相当ハードな準備が要るので, のんびりお待ちください.
量子力学の数学-摂動論¶
以前量子力学の数学についてご紹介していく計画についてお話しました. 少しずつ準備しています. 今回は小ネタを出してみましょう.
物理の近似計算法として摂動論は基本です. 大雑把に言えば (物理で) 摂動と言うのは, 小さなパラメータについての級数展開を考えて, パラメータが小さければ低次の項だけいくつか取ってくれば十分いい近似になってくれるだろうという淡い期待に裏打ちされています.
淡い期待と書いたとおり, これは簡単に打ち砕けます. 数学的に変な例がおかしなことを起こすと言うありがちな話ではなく, 物理的に真っ当な例が既に扱いきれません.
モデルを二つ考えましょう:1 つは調和振動子, もう 1 つは水素原子のシュレディンガーです.
\begin{align} H_{\mathrm{osc}} = - \triangle + \alpha x^2, quad H_{\mathrm{hydrogen}}= - \triangle + \alpha \frac{1}{r}. \end{align}
面倒なので余計な係数は全て落としました. $\triangle$ はもちろんラプラシアンで, $\alpha$ が摂動パラメータです.
この例でスペクトル (固有値) を考えます. 両方ともスペクトルは既に完全に分かっていることに注意してください. $\alpha=0$ なら当然両者のスペクトルは同じです. $\alpha \neq 0$ のとき, $H_{\mathrm{osc}}$ のスペクトルは離散的です:いわゆる ${n+1/2}$ です. 一方, 水素原子は原点より下に離散的なスペクトルがあって, 原点より上ではべったり連続的です.
スペクトルは測定値, つまり直接物理と結びつく量であることを思い出しましょう. また, 摂動で計算したい量としても, スペクトルは大事な量の 1 つです. このスペクトルが摂動項があるかないかで劇的に変わるのです.
これくらい簡単な例でもうまくいくか分からないので, 一般にはどうなっているかまったく予断を許しません. ここをどうにかきっちりしようというのを数学としてはスペクトル理論といいます.
スペクトル理論は今も発展している理論です. むしろ物理の方が進みすぎていてまったく追いつけていないと言ってもいいくらいの状況です.
物理的 (実験的) には既に当たり前のことでも数学的にきちんとやろうとすると恐ろしく難しいことは良くあります. そのあたりをご紹介していく予定です.
title¶
摂動論
desc¶
摂動論の数学部分について解説した. 数学としてはスペクトル理論という広大な分野が広がっている. 調和振動子とクーロンポテンシャルの場合とでの比較をして物理としても決定的な結果になる.
keywords¶
quantum mechanics,pertubation theory for linear operators,spectral theory,harmonic oscillator,coulomb potential
量子力学の数学 2:内積空間¶
main¶
北大数学の新井朝雄先生の 量子力学の数学的構造 を元に, 量子力学の数学を紹介していく. 前に書いたとおり, 文章をすっきりさせるため「だ・である」の文体を使う. あくまでも本を読むための手引きと言う形なので, 証明の詳細については前掲書を見てもらいたい. ここではポイントだけ指摘する. 非常に良い本なので是非買ってのんびり読んでほしい.
1 章, ヒルベルト空間と線型作用素から順にやっていく. 特に始めのうちは言葉の定義ばかりで退屈だが, やらないとそれはそれで困るのでしばらく辛抱してほしい.
ヒルベルト空間の定義の前にまず内積空間から定義しよう.
定義 1.1 $\mathbb{F}$ を実数体 $\mathbb{R}$ または複素数体 $\mathbb{C}$ とし, $\mathcal{H}$ を $\mathbb{F}$ 上のベクトル空間とする. $\mathcal{H}$ 上に正値対称な双線型形式が存在するとき, $\mathcal{H}$ を内積空間という.
内積空間の例: 実変数の複素数値連続関数が作るベクトル空間 $C (\mathbb{R})$ など. ここで内積は \begin{align} \langle f, g \rangle = \int_{\mathbb{R}} \overline{f (x)} g (x) dx \end{align} として定義する. まだきちんと定義していないが, この空間は「無限次元」になる. 本には他の例もいくつか載っている. 全て大事な例なのできちんと本で確認してほしい.
内積からノルムを定義する. \begin{align} \left\Vert \Psi \right\Vert := \sqrt{\langle \Psi, \Psi \rangle}. \end{align}
内積空間である種の「幾何学」が議論できるのでそれを簡単に見てみよう.
ノルム 1 のベクトルを単位ベクトルと呼ぶ. もちろんノルムは上で定義した量. 零ではないベクトル $\Psi$ に対して \begin{align} \tilde{\Psi} := \frac{\Psi}{\left\Vert \Psi \right\Vert} \end{align} を $\Psi$ の規格化と呼ぶ.
2 つのベクトルが $\langle \Psi, \Phi \rangle = 0$ になるとき, この 2 つのベクトルは直交しているといい, $\Psi \perp \Phi$ と書くことがある.
今回は次の基本的な結果を紹介して終わりにする.
定理 1.2 (ピタゴラスの定理) 直交する 2 つのベクトルに対して次が成り立つ. \begin{align} \Vert \Psi + \Phi \Vert ^2 = \Vert \Psi \Vert ^2 + \Vert \Phi \Vert ^2 \end{align} が成り立つ.
定理 1.3 (コーシー・シュワルツの不等式) 全ての 2 つのベクトルに対して \begin{align} \langle \Psi, \Phi \rangle \leq \Vert \Psi \Vert \cdot \Vert \Phi \Vert \end{align} が成り立つ.
系 (三角不等式) 全ての 2 つのベクトルに対して \begin{align} \Vert \Psi + \Phi \Vert \leq \Vert \Psi \Vert + \Vert \Phi \Vert \end{align} が成り立つ.
ピタゴラスの定理はいわゆる「三平方の定理」だ. これは内積空間の構造があればそこから導けるということで究極的な一般化になっている.
コーシー・シュワルツも高校で 2-3 次元のときにやる話だがここまで一般化できる. 今後この定理を使わないで済むことなどまずない. 今すぐ重要性を理解するのは難しいだろうが, 証明まできちんと追い続ければ嫌でも分かる.
三角不等式も「事実」としては小学生でも分かる話だ: 要は「寄り道した方が歩く距離は長い」ということ. ただ, あまり当たり前と思ってもらっても困る.
次回は三角不等式を抽出した空間として距離空間を紹介するところから始めよう.
title¶
内積空間
desc¶
内積空間の基本的な概念と定理を紹介した.
keywords¶
inner product space,Hilbert space \bibliography{myref}
量子力学の数学 3:位相線型空間¶
main¶
元にしている書物は 量子力学の数学的構造 だ. 例や証明は直接こちらをあたってほしい. ここではなるべく本に書いていない話, 関連する話, アドバンストな話にフォーカスして議論するつもりだ.
前回, 三角不等式を紹介した. 三角不等式があれば色々できるので, そこだけ切り出してきた空間, 距離空間を簡単に紹介しよう. \begin{align} d (\Psi, \Phi) := \Vert \Psi - \Phi \Vert \end{align} として 2 変数関数 $d$ を定義する. これは距離関数 (metric) と呼ばれる. 距離関数が満たすべき 4 つの性質については「量子力学の数学的構造」 p23 を見てほしい. 内積空間 $\mathcal{H}$ はこの距離で距離空間になる.
ここではやらないが, 距離空間のレベルで色々言えることがある. 詳しくは位相空間論の本を見てほしい. 位相空間論は一楽重雄著「 集合と位相そのまま使える答えの書き方 」 が初学者には読みやすいと思う. 書名をみるとしょうもない本のように見えるかもしれないが, 抽象度を無理に上げずに非常に丁寧に証明や例が書かれているのでお勧めだ.
距離空間論のレベルの知識自体は良く出てくるが, 「量子力学の数学的構造」の中で大体出てくるので知らなくても問題ない. むしろ内積空間・ノルム空間で距離空間, ひいては位相空間に慣れるくらいの気持ちでいてほしい.
本題の内積空間に戻ろう. ユークリッド空間 (大雑把には高校数学) で直交座標系を取ると便利なことが良くある. 内積空間では直交するベクトル達が決定的な役割を果たす. 今後悪夢でうなされる程出てくるので, 注意してほしい.
内積空間 $\mathcal{H}$ の部分集合 $\mathcal{D}$ を取る. $\mathcal{D}$ のベクトルが全てお互いに直交しているとき, $\mathcal{D}$ を直交系という. 全てのベクトルが単位ベクトルのとき $\mathcal{D}$ を正規直交系という.
後で完全系の話をするときに「正規直交基底」との関連を書く予定だ. そこは少し待ってほしい.
本では p24 と章末演習問題 7-14 で正規直交系の大事な例がたくさん出てくる. フーリエ級数, エルミート多項式, ラゲール多項式など電磁気や量子力学で出てくる「直交関数系」だ. 何故直交という名前がついているか. もちろんこの内積空間の直交性から名前を付けているのだ. その辺の話を統括する理論が内積空間の理論である. 電磁気や量子力学で色々な関数が出てきて混乱している頭を一段抽象化して頭をすっきりさせてほしい.
次回はベッセルの不等式から始めよう.
title¶
位相線型空間
desc¶
位相線型空間に関する話題をいくつか紹介した.
keywords¶
metric,inner product space
量子力学の数学 4:ベッセルの不等式¶
MAIN¶
元にしている書物は 量子力学の数学的構造 だ. 例や証明は直接こちらをあたってほしい. ここではなるべく本に書いていない話, 関連する話, アドバンストな話にフォーカスして議論するつもりだ.
今回はベッセル不等式関係の話をしよう. 量子力学の数学的構造, p25-26 だ. $N$ を自然数とし, ${\Psi_n}n^N$ を内積空間 $\mathcal{H}$ の正規直交系とする. さらに ${\alpha_n} \in \mathbb{F}$ とする. この時次式が成り立つ: \begin{align} \left\Vert \sum |^2. \end{align} これは高校生でも分かる. $\Psi_n$ を標準基底 $e_n = (0,0,\dots,1,\dots,0)$ と思ってやればいい.}^N \alpha_n \Psi_n \right\Vert^2 = \sum_{n=1}^{N} | \alpha_{n
さらに言葉を 1 つ定義しておこう. 正規直交系 ${\Psi_n}_{n=1}^N$ に対して $\langle \Psi_n, \Psi \rangle$ を $\Psi$ のフーリエ係数という. これはもちろん普通のフーリエ級数についてのフーリエ係数の抽象化だ. ここで満を持してベッセルの不等式が登場する.
定理 1.4 (ベッセルの不等式) 任意の正規直交系 ${\Psi_n}{n=1}^N$ を取る. 全ての $\Psi \in \mathcal{H}$ に対して \begin{align} \sum^N |\langle \Psi_n, \Psi \rangle |^2 \leq \Vert \Psi \Vert^2. \end{align}
これは自明と言い切っていい. だからと言ってつまらないということは全く無いので注意してほしい. 一旦, 有限次元 ($n=3$としておこう) で標準基底を取る. そこで 1 と 2 だけの和を取る. そうすると左辺の和 (成分の和) はノルム (ベクトルの長さ) よりも当然小さくなる. これの一般化だ. そう思えば当たり前だとは思えるだろう. ただ上の評価は次の大事な結果を導いてくれる.
系 1.5 ${\Psi_n}{n=1}^{\infty}$ を正規直交系とする. このとき全ての $\Psi \in \mathcal{H}$ に対して \begin{align} \sum |\langle \Psi_n, \Psi \rangle|^2 \leq \Vert \Psi \Vert ^2. \end{align} 特に左辺の級数は収束し, 次式が成り立つ: \begin{align} \lim_{n \to \infty} \langle \Psi_n, \Psi \rangle = 0. \end{align}}^{\infty
左辺の無限級数の収束がきちんと言えるのはなかなか強烈だ. これは特に正規性がないといけないので注意する. 規格化していないとそもそも級数が上からおさえられる保証がない. 興味のある方は反例を作ってみてほしい. 収束性自体も大事だが, 最後の内積の収束が決定的だ. あとで弱収束を議論するが, そこで「弱収束はするが強収束はしない列」の例として再登場する. (まだ定義していないが) 無限次元空間では色々な収束概念が出てきて, それを的確に制御する必要が出てくる. 念のため言っておくが, 収束の位相は単に数学的な話ではなく物理としても大事になる.
例えば場の量子論での散乱理論を考える. 1950 年代からの一時期, 整合性のある一般論が作れなくて困っていたことがある. 私もあまりきちんと勉強していないが, 波動作用素 (同じく新井先生の「量子現象の数理」の散乱理論を見てほしい) の収束が問題になっていたようだ. 物理学者はいわばノルム位相での収束を考えていたが, Lehmann-Symanzik-Zimmermann が弱収束 (行列要素の収束) を考えなければいけないと指摘して決着がついたと聞いている. ちなみにこの LSZ の話は場の量子論の教科書には必ず載っている程の有名な結果だ.
ところで何故散乱が大事かについて簡単に触れておこう. 大雑把に言えば, 散乱では調べたい対象に粒子をぶつけてその粒子がどう動きを変えたかを調べる. X 線解析や非破壊検査を想像してほしい. ここで場の量子論の状況を考えよう. 相手は正にミクロの対象なので, 身の回りの機械のように直接動かして調べたりはできない. だから何かモノを当てて, それがどういう影響を受けたかを見ることでしか実験的に調べられない. つまり最終的には何らかの形で散乱理論を使った計算結果を実験と比べることになると思ってほしい.
ここで散乱理論が理論の体をなしていないとどうなるか. 実験と理論が全く比較できないことになる. 当然, とても困る. だから散乱理論は何が何でもきちんと作り上げる必要がある. 実際, この辺の苦闘から場の量子論の数学的研究が始まっている. 量子力学の方はもう少し早く数学者, 特にヒルベルト, ワイル, フォン・ノイマンあたりが先導したようだが, 場の理論の方はむしろ物理側が先導したようだ.
詳しく知りたい方は arXiv で Haag や Buchholz \url{http://de.wikipedia.org/wiki/Detlev_Buchholz_(Physiker)} のレビューなどを参考にして欲しい.
次回は位相 (topology) の話に入る. 位相と言っても phase ではないので注意.
title¶
ベッセルの不等式
desc¶
ベッセルの不等式を議論した. 有限次元での正規直交系の議論からしても自明な話だが, 完全正規直交系の特徴づけにも使える大事な概念なのできちんと身につけるべきだ.
keywords¶
Bessel's inequality,Hilbert space
量子力学の数学 5:内積空間の位相¶
main¶
元にしている書物は「量子力学の数学的構造」 http://www.amazon.co.jp/dp/4254136773 だ. 例や証明は直接こちらをあたってほしい. ここではなるべく本に書いていない話, 関連する話, アドバンストな話にフォーカスして議論するつもりだ.
有限次元の線型代数 (位相線型空間論) から類推して, 位相関連の概念が定義できる. まずは点列の収束を定義しよう. 内積空間の元は特にベクトルと呼ぶのが普通だが, 今後は点とも言うことにする. こちらも良く使う言葉なので慣れてほしい.
ついでに言うと, 普通, 位相空間論ではまず開集合から入るだろう. しかし解析学で, 特に関数空間を決めるときには閉集合や点列の収束から位相を定義することが多い. もちろん理由はあって, 解析学では収束を中心に議論するからここから始めた方が便利なのだ. 次に閉集合を決めるのは, 極限を取った時にその極限がどこにいるかをはっきりさせるためだ. これは量子力学的には冗談ではすまない. いわゆる$\delta$関数, 超関数の問題があるからだ. 既に恐ろしい現象に直面していることに注意されたい. 場の量子論だとさらに過激である.
ではヒルベルト空間での強収束を定義しよう.
定義 1.6 $\mathcal{H}$ の点列 ${ \Psi_n }{n=1}^{\infty}$ に対して点 $\Psi \in \mathcal{H}$ があって [ \lim \Vert \Psi_n - \Psi \Vert = 0 ] となるとき, $\Psi_n$ は $\Psi$ に強収束するという. $\blacksquare$
$\Vert \Psi_n - \Psi \Vert$ 自体は実数であることに注意する. 訳の分からないヒルベルト空間とかいう所で収束をどう定義するのかという話があるが, それはある意味, こうやって実数に叩き落とす形で定義する. 実際には一般の位相空間で実数などに落とさないネットの収束などがあるし, それはそれで作用素環で使ったりもするがあまり一般的にやっても初学者には地獄でしかないので, この辺で抑えておきたい.
あと点列 $\Psi_n$ は $\Psi$ の近似列と言ったりもする. 合わせて $\Vert \Psi_n - \Psi \Vert$ は誤差と呼ぶ. この辺はそのままだ.
次の命題は基本的だが, それでも一部注意がいる.
命題 1.7 ${ \Psi_n }{n=1}^{\infty}, \, { \Phi_n }$ の強収束列とし, それぞれ $\Psi, \, \Phi$ に収束するとする. この時次が成り立つ. [\lim_{n \to \infty} \Vert \Psi_n \Vert = \Vert \Psi \Vert, ] [ \lim_{n \to \infty} \langle \Psi_n, \Phi_n \rangle = \langle \Psi, \Phi \rangle. \blacksquare]}^{\infty}$ を $\mathcal{H
証明は三角とコーシー・シュワルツで終わる. ここで両方とも強収束性が必要なことに注意してほしい. 弱収束だと上手くいかない. 弱収束してかつノルムの収束が成り立つなら強収束することくらいは言えるから, そのときは上の 2 式も成り立つ. あと, 上記の 2 式はノルム・内積の強連続性と呼ばれる.
そういえば, 前回, あとで弱収束が出てくると書いてしまった. 後で調べたところ, 出てくることは出て来るが 2 巻なので大分先である. 書いてしまったし, ここで定義してしまおう.
定義 (p313) 全ての $\Phi \in \mathcal{H}$ に対して下の式が成り立つとき, 点列 ${ \Psi_n }$ が $\Psi$ に弱収束するという: [ \lim_{n \to \infty} \langle \Psi_n - \Psi, \Phi \rangle = 0. \blacksquare ]
強収束はノルムにひっかけた上で収束を考えるが, 弱収束は内積にひっかけて収束を考える. 何が違うのかという話だが, 色々と決定的に違う. 実際に色々やってみないと決して分からないが, とりあえず, 学部の頃の講義での教官の解説を引用しておこう. 大分前の話なので詳細は捏造している.
「強収束できる列は非常に優秀な学生です. 1 人で何でもできてしまいます. これはこれで素晴らしいのですが, そうかと言ってこういう優秀な学生ばかりとは限りません. そこで弱収束を考えましょう. これ, 普段はちゃらんぽらんなやつですが, 良い友達のおかげで更生できて立派になれる人物です. それが内積と $\Phi$ が必要な理由です. よく友人のせいで悪い方向に引っ張られてしまう人がいますが, 実際の友人関係もこうありたいものですね」.
弱収束列は強収束するとは限らない. これには先導となる友人がいれば何とか目的地に行けるが, 1 人だとあてどもなく彷徨うしか無くいつまでたってもどこにも行けないようなイメージを持ってほしい. 「どこかにふらっと行ってしまう」と言うとどこかに収束していそうな気がするので, あまり良い表現ではないように思う.
念のため言っておくが, 当然弱収束すらしない列は山ほどある. むしろそちらの方が遥かに多い. 弱収束で全て捉えられるわけではない.
かなり先の話題だが, 場の量子論では弱収束すらしない例が自然に出てくる. (もちろん何らかの意味でどこかに収束してくれないと困るのだが, それはヒルベルト空間内での弱収束ではない). (ついでに正確に言えば, 0 に弱収束するような困った例が出てくる). (赤外) 発散という物理的な理由つきなので本当に洒落にならない. いわゆる発散の困難の数学的表れとして, 本当に「まともな」点に収束してくれなくなる. 作用素環や汎関数積分 (確率論, いわゆる経路積分) を使う対処法があることにはあるが, まだ物理上の要望に応えられるほど強い結果が出せていないのが現状だ.
次はコーシー列から始めよう.
title¶
内積空間の位相
desc¶
位相を定義した. 物理での phase としての位相ではなく数学としての topology の位相だ. ヒルベルト空間では少なくとも強・弱の 2 種類の収束が定義できる.
keywords¶
Hilbert space,strong convergence,weak convergence
量子力学の数学 6:コーシー列¶
main¶
元にしている書物は「量子力学の数学的構造」 http://www.amazon.co.jp/dp/4254136773 だ. 例や証明は直接こちらをあたってほしい. ここではなるべく本に書いていない話, 関連する話, アドバンストな話にフォーカスして議論するつもりだ.
コーシー列を定義しよう.
定義 1.8 点列 ${ \Psi_n }_{n=1}^{\infty} \in \mathcal{H}$ を考える. 任意の $\varepsilon >0$ に対してある番号 $n_0$ が存在し, 全ての $m,n >n_0$ に対して $\Vert \Psi_n - \Psi_m \Vert < \varepsilon$ が成り立つとき, この点列はコーシー列であるという.
定義 点列 ${ \Psi_n }{n=1}^{\infty} \in \mathcal{H}$ が $\sup \Vert \Psi_n \Vert < \infty$ を満たすとき, この点列は有界であるという.
コーシー列はこれまたあとで悪夢にうなされるほど出てくる. まずは基本的な命題を出しておく.
命題 1.9 (i) コーシー列は有界である. (ii) 収束列はコーシー列である.
(i) ももちろん大事だが, それよりも (ii) が決定的だ. コーシー列の定義は, いわゆる $\varepsilon - \delta$ 論法による収束の定義を微妙に変えた形だが, この程度の関連性はあるわけだ. 問題は (ii) の逆が一般には成り立たないこと. 例 1.11 で詳しく説明されているので「量子力学の数学的構造」 p29 を読んで欲しい.
連続関数の空間に $L^2$ ノルムを入れると, この空間ではコーシー列が収束列になるとは限らないことが分かる. ちなみに, 連続関数の空間にいわゆる sup ノルムを入れるとコーシー列が収束列になる. ノルムの入れ方が決定的な役割を果たすことに注意してほしい. さらに言えば, sup ノルムを入れた時, 連続関数の空間は内積空間ではなくノルム空間にしかならない. これも大事な注意だ.
全く関係ないこともないが, もう 1 つ与太話をしておこう. sup ノルムを入れた連続関数の空間に内積を入れることはできないが, 代わりにこの空間には普通の積が入る. この積に関して連続関数の空間は $C^*$-環になる. こちらは量子統計・場の量子論の数学で大事な数学的対象になっている.
話を戻そう. コーシー列が収束するかしないかは内積空間の構造によっている. そこで次の定義をしておこう.
定義 1.10 内積空間 $\mathcal{H}$ で全てのコーシー列が収束するなら $\mathcal{H}$ は完備であるという. 完備な内積空間をヒルベルト空間という.
ここでようやくヒルベルト空間の定義に到達した. やってみないと全く分からないことだが, とりあえず書いておこう. 完備性がないと何が難しいか. まず技術的に言って, コーシー列は比較的作りやすいのだが, 収束列を作るのはとても難しい. コーシー列なら自動的に収束すると言えれば楽で便利だ. またこれは近似が上手くできるか, という部分にもそれなりに関係する. 要するに数値計算などの応用上の問題にも関係しているのだ.
私自身はやったことがないし全く知らないと言い切っていいくらいだが, とりあえず聞いた限りのことを書いておく. コーシー列の定義で, コーシー列が収束列なら $n$ が大きければ $\Psi_n$ が極限に十分近いだろう. そこで適当に大きな $n$ に対して $\Psi_n$ を近似解とする. 十分 $n_0$ が大きいとして, $\Psi_n$ を極限 $\Psi$ の代わりに使うとしよう. こうすると [ \Vert \Psi_n - \Psi \Vert \sim \Vert \Psi_n - \Psi_m \Vert < \varepsilon ] となる. $\varepsilon$ は初めに決めておく誤差だ. こういう形で実際にはコーシー列を使って数値計算の正当性を保証しているらしい.
数値計算について詳しいことは各人で調べてほしい. 私は正しさを保証できない.
最後になったが, 完備な空間の例が「量子力学の数学的構造」 p30-32 にいくつか書いてある. 全て大事な例なのできちんと覚えておいてほしい.
次は正射影定理の節に入る.
title¶
コーシー列
desc¶
解析学で何かしようと思うとコーシー列はどうしても必要になる. 収束列自体を作るのがひどく難しいからだ.
keywords¶
Cauchy sequence,Hilbert space
量子力学の数学 7:閉部分空間¶
main¶
元にしている書物は「量子力学の数学的構造」 http://www.amazon.co.jp/dp/4254136773 だ. 例や証明は直接こちらをあたってほしい. ここではなるべく本に書いていない話, 関連する話, アドバンストな話にフォーカスして議論するつもりだ.
まずは部分空間を定義しよう. 閉集合と開集合, さらには閉部分空間を定義するのが今回のミッションだ.
定義 線型空間 $\mathcal{V}$ の空でない部分集合 $\mathcal{W}$ が $\mathcal{V}$ の和とスカラー倍について閉じているとき, $\mathcal{W}$ は $\mathcal{V}$ の線型部分空間または部分空間という.
「集合」というときと「空間」というときの違いをきっちり把握して欲しい. 線型空間に限らず, 「空間」とつけるときはその集合の元を束ねる構造があると思っている. もちろん今は線型性が鍵だ.
ここでヒルベルト空間 $\mathcal{H}$ を考えよう. この部分集合 $\mathcal{D}$ とその収束列 ${ \Psi_n }_{n=1}^{\infty}$ を取り, 極限を $\Psi$ とする. ここで $\mathcal{D}$ は $\mathcal{H}$ 自身でもいい. $\Psi$ が $\mathcal{D}$ の元かどうか, 一般的には全く分からない. もちろん $\mathcal{D} = \mathcal{H}$ なら $\Psi \in \mathcal{D}$ は当然だ. $\mathcal{D} \neq \mathcal{H}$ でも $\Psi \in \mathcal{H}$ はもちろん言える. 頭に来るような例はいくらでもある. でも $\Psi \in \mathcal{D}$ だとすればとても嬉しい. 極限がどこにいるか予め分かっているととても便利だから.
例えば微分方程式論を考えよう. 微分方程式というくらいだから, 解は適当な意味で微分可能であってほしい. そこでそうした空間としてソボレフ空間 $H^1$ などを考える. $H^1$ 内の関数は大雑把に言って 1 回微分できる. $H^1$ の収束列がまた $H^1$ の中に入っていると, 極限の微分可能性が自動的に保証されるから, 解の微分可能性を別に考え直す必要がなくて便利だ. こういう話を想定しておいてほしい.
そこで閉集合を次のように決めておこう.
定義 $\mathcal{D}$ の全ての収束列の極限がまた $\mathcal{D}$ の元になっているとき, $\mathcal{D}$ は閉集合であるという. $\mathcal{D}$ が部分空間になっているとき, 閉部分空間であるという.
ヒルベルト空間の全ての閉部分空間は, $\mathcal{H}$ の内積でヒルベルト空間になる. 「$\mathcal{H}$ の内積で」というのは意外と曲者だろう. 別に難しいことは言っていなくて, 大抵の方の想像通りだとは思うが. ここで言いたいのは, 違う内積を持ってきたら, 閉集合かどうかは変わってしまうことがあるということだ. 色々な内積 (やノルム) を持って来ないことには実感もしづらいだろうが, それはそれでまた大変なので, 頑張って勉強してほしい, ということでお茶を濁しておく. ちなみに上の $H^1$ はこのあたりと微妙に関係がある. $H^1$ 自体も内積も定義していないが, ソボレフ空間で調べればすぐ出てくるので今はそちらに任せたい.
また, 開集合は次のように定義する.
定義 $\mathcal{D}$ が開集合であるとは, $\mathcal{D}$ の補集合が閉集合になっていることを言う.
「補集合が閉集合」と否定で開集合を定義しているが, 肯定的な表現で定義することもできる. それは位相空間論の書物をあたって欲しい.
あとついでに言うと, あまり開部分空間というのは考えない. 収束を議論しないといけないので, 極限が入っているとは限らない空間は扱いづらいからだ. ただ, 微分可能性を考えるときの底空間 $\Omega \subset \mathbb{R}^d$ などは当然開集合を取る. 関数空間の方を考えるときに開部分空間が余り出てこないと言うことなので混乱しないようにしてほしい.
最後に閉包を定義しよう.
定義 $\mathcal{D}$ の収束列の極限全てを集めてできる集合を $\mathcal{D}$ の閉包と言い, $\bar{\mathcal{D}}$ と書く. 他にも $\mathrm{clo} \, \mathcal{D}$ など書き方はいくつかある.
ずっと言っているように, 極限を取らないとやっていられない以上, 極限が全部入っている空間をどうしても作っておきたいのだ. そのための定義である.
定義ばかりで退屈だったろうが, 次回はもう少し性質に踏み込もう.
title¶
閉部分空間
desc¶
部分空間を定義した. 線型代数と同じなので特に注意することはないが, 部分集合と部分空間の区別がついていない方はこの機会にきちんと定義を確認してほしい. 位相に関して議論を始めている.
keywords¶
subspace,topology,Hilbert space
量子力学の数学 8:閉包と直交補空間¶
main¶
元にしている書物は「量子力学の数学的構造」 http://www.amazon.co.jp/dp/4254136773 だ. 例や証明は直接こちらをあたってほしい. ここではなるべく本に書いていない話, 関連する話, アドバンストな話にフォーカスして議論するつもりだ.
今回は閉包の性質について考えよう. 慣れてしまえば当たり前だし, 定義からの直接に帰結という意味でも当たり前だが, だからこそきっちりおさえておかないとあとで困る. 進んでいくと本当にさらりと流していくので気を付けてほしい.
まずは自明な関係式 [ \mathcal{D} \subset \bar{\mathcal{D}} ] はいいだろうか. 説明は本の p33 に書いてあるのでそれを見てほしい. 証明は 1 行で終わる. あと [ \mathcal{D}_1 \subset \mathcal{D}_2 \rightarrow \bar{\mathcal{D}_1} \subset \bar{\mathcal{D}_2} ] も明らか.
次も当たり前だが大事な命題なのできちんと証明を付けてほしい.
命題 1.11 $\mathcal{H}$ の任意の部分集合 $\mathcal{D}$ に対して, その閉包は閉集合になる.
少しずつ本題の正射影定理に近づいてきている. ここで直交補空間を定義しよう. 直交の定義を思い出してほしい. 普通の線型代数と同じで内積 0 で定義していた.
定義 ヒルベルト空間 $\mathcal{H}$ の部分「集合」 $\mathcal{D}$ を取る. $\mathcal{D}$ の全てのベクトルと直交する $\mathcal{H}$ の元全体を $\mathcal{D}$ の直交補空間といい, $\mathcal{D}^{\perp}$ と書く.
ここで $\mathcal{D}^{\perp}$ は閉部分「空間」であることに注意してほしい. $\mathcal{D}$ 自体が部分空間でなくても成り立つ.
またこれも定義からすぐに分かるが, 次の関係が成り立つ: [ \mathcal{D}_1 \subset \mathcal{D}_2 \rightarrow \mathcal{D}_2^{\perp} \subset \mathcal{D}_1^{\perp}. ]
最後に次の補題を見ておこう.
補題 1.12 $\mathcal{H}$ の任意の部分集合 $\mathcal{D}$ に対して $\bar{\mathcal{D}}^{\perp} = \mathcal{D}^{\perp}$ が成り立つ.
少しテクニカルな補題なので, なかなか重要性が掴みづらいかもしれない. 証明をやっているとこの手の話題はよく出てくる. やはり手を動かして証明を追っていき, たくさん使ってみないと分からないと思う.
次はメインの正射影定理に入る.
title¶
閉包と直交補空間
desc¶
閉包は純粋に位相的な概念だが, 直交補空間は内積を使っているとはいえ, どちらかといえば代数的な性質だ. この 2 つをリンクさせることで少しずつ内積がある位相線型空間としてのヒルベルト空間論ができあがっていく.
keywords¶
closure,orthodonal complement
量子力学の数学 9:正射影定理¶
main¶
元にしている書物は「量子力学の数学的構造」 http://www.amazon.co.jp/dp/4254136773 だ. 例や証明は直接こちらをあたってほしい. ここではなるべく本に書いていない話, 関連する話, アドバンストな話にフォーカスして議論するつもりだ.
まずは定義から入る.
定義 $\mathcal{H}$ の部分集合 $\mathcal{D}$ とベクトル $\Psi \in \mathcal{H}$ の距離を次式で定義する: [ d (\Psi, \mathcal{D}) := \inf { \Vert \Psi - \Phi \Vert | \Phi \in \mathcal{D} }. ]
イメージについては P33 の図 1.2 を見てほしい. 部分集合とベクトルの距離だが, その集合と一番近い点を選んでそことの距離を計るという定義になっている. 極端な状況を考えることでこの定義の意味は分かるだろう.
まずは集合と言わず $\mathcal{D}$ が 1 点だったとしよう. この時は単純な距離だ. 今度は $\mathcal{D}$ が 2 点だったとする. このときはこの 2 点のうちの近い方との距離を取る. 色々な見方があるだろうがエルデシュ数のようなものを考えてみてほしい. 例えばこんな感じだ: ある研究グループがあったとしよう. そのメンバー全員からの「エルデシュ数」を考える. つまりそのグループの誰かと共著論文を書いたことがあれば「距離 1 」だ. そのグループの誰かと共著論文を書いたことがある人と共著論文を書いたことがあれば (ややこしい) 「距離 2 」だ. これで一番小さい数を取って来るというのが上記定義である. この説明の方が分かりづらいかもしれないが, それはそれとする. ネットワークの理論で犯罪者グループとの「距離」のようなことを考えてもいい.
定理 1.13 $\mathcal{M}$ をヒルベルト空間 $\mathcal{H}$ の閉部分空間とする. この時任意の $\Psi \in \mathcal{H}$ に対して次の性質を満たす $\Psi_{\mathcal{M}} \in \mathcal{H}$ がただ 1 つ存在する. [ \Psi - \Psi_{\mathcal{M}} \in \mathcal{M}^{\perp}.] この $\Psi_{\mathcal{M}}$ をベクトル $\Psi$ の $\mathcal{H}$ への正射影という.
証明は難しくはないが本質的な点がいくつもある. 証明のキモは $\Psi_{\mathcal{M}}$ の近似列を $\mathcal{M}$ の中で作るところだろう. 収束列そのものを作るのは大変なのでコーシー列で我慢する. ここでヒルベルト空間の完備性を使って収束列化させている. こういう所はさらっと流してはいけない.
また $\mathcal{M}$ の閉性をここで使っている. 収束列がまたきちんと $\mathcal{M}$ に入っているためにはどうしても閉性がいる. 最後, 一意性を言うときに直交補空間を使う.
ここから系として次の正射影定理が出る.
定理 1.14 (正射影定理) $\mathcal{M}$ をヒルベルト空間 $\mathcal{H}$ の閉部分空間とする. このとき任意の $\Psi \in \mathcal{H}$ に対して $\Psi_1 \in \mathcal{M}$ と $\Psi_2 \in \mathcal{M}^{\perp}$ があり [ \Psi = \Psi_1 + \Psi_2] と一意に分解できる. さらに [ \Psi_1 = \Psi_{\mathcal{M}}, \quad \Psi_2 = \Psi_{\mathcal{M}^{\perp}}. ]
この分解を $\Psi$ の $\mathcal{M}$ に関する直交分解という. これは次回のグラム-シュミットの直交化で大事になる. 高校以来やっていることを抽象化しただけなのでその意味では大したことは言っていないのだが, 証明は結構大変だ. あと無限次元を射程に入れているので, なめていると真綿で首を絞めるように効いてくるので十分注意してほしい.
title¶
正射影定理
desc¶
正射影定理を議論した. ある種の最短距離を考えていることに対応する. 難しくはないが, 証明にはいくつか本質的に気にかけておくべき部分がある. それだけ注意してほしい.
keywords¶
orthodonal projection,Hilbert space
量子力学の数学 10:グラム-シュミットの直交化¶
main¶
元にしている書物は「量子力学の数学的構造」 http://www.amazon.co.jp/dp/4254136773 だ. 例や証明は直接こちらをあたってほしい. ここではなるべく本に書いていない話, 関連する話, アドバンストな話にフォーカスして議論するつもりだ.
今回は正規直交系に関する話だ. 特にグラム-シュミットの直交化に的を絞る. ${\Phi_n}{n=1}^{N}$ を一次独立なベクトルの集合としよう. ここから正規直交系${\Psi_n}^N$ を作る. ここで両者で $N$ が一致しているのは一次独立性を付けているからだ. 実は一次独立性を取っても問題はないのだが, 記述が面倒になる. それはあとでまた補足する. 説明としては p39 の図で尽きている. 正射影だけを順番に切り出していくのだ. これは有限次元のときと何も変わらない. 良く分からない人は自分で 2-3 次元の場合を図に書きつつ計算をして欲しい.
まずは$\Phi_1$を規格化して$\Psi_1$とする: $\Psi_1 = \Phi_1 / \Vert \Phi_1 \Vert$. 次にこれと直交する方向への $\Phi_2$ の正射影を考え, それを規格化する. 次は $[\mathrm{span} ({ \Psi_1, \Psi_2 })]^{\perp}$ への$\Phi_3$ の正射影を規格化する. ここで部分集合 $\mathcal{D}$ に対して [ \mathrm{span} \, \mathcal{D} := { \sum_{n=1}^N \alpha_n \Phi_n : \alpha_i \in \mathbb{F}, \, \Phi_i \in \mathcal{D}, \, i=1,\dots,N }] としている. $\Psi_n$ を具体的に書くとこうなる. [ \Psi_n = \frac{\Phi_n - \sum_{k=1}^{n-1} \langle \Psi_k , \Phi_n \rangle \Psi_k} { \Vert \Phi_n - \sum_{k=1}^{n-1} \langle \Psi_k , \Phi_n \rangle \Psi_k \Vert}. ]
字面を見ると面倒だが, 先程言った通り 2-3 次元でやっていることを一般化しただけだ. 納得いくまで何度も書いて欲しい. この手続きをグラム-シュミットの直交化という. また生成される部分空間が同じでしかも $N$ 次元になることにも注意する. つまり [ \mathrm{span}({\Psi_n}{n=1}^N) = \mathrm{span}({\Phi_n}^N). ]
ここではじめの話に戻ろう. 上の式は元の ${\Phi_n }$ に一次独立性がなくても成り立つが, 空間の次元が $N$ ではなくなる. これも 2-3 次元で考えるとすぐ分かる. $\mathcal{D} = {\Phi_1, \Phi_2 }$ とし, $\Phi_1 = (1, 0), \, \Phi_2 = (2, 0)$ で直交化してみよう. 内積はもちろん普通の内積だ. すると直交化後は $\Psi_1 = (1,0)$ となって 1 次元分しか残らない. 元々 1 次元分しかない所で次元が増えるわけがないので当たり前だが, 一般化した所で訳も分からずフワフワしたままやっているとこういう部分がすっぽりと抜けてしまいがちになる. 気をつけよう.
むしろこの辺の処理が面倒なので, はじめから一次独立な部分だけ切り出しているのだと思ってほしい. それで十分だからだ.
次は完全正規直交系について考えよう.
title¶
グラム-シュミットの直交化
desc¶
グラム-シュミットの直交化を議論した. 有限次元の線型代数のときと同じなので, 2-3 次元で絵を描きながらやってほしい.
keywords¶
Gram-Schmidt orthogonalization,Hilbert space
量子力学の数学 11:ヒルベルト空間での級数の収束¶
main¶
元にしている書物は「量子力学の数学的構造」 http://www.amazon.co.jp/dp/4254136773 だ. 例や証明は直接こちらをあたってほしい. ここではなるべく本に書いていない話, 関連する話, アドバンストな話にフォーカスして議論するつもりだ.
今回はヒルベルト空間での無限級数の収束を考える.
ヒルベルト空間 $\mathcal{H}$ が有限次元で $\mathrm{dim} \, \mathcal{H}=n$ なら, 正規直交基底を取って [ \Psi = \sum_{j=1}^{n} \langle \Psi_j, \Psi \rangle \Psi_j ] と書ける. この式は正規直交基底による展開式だ. これを無限次元化したい. 上の式を素直に $n \to \infty$ とするのが一番自然だろう: [ \Psi = \sum_{j=1}^{\infty} \langle \Psi_j, \Psi \rangle \Psi_j . ]
問題なのは上の式は形式的に無限級数になってしまっていることだ. 抽象的なヒルベルト空間での無限和, これが何者か想像がつくだろうか. 収束はどう定義すればいいだろうか. 素直に $\varepsilon \mathrm{-} \delta$ でやればいいと思うだろうか. もちろん何らかの形でここに落とす他ないが, 無限次元空間での収束の議論はとても面倒だ. あまりさらっと流してもらっては困る.
前も言ったが, とりあえず良く知っている実数に何らかの形で落とすことを目標にしよう. こうして次の定義に至る.
定義: ヒルベルト空間 $\mathcal{H}$ の点列 ${ \Phi_n }{n=1}^{\infty}$ (正規直交系でなくてもいい) がある $\Phi$ に対して [ \left \Vert \sum \Phi_n - \Phi \right \Vert \to 0 \quad ( N \to \infty )] となるとき, 無限級数 $\sum_{n=1}^{\infty} \Phi_n$ は $\Phi$ に収束するといい, [ \sum_{n=1}^{\infty} \Phi_n = \Phi ] と書く.}^{N
要はノルムをひっかけて, よく知っている実数に叩き落とす形で定義するのだ. 今後も色々なところで陰に陽に実数の完備性 (連続性) などの性質を使っていくし, それを元にした議論をしていく. いちいち実数論を勉強し直す必要はないが, 訳が分からなくなった時はよく知っているところに戻って今何をしているのか確認してほしい.
次は完全正規直交系とその諸性質を考えよう.
title¶
ヒルベルト空間での級数の収束
desc¶
ヒルベルト空間での無限級数を定義した. 無限次元だとどの位相で収束を考えるかが常に問題になる. 今回は特にノルムによる強収束で考えている.
keywords¶
Hilbert space,convergence of series
量子力学の数学 12:完全正規直交系¶
main¶
元にしている書物は「量子力学の数学的構造」 http://www.amazon.co.jp/dp/4254136773 だ. 例や証明は直接こちらをあたってほしい. ここではなるべく本に書いていない話, 関連する話, アドバンストな話にフォーカスして議論するつもりだ.
今回は完全正規直交系とその諸性質を考える. まずは定義から.
定義 1.17 ${\Psi_n}{n=1}^{\infty}$ をヒルベルト空間 $\mathcal{H}$ の正規直交系とする. 全ての $\Psi \in \mathcal{H}$ に対して [\Psi = \sum \langle \Psi_n , \Psi \rangle \Psi_n] が成り立つとき, 正規直交系 ${\Psi_n}_{n=1}^{\infty}$ は完全であるという. とくに完全正規直交系 (CONS) という.}^{\infty
便宜上, $\mathrm{dim} \, \mathcal{H} = n$ で有限次元のとき, 正規直交基底を完全正規直交系と呼ぶことにしよう.
ここで正規直交基底と完全正規直交系の違いについて考えたい. 正規直交基底というと, あくまでも線型代数の代数としての概念だ. 特に「基底」という言葉が代数的色彩の強い言葉になっている. 直交性が定義出来ている以上, 内積があるのでそこから位相が定義できるが, それでも必ずしも位相的な議論をするわけではないのだ.
例えば対角化の議論をするとき, 直交行列やエルミート行列を定義しようとする時点で既に内積を本質的に使っている. だからと言って位相的な議論はしないだろう. 要するに極限を取ったり激しい不等式評価をしたりはしない.
一方で完全正規直交系というと, 今回のように極限など位相的な議論を全開でやっていくという姿勢が前に出る. 同じような概念なのにわざわざ言葉を変えるのにはこういう意味もある: 違うことをやっている, という意識づけのために使う言葉から切り替えるのだ. あと念のために言っておくと「似て非なる」という言葉がある通り, 似ているとしか言えないということは同じではないということだ. そこにも注意してほしい.
あと, 物理だと時々「正規直交基底」というべき (言った方がいい?) ところを「完全系」といったりする. (正規直交はよく落とす印象がある). 例えば, 学部一年の力学でこういう言葉を聞いたことがある. 上では「便宜上」と付けたが, 数学的にも間違った言葉遣いではない. だが大げさな感じはする. 数学の人はかなりきちんと使い分ける. 特に無限次元を扱っている場合は自然と言葉が切り替わる印象だ. こういう所で物理学徒か数学徒か判別してみるのも面白いだろう.
次は CONS の特徴付けをしよう.
定理 1.18 ${\Psi_n}_{n=1}^{\infty}$ をヒルベルト空間 $\mathcal{H}$ の正規直交系とする. この時次の 4 条件は同値になる.
(i) ${\Psi_n}_{n=1}^{\infty}$ は完全である.
(ii) 全ての $\Psi , \Phi \in \mathcal{H}$ に対して [ \langle \Psi, \Phi \rangle = \sum_{n=1}^{\infty} \langle \Psi, \Psi_n \rangle \langle \Psi_n , \Phi \rangle] となる. ここで右辺の級数は絶対収束している.
(iii) (パーセヴァルの等式) 全ての $\Psi \in \mathcal{H}$ に対して [ \Vert \Psi \Vert^2 = \sum_{n=1}{\infty} | \langle \Psi_n , \Psi \rangle |^2 ] が成り立つ.
(iv) 全ての $n$ に対して $\langle \Psi, \Psi_n \rangle = 0$ となる $\Psi$ は 0 に限る. $\blacksquare$
当然全て大事な条件だ. (ii) は物理でもよく使うだろう. 「完全系による展開」だ. 念のため言っておくが, 右辺は複素数としての収束だ. ヒルベルト空間内での収束ではない. 複素数それ自体が 1 次元複素ヒルベルト空間なので言い方がおかしいと言えばおかしいが, 分かってもらえると信じて先の表現を使っておく. さらに言えば, 体は複素数に限っていない (少なくとも実数と複素数は常に想定している) が, 当面のメインは複素数なので複素数と書いている.
(iii) は前やったパーセヴァルの不等式の等式版だ. 一般に「正規直交」なだけだと不等号にしかならない. 前に 3 次元空間内で 2 本のベクトルからなる正規直交系では足りないからだという話をしたが, そこから言えば, 十分たくさんベクトルがあればぴったり等号が成り立つということになる. つまり等号成立条件として完全性が特徴付けられる. 余談だが, 不等式を見たら等号成立条件は常に考えるようにして欲しい. ゼミでは必ず教官に突っ込まれるだろう. 注意されたい.
最後, (iv) だが, これは少し感覚的に掴みづらいというかあまり使ったことがない特徴付けに見えるかもしれない. だがこれも自然な一般化になっている. 何次元でもいいがとりあえず 3 次元として標準基底を取る. このとき $\langle \Psi, \Psi_n \rangle = 0$ は全ての成分が 0 になることを表している. 全ての成分が 0 のベクトルは 0 ベクトルしかないだろう. これだけだ. しかしこの条件は次回の位相的な議論で大事になる. このあたりの位相とも絡んでくるあたりは十分注意してほしい.
title¶
完全正規直交系
desc¶
完全正規直交系 (CONS) を定義した. 正規直交基底のとの違いを説明し, CONS の特徴づけもした. たとえば, パーセヴァルの不等式の等号成立条件としても特徴付けられる.
keywords¶
complete orthonormal system,CONS,Parseval's inequality
量子力学の数学 13:完全正規直交系と位相¶
main¶
元にしている書物は「量子力学の数学的構造」 http://www.amazon.co.jp/dp/4254136773 だ. 例や証明は直接こちらをあたってほしい. ここではなるべく本に書いていない話, 関連する話, アドバンストな話にフォーカスして議論するつもりだ.
今回は位相的な議論をしよう. 基本的な概念を定義する.
定義 部分集合 $\mathcal{D}$ の閉包が $\mathcal{H}$ と一致するとき, $\mathcal{D}$ は稠密であるという.
気分的には「$\mathcal{D}$ の元はたくさんある」という感じをまず持ってほしい. ただ, たくさんあったとしてもそれが一部分にだけ固まっていると全体を覆い尽くすことはできない. だから「$\mathcal{D}$ の元は $\mathcal{H}$ の中に満遍なく広がっている」という感じも必要だ. これが稠密に対して持つべき感覚である. 「密」とついているくらいなので「ぎっちり詰まっている」という感じを抱くかもしれないが, 必ずしも適当ではない. 本当にぎっちり詰まっている場合もあるにはあるが, その感覚がどこまで通じるかは全く自明ではないし, 「スカスカ」に見えても稠密なことがよくある. さらにはその直観が効かない空間も掃いて捨てるほどあるというか大体通じないので, その意味でも初学者はあまり直観を信用しない方がいい.
本では $\ell^2$ 内の例が挙がっているが, 他の例を挙げておこう. $L^2 (\mathbb{R}^d)$ を考える. まずコンパクトな台を持つ連続関数の空間 $C_{c}(\mathbb{R}^d)$ が一番基本的な例だろう. コンパクトな台を持つ無限回微分可能な関数の空間 $C_{c}^{\infty}(\mathbb{R}^d)$ も $L^2$ で稠密だ. $C_{c}^{\infty} \subset C_{c}$ だが, 両方 $L^2$ で稠密になる. こういうこともよくあるので注意してほしい. また急減少関数の空間 $\mathcal{S}(\mathbb{R}^d)$ も $L^2$ で稠密だ. 解析学にとって一番基本的な所なのでこのあたりは証明まで身につけてほしい.
あともっと基本的な例も挙げておこう. 実数 $\mathbb{R}$ の中で, 普通の距離から決まる位相に対して有理数 $\mathbb{Q}$ が稠密になる. これは実数の連続性 (完備性) とも関わる議論になる.
次の命題はよく使う大事な性質だ.
命題 1.19
(i) 部分空間 $\mathcal{D}$ が稠密であるための必要十分条件は $\mathcal{D}^{\perp} = {0}$ である.
(ii) 部分空間 $\mathcal{D}$ が稠密だとする. $\Psi_1, \, \Psi_2 \in \mathcal{H}$ が全ての $\mathcal{H}$ の元に対して $\langle \Psi, \Psi_1 \rangle = \langle \Psi, \Psi_2 \rangle$ ならば $\Psi_1=\Psi_2$ である.
(i) の気持ちは, $\mathcal{D}$ の元は満遍なく散らばっていて十分たくさんあるので, 全部の元と直交するベクトルは 0 以外あり得ないということだ. 完全正規直交系の場合, もっと強く有限次元で正規直交基底の場合の説明がここでオーバーラップする.
(ii) は $\Psi_1 - \Psi_2$ が直交補空間に入るので (i) に帰着する事で分かる.
また, これから次の命題が出る.
命題 1.20 ヒルベルト空間 $\mathcal{H}$ の正規直交系 $\mathcal{D} = {\Psi_n}_{n=1}^{\infty}$ が完全であるための必要十分条件は $\mathrm{span} \, \mathcal{D}$ が稠密になることである.
これで完全性の位相的な特徴付けができた. どちらかと言えば代数的な, 前回の議論でも「十分たくさんベクトルがある」という説明をした. 位相的にも十分たくさんないと完全にはなれないことが分かったのだ.
このあと本ではフーリエ級数の話が書いてある. これはきちんと読んで欲しい. p46 の最後に「収束の位相を変えることでより広いクラスの関数に対してフーリエ級数展開できるようになった」とさらりと書いてあるが, これは決定的に大事な観点なのでここだけは特別に強調しておきたい. 量子力学的に身近な例では, 正に超関数がいい例だ. $L^2$ 収束性 (弱収束含む) では $\delta$-関数近似列の収束がまるで議論できない. そこで位相を弱めて何とか収束させようというのが超関数論である. 超関数の空間はこの位相と上手く合うような大きい空間として持ってきたと思ってほしい. 時々話題にしているが, 場の量子論だと表現論 (という数学がある) と絡めてさらに過激な問題になる. 今の段階では議論できたものではないが, 現在の研究の最先端なので意識はしておいてほしい.
title¶
完全正規直交系と位相
desc¶
今回は位相的な議論をした. 稠密性は今後も何度となく出てくる大事な概念になる. 位相的な話と代数的な話が交錯してくるので少しずつ難しくなってくるし, 有限次元の線型代数では触れない部分にも足を伸ばしつつあることに注意したい.
keywords¶
dense,closure,the set of continuous functions,orthodonal complement,orthonormal system,complete,Fourier series
量子力学の数学 14:CONS の存在¶
main¶
元にしている書物は「量子力学の数学的構造」 http://www.amazon.co.jp/dp/4254136773 だ. 例や証明は直接こちらをあたってほしい. ここではなるべく本に書いていない話, 関連する話, アドバンストな話にフォーカスして議論するつもりだ.
今回は可分性と CONS の存在について考えよう. どんなヒルベルト空間にも CONS があるだろうか. ちなみに, 一般の線型空間のレベルで基底の存在と選択公理が同値になるので http://data.lullar.com/ ベクトル空間, 適当に考えていると顎を砕かれんばかりのクロスカウンターで轟沈する. 量子力学, 場の量子論, 量子統計力学への応用上, 十分に実用的な基準があるのでそれを紹介する. まずは概念武装から.
定義 ヒルベルト空間 $\mathcal{H}$ の部分集合 $\mathcal{D}$ が高々可算だとする. $\mathrm{span} \, \mathcal{D}$ が稠密なとき, $\mathcal{H}$ は可分であると言う.
何故可分という名前なのかはよく知らない. 上では物理への応用上という言い方にしたが, 大半の解析学はこれで用を足せる. もちろん, $L^{\infty}$ が可分でなかったり, 場の量子論・量子統計力学で出てくる $C^*$-環 で可分でないものがあるので本当に可分な所だけ考えていればいいという訳ではない. むしろ, 現状, 可分でない対象はほとんど制御が効かなくて調べようがないのだと思ってほしい. 例えば, 作用素環をやるとき, 大概基礎となるヒルベルト空間には可分性を仮定する. その上の作用素環の可分性まで期待しない. 作用素環だと入れる位相によって同じ集合でも可分になったりならなかったりもする.
横道にそれているのでそろそろ元に戻る.
定理 1.22 可分なヒルベルト空間は CONS を持つ.
主定理はこれだ.
定理 1.23 任意の開集合 $\Omega \subset \mathbb{R}^d$ に対して $L^2 (\Omega)$ は可分である. 特に CONS を持つ.
本の証明ではワイエルシュトラスの多項式近似定理を使っている. これがまた味わい深い定理なのでぜひとも証明まで勉強してほしい. 例えば確率論を使った証明は「マルチンゲールによる確率論」 http://www.amazon.co.jp/dp/4563008850 に書いてある. 熱核を使った証明は「ルベーグ積分入門」 http://www.amazon.co.jp/dp/4785313048/ にある. またストーン・ワイエルシュトラスの定理という抽象版がある. 具体的には局所コンパクトハウスドルフ空間上の連続関数の空間での稠密な部分集合の特徴付けだ. これも色々な本に載っているが「ヒルベルト空間と線型作用素」 http://www.amazon.co.jp/dp/479520103X/ がいいだろう. 付録に書いてあるのだが, この付録が異常なくらいに充実している. これ自体とてもいい本で, 前半部は「量子力学の数学的構造 I 」とほぼ重なる. 関数解析を全面に出していてスペクトル定理の証明を採用していて, 関数解析の妙味が味わえる.
関数環を使った証明は「 Functional Analysis 」 http://www.amazon.co.jp/dp/3540586547/ にある. この本は世界的に有名だ. Hille-Yosida の吉田耕作先生の本だ. 私は学部 2 年の頃憧れて無駄に買ってみたが, 難しくて挫折したままほとんど読んでいない. 作用素環を使った証明は例えば「 Fundamentals of the Theory of Operator Algebras 」 http://www.amazon.co.jp/dp/0821808192/ に書いてある.
色々書いたが, 結局のところ, これだけ色々な方法でたくさん証明を付けたくなるほどの定理なのだ. 私が知っているだけでこのくらいあるのだから, 実際にはまだ他の証明法もあるだろう. ワイエルシュトラスの偉大さを感じる瞬間でもある.
title¶
CONS の存在
desc¶
CONS の存在について考えた. 可分な空間ではきちんと存在が言える. 物理で出てくるヒルベルト空間は普通可分なので安心できる結果だ. 本での証明に使っているワイエルシュトラスの多項式近似定理は大事な定理なので少し突っ込んだ解説をした.
keywords¶
complete orthonormal system,separable,Weierstrass,polynomial approximation theorem
量子力学の数学 15:有界作用素¶
main¶
元にしている書物は「量子力学の数学的構造」 http://www.amazon.co.jp/dp/4254136773 だ. 例や証明は直接こちらをあたってほしい. ここではなるべく本に書いていない話, 関連する話, アドバンストな話にフォーカスして議論するつもりだ.
今回から線型作用素の節に入る. 本では「線形演算子」となっているが, ここでは線型作用素と呼ぶことにする. 基本的に無限次元のヒルベルト空間を射程圏内にしているので, とりあえずは無限次元の行列という所から認識を組み立ててほしい.
行列のようには見えないかもしれないが線型作用素の例として大事なのは微分作用素である. 詳しくは本を見てほしい. あと積分作用素も線型作用素になる. これも本に書いてあるが, 掛け算作用素もとても大事だ. いわゆる座標 $x_i$ による掛け算を作用素と思おう, というのが基本. また, 偏微分作用素 $-i \partial_j$ をフーリエ変換すると波数による掛け算作用素 $k_j$ になる. 作用素のフーリエ変換とは何か全く説明していないが, 物理の人が「ああ, あれか」と思うであろうあれのことだ. あとできちんと出てくるので正確な扱いは II 巻を読んで欲しい.
基本的な所は本に書いてあるのでそれは読者に任せるとして, p52 の定義域に関する注意だけ補足しておこう. 線型作用素の定義域は基礎となるヒルベルト空間 $\mathcal{H}$ 全体になるとは限らない. 簡単な例は $L^2 (\mathbb{R}^d)$ で偏微分作用素 $\partial_j$ を考えればすぐ作れる. $L^2$ の元は積分できればいいので連続性すらないのが普通だ. まして微分ができることなど全く期待できない, というのが数学サイドからの言い分である. ちなみに定義域を適当に絞り込めばヒルベルト空間全体にできることはある. 例えば上記偏微分作用素なら, ソボレフ空間 $H^1 (\mathbb{R}^d)$ をとればこれ全体を定義域にできる. このくらい簡単な作用素なら定義域全体を綺麗に書き表せるが, 当然一般にはこんなにきれいに書けない.
もう少し物理方面から定義域問題を考えよう. これはハミルトニアンを持ち出すのが一番いい. 念のため書いておくが, 量子力学の物理についてある程度学んだことがある人を対象とした説明になる. 量子力学の原理として, 確率解釈のためにまずは対象を 2 乗可積分な関数だけにした. ただ, この関数全てが大事なわけではない. 普通まずハミルトニアンを適切に設定して, それがつくるダイナミクスに対する基底状態や平衡状態を考える. ここでハミルトニアン (の固有値) はエネルギーとしての意味を持つ. エネルギー無限大に対応する状態は物理的に言って考える必要がない. これを数学的に表現したのが定義域になる. 考える意味のある状態とは何か, それを切り出したのが定義域だ. 熱力学的極限など無限体積の系だと直接的にはあまり出てこないが, 有限系を考えるときは境界条件の設定も大事になる. 境界条件に応じて定義域も変わりうる. 当然, 境界条件も物理的な条件だ. こうしてここでも定義域の問題が出てくる. ハミルトニアンの「エルミート性」 (正確には自己共役性) という数学上の問題も出てくる.
title¶
有界作用素
desc¶
今回から作用素の話に入る. とりあえず行列と思っておけば問題ない. 線型作用素の例としては微分作用素や積分作用素がある. 悪名高き定義域問題にも注意した.
keywords¶
linear operators,differential operators,Hamiltonian,domain problem,selfadjointness problem
量子力学の数学 16:有界作用素 2¶
main¶
元にしている書物は「量子力学の数学的構造」 http://www.amazon.co.jp/dp/4254136773 だ. 例や証明は直接こちらをあたってほしい. ここではなるべく本に書いていない話, 関連する話, アドバンストな話にフォーカスして議論するつもりだ.
ところで, なかなか物理の議論に入らないことに業を煮やしている方がいるかもしれない. しばらくどころでは済まない程長い数学的な準備をした上でようやく「物理に必要な数学の準備」が整う, くらいの感じなので物理にはまだ遥か遠い距離がある. 私の経験から言えば, 学部 1 年で集合・位相の基礎を学んでおいて 3 年くらいからルベーグ積分・関数解析の準備をし, 学部 4 年でこの本その他で作用素論・作用素環論の準備をし, 修士 1 年の前期でもう少し詳しい部分を議論した末にようやく物理に入れる程度だ. その「物理」も正直かなり情けないレベルである.
具体的に修士で研究していた物理の問題は学部 3-4 レベル程度で, しかも理論物理としてはかなり良く分かっている問題を数学的にきちんと論じることしかできないという体たらくである. これを「物理」と呼んでいいものか今でもまだ分からない. 最先端の物理のはるか手前の問題ですら数学的には手に負えないことばかりなのでどうしようもないといえばそれまでだが, 情けないとは思っている. どれだけ数学を一所懸命やったところでどこまで「物理」につながるか分からない, それでも数学的にきちんとやることに「物理として意味がある」と信じる者のみが進む修羅の道である. そのつもりで気長に構えていて欲しい.
今回は有界作用素の話をしよう. まずは定義から.
定義 $A$ をヒルベルト空間 $\mathcal{H}$ から ヒルベルト空間 $\mathcal{K}$ への線型作用素とする. このとき定数 $C >0$ が存在して [ \Vert A \Psi \Vert \leq C \Vert \Psi \Vert, \quad \forall \Psi \in \mathrm{dom} \, A ] が成立するとき $A$ は有界であるという. 有界でない線型作用素を非有界作用素という.
有界作用素よりも非有界作用素の方がなじみ深いだろう. 一般にハミルトニアンはほぼ例外なく非有界だ. スペクトル (大雑把には固有値のこと. あとで正確に定義する) で大体分かる. いくらでも大きなエネルギーが取れる感じである. 相対論の領域まで考えるなら紫外発散が起きるようなら基本非有界だと思ってほしい.
念のため有界なハミルトニアンを挙げておこう. 統計力学でイジングなど格子模型があるが, 有界な格子に対するハミルトニアンは例外なく有界作用素になる. トレースが取れる理由もここにある. 非有界格子模型になると一般にトレースは取れない. つまり常識的な意味での平衡状態は存在しない. この数学的な間隙を突くのが作用素環における冨田-竹崎理論である. 今ここで議論出来るようなレベルではないが, 冨田-竹崎は非相対論的な量子統計だけでなく, 相対論的場の量子論でも基本的な役割を果たす. 言葉の詳細は何 1 つ説明しないが, 適切な仮定の上で相対論的場の量子論における真空状態が全ての局所フォン・ノイマン環に対する cyclic and separating vector になる. cyclic and separating vector があればここから冨田-竹崎理論が有無を言わさず発動する. 量子統計としても平衡状態の定義そのものに深く関わっている以上, 基本的な意義がある. 興味のある方は Bratteli-Robinson http://folk.uio.no/bratteli/ にあたって欲しい. 学部 4 年の解析系の数学徒と真っ正面から解析学で殴り合えるレベルの数学力があれば読める. 作用素環の基礎から冨田-竹崎への最短コースを歩みたいならこの本がベストだ. 実際この分野のバイブルである.
今回は与太話が多くなったのでここで終わろう. 次は有界作用素のノルムや物理的に大事な例に触れる予定だ.
title¶
有界作用素 2
desc¶
「物理」をするのに必要な数学は膨大で気が遠くなるので気迫が必要だ. それはそれとして, 今回は有界作用素を定義した. 物理で大事なのはむしろ非有界作用素だが, 有界作用素が全く無意味ということもない.
keywords¶
bounded operators,unbounded operators,Hamiltonian,equilibrium state,Tomita-Takesaki theory
量子力学の数学 17:作用素ノルム, コンパクト作用素¶
main¶
元にしている書物は「量子力学の数学的構造」 http://www.amazon.co.jp/dp/4254136773 だ. 例や証明は直接こちらをあたってほしい. ここではなるべく本に書いていない話, 関連する話, アドバンストな話にフォーカスして議論するつもりだ.
まずは有界作用素にノルムを定義しておこう.
定義 $A$ をヒルベルト空間 $\mathcal{H}$ から $\mathcal{K}$ への有界線型作用素とする. このとき [\Vert A \Vert := \sup_{\Psi \neq 0, \Psi \in \mathrm{dom} \, A} \frac{\Vert A \Psi\Vert}{\Vert \Psi \Vert}] を $A$ のノルムという.
このノルムで有界線型作用素全体が作る空間 $\mathbb{B} (\mathcal{H}, \mathcal{K})$ はバナッハ空間になる. 興味のある向きは自ら証明されたい. このノルムからヒルベルト空間にはできない. だが, 少なくともヒルベルト空間にできる部分空間は存在する. (ただしノルムの取り方を変える必要がある). 作用素の空間自身もヒルベルト空間にできるのは応用上も大事だ. 色々な点から見て本の例 1.31, 1.32 は両方とも大事なのだが, ここでは違うノルムを入れることでヒルベルト空間になる部分空間という所から見てみよう.
ヒルベルト-シュミットクラスの例として積分核から作る作用素が取り上げられている. まずはヒルベルト-シュミット内積を定義しておこう.
定義 $\langle A, B \rangle := \mathrm{Tr} \, [A^* B]$ として作用素の空間に 2 変数の写像を定義する. 特に $\langle A, A \rangle$ が有限の値になる作用素をヒルベルト-シュミット作用素という. ここで $\mathrm{Tr}$ はトレース作用素である.
上記 2 変数写像は内積になる. さらにヒルベルト-シュミット作用素全体が作る空間はヒルベルト空間になる. これは量子統計で大事だ. 詳しくは「量子統計力学の数理」 http://www.amazon.co.jp/dp/4320018656 を参考にして欲しい. また, もっと身近で重要性が分かりやすそうな例として, トレースそのものが有現な値を取る作用素がある. これをトレースクラスの作用素という. これらはいわゆる「密度行列」だ. こういえば量子統計での重要性はすぐ分かってもらえるだろう. また, 有限階の作用素はこれらの空間内で各ノルムに対して稠密な集合になっている.
ただここで一点問題がある. これら, 特にトレースクラスの作用素は「コンパクト作用素」でなければならない. ここで詳しい定義はしないが, 非常に制限の厳しい作用素なので, ほぼ例外なく物理で出てくる作用素はこのクラスにはいらない. はっきり言えば物理的に意味のある作用素だと, 大体トレースが発散する. 正確には $\mathrm{Tr} \, e^{ - \beta H}$ が発散する. こうなると平衡状態が定義できない. ここで出てくるのが前回紹介した冨田-竹崎理論になる.
こういうと物理的に言ってどこが大事なのか分からなくなるかもしれない. 確かに制限が強すぎるので直接使うのはなかなか厳しい. (超対称性理論の数学だともう少し色々使えるらしいが詳しくない). ただ, 物理的にも意味のあるところへのつなぎとして慣れるためには十分使える. 簡単だから色々なことがクリアに見える. 詳細はやはり「量子統計力学の数理」を読んで欲しい.
数学としては非可換幾何との絡みは強調してもいいかもしれない. ヒルベルト-シュミットクラスに代表されるシャッテン-$p$ クラス $\mathcal{C}^p$ は非可換 $\ell^p$ 空間と呼ばれる. 時々素粒子方面で非可換幾何というのが出てくることがあるようだが, その基礎となる数学とそれなりに関係がある. シャッテン-$p$ に興味がある方は「ヒルベルト空間と線型作用素」 http://www.amazon.co.jp/dp/479520103X の 4 章を読んで欲しい. トレースクラスやヒルベルト-シュミットクラスについても詳しく論じられている.
非可換幾何自体は Connes のホームページに本が置いてある http://www.alainconnes.org/en/downloads.php. 非可換幾何の提唱者でこれに関してフィールズ賞をもらった当人が書いている. 無料で落とせるので興味がある向きはアタックしてほしい. ただ, 解析だけでなく葉層構造など幾何の話もある程度分かっていないと初めから何一つ理解できない. 実際私はほとんど分からない. この本は色々な話題を紹介しているだけであまり詳しい議論・証明は書いていないようだ. それぞれを適宜正確に追えるレベルのパワーがないと読めないだろうから注意されたい.
title¶
作用素ノルム, コンパクト作用素
desc¶
有界作用素のノルムを定義した. 特に有界線型作用素全体が作る空間はバナッハ空間になる. ヒルベルト空間になる部分空間もあるが, その場合はノルムの入れ方が変わることには注意してほしい.
keywords¶
bounded operators,Hilbert-Schmidt class,trace class,noncommutative geometry
量子力学の数学 18:有界作用素に関する話題¶
main¶
元にしている書物は「量子力学の数学的構造」 http://www.amazon.co.jp/dp/4254136773 だ. 例や証明は直接こちらをあたってほしい. ここではなるべく本に書いていない話, 関連する話, アドバンストな話にフォーカスして議論するつもりだ.
前回有界作用素について論じたが, この重要性が今ひとつ伝えられていない気がしたのでそこを補足する. 今回は説明なしで言葉を色々使うが, こんな大事なキーワードがあるのだな, と思って適当に読みとばしてほしい. 修士レベルではあるが確実に (極めてマイナーな分野の) 研究レベルに足を突っ込んでいるので, 数学・物理の両面から分かる人間は世界中を探してもそうはいない. 分からないと思って悲観することはないので安心してほしい.
まずある程度は有界作用素に叩き落として議論出来ることを説明しよう. 量子力学的にはエルミート行列 (無限次元版は自己共役作用素) は大体実数だと思える. 固有値 (スペクトル) は全部実数だ. これを指数の方に乗せる: つまり $e^{itH}$ を考える. そうするとこれはユニタリ行列になる. スペクトルは円周上に分布する.
正確な議論には I 巻の主な目的, スペクトル理論などが必要だが, とりあえずはテイラー展開で行列の指数関数を定義していると思ってほしい. 行列レベルならこれで本当に問題ない. 収束が気になる方はノルム位相で収束していることを注意しておく.
ここでポイントはハミルトニアンなど物理的に大事な作用素は大概非有界だが, 指数の肩に乗せることで有界作用素にできる. スペクトル分解 (要は対角化: 「線型代数入門」 http://www.amazon.co.jp/dp/4130620010 の 5 章には有限次元版が書いてある) から考えれば, ハミルトニアンから作られるスペクトル測度 (射影作用素になる) を考えてもいい. こうすると数学的には非有界作用素が持つ情報の多くは有界作用素に吸い出せる.
前にも少し書いたが, 非有界作用素は定義域など考えないといけないことが多く数学的にひどく鬱陶しい. その数学的な面倒を少しでも減らそうとして有界作用素, 特に有界作用素の集合を考えることで非有界作用素の煩雑さを避けようとする動きが 1960 代頃に出てきていた. その流れは作用素環による荒木-Haag-Kastler の代数的場の量子論の定式化として今でも研究が続いている.
もちろん非有界作用素で考えるべきを有界作用素 (の集合) に叩き落としているので, それだけでは困ることはある. 例えば「量子現象の数理」 http://www.amazon.co.jp/dp/425413682X/ の 3 章で論じられている表現論関係の問題だ. 「 Stone-von Neumann の一意化定理のおかげで量子力学では波動力学と行列力学は同値になるからどちらを使ってもいい」とよく言われる. これは非有界作用素を指数関数に乗せて有界な所に落としたうえで定式化された定理だ. こういう所でも実際に裏では有界作用素の理論が本質的に使われている.
本ではそのあと, アハラノフ-ボーム効果の解析で量子力学レベルでも問題が起きる場合があることが議論されている. アハラノフ-ボーム効果という現象が変なのであって, その他で上手く行くならとりあえずいいではないか, と思う向きがあるかもしれない. だがそうは問屋がおろさない. アハラノフ-ボームは, ベクトルポテンシャルが物理的に影響を持つことを実験的に確認した決定的な結果である. 古典電磁気学では電磁場こそが物理的実態であり, ポテンシャルは数学的な補助にすぎないと思われていた. しかし, ゲージ場の量子論 (素粒子の基礎理論でもある) ではこのポテンシャルがとても大事な役割を果たしている. (与太話だがゲージ理論は数学にも非常に強い影響を与えている). ベクトルポテンシャルの重要性はもはや疑いないのだが, それを量子力学のレベルで実験的に検証した決定的な現象がアハラノフ-ボームなのだ. そこで問題が起きているということは物理的にも極めて重要な結果である.
私が知る限りではアハラノフ-ボームの数学的な解析はまだまだ発展途上にある. 本に書いてあるが 2 次元だと複素解析や量子群とも絡んで非常に綺麗な理論ができるようだ. 研究もたくさんあるので興味のある向きはチャレンジしてほしい. きちんと文献を調べ尽くしたわけではないが, 物理的な 3 次元での議論は 2 次元に比べてあまり見られなかった. 2 次元だと複素解析, 有理型関数論でかなり上手く書けるが, 3 次元ではそれが使えないのも一因だと見ている. 3 次元だとそれこそアハラノフ-ボームを実験的に検証した日立基研の外村さんの結果を再現するという大目標があるので, 力がある方はぜひ取り組んでほしい. 非単連結空間上の量子力学ということで, 作用素論, スペクトル理論, 幾何学にまたがる研究対象として数学的な重要性もあるらしい.
ここまでは量子力学を中心とした話題だったが, 場の量子論的には表現論からの別の展開がある. 上にも書いた Stone-von Neumann の一意化定理は場の理論では使えない. 使えない物理的な理由まできちんとあって, それは悪名高き「発散の困難」である. このとき, 作用素論で非有界作用素を引きずるよりも有界作用素, 正確には有界線型作用素環の議論に持ちこんで発散の困難を数学的に回避する手法がある. これは非有界作用素を直接扱うより記述が遥かにすっきりすること, 少なくともそういう例があることが分かっていて, 個人的には注目し, 研究している.
有界作用素というより, 大事なのは有界線型作用素が作る集合 (環) なのだが, 有界線型作用素も大事だと思ってきちんと取り組んでほしい.
title¶
有界作用素に関する話題
desc¶
有界作用素の重要性がうまく伝わっていない気がしたので補足の記事を書いた. 非有界作用素を指数関数化したりレゾルベントを取ることで有界化できる. 個々からさらに適当な有界線型作用素全体を考える手法が確立していて, 代数的場の量子論につながる. もちろんこれにも問題はあって, たとえばアハラノフ-ボーム現象などの面白い現象もある.
keywords¶
bounded operators,exponential,resolvent,algebraic quantum field theory
量子力学の数学 19:線型有界作用素の連続性¶
main¶
元にしている書物は「量子力学の数学的構造」 http://www.amazon.co.jp/dp/4254136773 だ. 例や証明は直接こちらをあたってほしい. ここではなるべく本に書いていない話, 関連する話, アドバンストな話にフォーカスして議論するつもりだ.
線型作用素関連の続きをやろう. 例 1.33 の掛け算作用素はとても重要だ. 議論の仕方も大事なので証明まできちんと追い掛けてほしい. 例 1.34 では例 1.33 の具体例を挙げている. これもきちんとフォローしてほしい. 量子力学で実際に出てくる例だからだ.
ここでまた有界作用素の議論に戻る. これも基本として押さえてほしい.
命題 1.29 $A$ が有界線型だとする. $\Psi_n , \, \Psi \in \mathrm{dom} \, A$ で $\Psi_n \to \Psi$ のとき, [ \lim_{n\to\infty} A \Psi_n = A \Psi] となる.
これは有界作用素の連続性と呼ばれる. はっきり書くとこうなるからだ: [ \lim_{n\to\infty} A \Psi_n = A \lim_{n\to\infty} \Psi_n. ] 一般に連続関数は次式で定義されることを思い出してほしい. [ \lim_{n\to\infty} f (x_n) = f ( \lim_{n\to\infty} x_n). ] 正に同じ式を満たしている.
定理 1.30 $\mathcal{H}, \, \mathcal{K}$ が有限次元のヒルベルト空間だとする. このときすべての線型作用素は有界になる.
これは非有界作用素が無限次元ヒルベルト空間のときにしか意味がないことを表している. ここから量子力学ではどう考えても無限次元空間を考えなければいけないことが分かる. 例えば例 1.34 で論じられている掛け算作用素だ. これは粒子の位置に対応する作用素である. 考えている領域が非有界 (かなり多くの場合で全空間を取る近似は十分な精度で適切だ) の場合, $x_j$ はどこまでも遠くに行けるので非有界作用素になる. これを表現できる空間は無限次元でしかあり得ないということだ. 他にも, 例えば $x, \, p$ が正準交換関係 $[x, p]=i$ を満たすとする. このとき $x$ か $p$ のどちらかは必ず非有界にならなければいけないことが証明される. (これは II 巻で示される). 有界領域を考えていてもこうなることに注意してほしい. 作用素 $x$ は粒子の動ける範囲だから有界作用素になるが, 運動量 $p$ の方が非有界になる. これは箱に押し込めて境界条件を適当に取れば, $p$ のスペクトル (固有値) が具体的に計算できる. これが正に非有界になる. 物理的にはいくらでも短い波長の波が立つことに対応する.
title¶
線型有界作用素の連続性
desc¶
有界線型作用素の連続性を議論した. 線型作用素だと有界性と連続性は同値になる. また非有界作用素は無限次元空間上でしか意味を持たないことに注意する.
keywords¶
bounded operator,unbounded operator,continuity of operators
量子力学の数学 20:最近の場の量子論の数理事情¶
先日とあるところで最近の場の理論の数学について簡単な紹介をしたので, その文章をこちらにも転記しておく. 細かい用語の説明は一切しない. 前半は経路積分がどれだけ数学的にきちんと定式化されているか, という話に答えたところから始まっている. そのあとに相対論的場の量子論の数学の現状を, 知っている範囲で説明している.
場の理論の経路積分は非相対論ならば厳密にできる部分はあるが, 物理の実用には全く役に立たないレベルだ. 何とかしようとはしているが, まだ 10 年からそれ以上の時間がかかると見ている. 経路積分について, 新井先生の「量子数理物理学における汎関数積分法」 http://www.amazon.co.jp/dp/4320019326 が付録も充実しているので基礎はこれで学べるが, それだと今の数学的に言える部分の最先端にはかなり遠い. 「 Feynman-Kac-Type Theorems and Gibbs Measures on Path Space: With Applications to Rigorous Quantum Field Theory 」 http://www.amazon.co.jp/dp/3110201488 が一番最近出た本で, 最近の展開もかなり書いてある.
後者で扱われているモデルは主に非相対論的粒子とスカラーボソン場の相互作用系の Nelson モデル (電子-フォノン系も一応含む) と非相対論的 QED (Pauli-Fierz モデル) の 2 つだ. 一部 N 体電子系まで持ちあげられる結果もあるにはあるが, 実際にはあまり精力的に研究されていない. むしろ粒子の方を相対論化する方向に進んでいる印象を受ける. 物性というか私の趣味からすれば, 強磁性などの相転移絡みの話をしたいが, そうなると電子場を考える必要がある. ただ, ほとんど全く手がつけられていない. よく言えばフロンティアではある. 以上は大体 Nelson モデル関係の話だ. QED の方は赤外発散処理と繰り込みも大きなテーマだが, むしろ物質の安定性関連の結果の方が多そうな印象がある. こちらはあまり触れていない (難しくて私の手に負えない) のでよく知らない.
また, 電子系単独なら「 Fermionic Functional Integrals and the Renormalization Group 」 http://www.math.ubc.ca/~feldman/aisen.html に詳しい解析がまとまっているが, 2 次元のフェルミ流体とかその周辺くらいが限界点のようだ. 題名通り繰り込み処理が主題になっていて, これもやはり相転移のような多体系の特性があまり解析されていない印象がある.
もっと言えば, 経路積分に限らず, 多体量子系を数学的に扱い切れる人間自体が世界的に見てもほとんどいない. この分野に参入すればその時点で世界のトップ 10 くらいには入れる. まず一定以上物理と数学をやれる人間自体が少ないが, 実際にこの分野を研究している人間はもっと少ないからだ. この分野に入ることはお勧めしてはいない. ただでさえ数学か物理をやるだけでも大変なのに, 一定以上両方をやらなければいけないとなるとどちらも中途半端になってきっと何者にもなれない. それでもこの分野に入りたい, そして物理を数学的にきちんとやることには重要な意義があると心から信じる修羅だけが進む道である.
また上では非相対論的な部分に触れた. 相対論的な方がどうか, という話だが, これはさらに絶望的にろくな結果がない. 経路積分かどうかではなく, 相対論場の理論そのものが数学的に手に負えていない. 具体的には時空 2-3 次元の $\phi^4$ はいいが, 4 次元だと相互作用理論が存在しない. 私の知る限り, 正確には「散乱が無くなってしまう兆候」が見られる程度で, 本当にきちんとした証明はまだ得られていないようである. また相対論的 QED では摂動級数が発散する「ようだ」, というのが 60 年近く前から言われている (Dyson の指摘), いまだに証明がない. 関連した話もまとまった文献として, Jaffe のスライド http://www.arthurjaffe.com/Assets/pdf/ETH-Juerg.pdf を挙げておこう. 要は相対論的場の理論そのものがほとんど手に負えていない.
相対論的場の量子論については和書で「場の量子論と統計力学」 http://www.amazon.co.jp/dp/453578163X がある. 学生時代読もうと思ってあっさりと挫折した思い出深い書物になっている. 知っている限りのことをまとめておこう. この本では $\phi^4$ を扱っている. 理論の存在証明の基本的な戦略は次の通りだ. 空間を格子化しておいてさらに有界にする. これでイジングに落ちる. (イジングに落とすだけなら空間の格子化だけで十分だが). 面倒な所で相転移・臨界現象の議論が援用できるので上手く使いつつ無限体積・連続極限を取る.
ここで極限処理がひたすらに問題になる. 赤外発散・紫外発散を殺して殺して殺し切る強靭な腕力が要求される. 繰り込みがらみで物理として大問題なので決して逃げるわけにはいかない収束処理だが, とにかく手に負えない. 最近の素粒子系の話とは違って, おそらく純粋な数学徒は参加する理由がない. かと言って物理学徒も最早ほとんど興味ない. 「数学的に厳密な議論の物理への寄与は任意に与えられた正数εより小さい」というジョークがあるくらいだ.
他に知っている面倒な所を出しておこう. それは理論の対称性を示す議論だ. 先程言った通り, 始めに空間を格子化して連続極限として完全な理論を構築する. このとき, 初めに空間を格子化しているから, 極限理論が回転対称性を持つ保証がない. これもきちんと示す必要がある. 「そんなのは当たり前」というなら, 初めから数学的に厳密なとか戯言を言わずに理論物理やっていろという話だ. そんな出来損ないのヘッポコに存在価値はない. ちなみに回転対称性の証明についてはここの講義録 http://web.econ.keio.ac.jp/staff/hattori/nms97.pdf に多少言及がある. $\phi^4$ なら証明があるのは知っているが, どこまで一般化出来るかは完全に未解決だと認識している. $\phi^4$ 程度のおもちゃですら満足に扱えない無力さには我ながら失笑を覚えざるを得ない.
あと知っているのは, 理論の同値性絡みの問題. 経路積分を使うなら, 収束を楽にするため虚時間化する. 実時間に復帰させられるかは決して自明な問題ではない. 証明を読むと嫌という程思い知る.
title¶
最近の場の量子論の数理
desc¶
普段と打って変わって, 最近の場の量子論に関わる話を紹介した. 2012 年時点ではまだほぼ最前線の話題だろう.
keywords¶
quantum field theory,path integral,Nelson model,Pauli-Fierz model,many-body system,infrared divergence
量子力学の数学 21:電子系の数理特論¶
ここで私が知る限りの電子系の数理用の武装を紹介しよう. まずは私が良く知らないためにすぐ話が終わる多体シュレディンガーから始めたい. 色々切り口があるがまずは物質の安定性から入る. 本では Lieb-Seiringer の Stability of Matter http://www.amazon.co.jp/dp/0521191181/ がある. 上掲書いわく, 通常の理論物理ではほとんど論じられない話題のようだ. 量子力学の母体として原子の安定性問題があるのは有名な話だ. これはよく不確定性原理だけで説明されるが, 実際にはこれだけからは示せない.
まだきちんと読んでいないのだが確か Sobolev の不等式周辺が必要だったはずだ. 原則としてこれは水素原子の安定性問題になる. もう 1 つ問題はあって正に多体系の安定性である. ここで決定的な問題がある. 多体ボソン系の基底エネルギーの評価だ. 恐ろしいことに多体ボソン系の基底エネルギーは, 粒子数を $N$ としたとき $N^{7/5}$ に比例する. $N$ よりオーダーが高いのが本質的な部分である. 何が問題かというと $N$ が無限の極限で 1 粒子あたりの基底エネルギーが下に発散する. 物性理論, 特に相転移関連では粒子数無限大の近似を良く使う. この時基底エネルギー (の粒子数平均) が発散していることは, 安定な状態が存在しないことにつながってしまう.
ここで問題なのは, 当然現実の世界では物質は安定に存在している. だから何としてもこの理論的困難は克服しなければならない. ここで電子系の基底エネルギーを計算すると下から $N^{1}$ のオーダーで抑えられる. このおかげで物理系は安定に存在することが (とりあえず) 分かる. Dyson-Lenard 論文または上掲書をきちんと読んでいないので良くないのだが, 確か系にフェルミオンがありさえすれば良かったような覚えがある. ちなみに先程 (とりあえず) と付けたのは, 基底エネルギー (の平均) が抑えられるだけでは基底状態の存在が言える保証がないからだ. 「また数学徒みたいなことをいって」と言われるかもしれないが, 物理的にも洒落にならないことをこれから書こう.
まず単純な電子系で考える. 電子系にはクーロン力 (斥力) が働く. これのせいで電子系が反発しあい全部無限遠に飛んでいってしまうせいで基底状態が存在しない可能性がある. ちなみにアーンショーの定理があったりするので, 荷電粒子系の安定性は自明ではないのはいいだろうか. 電子-フォノン相互作用系を考えよう. このときフォノンのせいで電子間には引力が出る可能性がある. このときクーロンタイプの点電荷近似をしていると, 電子が 1 点に集まってきてしまうことがあり, それで基底状態が存在しない場合がありうる
私は証明をきちんと追っていないが, 実際に数学的にきちんと示せていると聞いている. 点電荷近似が悪い, ハードコアを使えという話もあるが, ハードコア近似の現実性が私にはよく分からない. もっとリアリスティックなポテンシャルを使う方法もあるだろうが, こんな所まで解析しきれる数学的腕っ節と物理を両方兼ね備えていて, しかもここの研究に乗り出そうという人間が現状で世界でも数人しかいないはずなので, 結局未踏の地になっていると認識している.
ちなみに電子-フォノン系だとフォノンの赤外発散が出てくる可能性があるので, これを 切り伏せた上で議論しなければいけない. 大雑把にはこの間言った Nelson モデルの解析になるが, 電子 1-2 体での解析があるのは知っているけれども, 多体でどこまで結果があるのかは知らない. 電子場-フォノン系だと私の知る限り完全に未踏の地である. このとき, フェルミ面近傍での電子-ホール生成・消滅, スピン波の赤外発散なども出てくるはずなのでさらに激しい処理が必要になる. 修羅の道という他ない.
考えてみれば, 電子-フォノン-フォトン系の解析は見たことがない. Abrikosov の本にも書いてあるくらい基本的な系のはずだが. こんな基本的な所で基底状態の存在すらまともに議論できていない程度に数理物理は非力である.
あと有限温度 (一応極低温を仮定) の場合の平衡状態にすると, さらに BEC が出てくるはずなのでもうどうしたらいいのか分からない. レーザーなどの絡みもあって, 平衡 (基底状態) への回帰問題もあるが, こちらも事実上電子系に厳しい制限がついたところでしか結果がない.
言い忘れていたが, 多分物質の安定性問題はもっと根が深い. 詳しく知らないのだが, クォークの閉じ込め関連は物質の安定性絡みの問題と認識している (違うなら教えてほしい). 物質の安定性はほぼ数理物理の人間だけしかやっていないらしいのだが, 色々困っている.
少しは相転移の議論を紹介しておこう. スピン系はあまり触ったことがないのでハバードの話だ. 先程も言ったが, ハバード-フォノンも電子-フォノン系なので電子間に引力が発生し得る. 適当な文献にあたってほしい. 物理の本になら大体何にでも書いてあるだろう. 引力ハバードは Lieb-Mattis の有名な結果があり, 基底状態がスピンシングレットになる. 当然, 斥力ハバードは適切な条件下で強磁性が出る. 大雑把にいって電子-フォノン系では電子間力の符号で全スピンの振る舞いが決定的に変わる.
http://t.co/obu86YRZ は Freericks-Lieb による結果だ. これは絶対零度なので高エネルギーがフォノンは無視できるとして, フォノンを有限自由度にして量子力学的に扱って引力的な結果を出した論文である. これの場の理論版も示せる. こちらはより強くフォノンの赤外発散があっても基底状態が, 引力ハバードではスピンシングレット, 斥力ハバードでは強磁性が出ることが分かっている. この系で有限温度だと磁性については何も出てこないが, それでも極低温ならフォノンの BEC は出るはずだ. ちなみにこの辺の証明は作用素論, 作用素環を使った解析しかないようなので, 経路積分でどう見えるかをこれから調べていきたいと思っている.
さらに, 物性をやっているので電子系を無限多体系にしたい. これは電子系単独で既に危険な領域に入っている. 繰り込み関連で http://t.co/8lQCU8IM があるのは知っている. これはグラフェンの解析だ. まだ全然読めていないが, 2 次元で繰り込みをやっている. 著者に聞いてみたら, 強磁性が出るときにも使えそうだという感触はあるとのことであった. 興味がある向きは死ぬ気で解析されたい. http://t.co/XU9U1lFv は一応無限体積ハバードで強磁性を示した論文だ. いまだにきちんと読めていないので間違っているかもしれないが, 簡単に内容を紹介する.
単純なハバードではなく軌道が 2 つある系を考えている. 上にある系の電子をスピンごと固定する. その上でスピン相互作用で下の電子のスピンを強制的に揃えさせて強磁性を発現させるというタイプの証明であったと思う. つまり微妙にやらせくさい. ハバードで強磁性が出るのが凶悪なのはスピン系と違って, スピンが揃うという効果をハミルトニアンに入れていないのに基底状態でスピンが揃うからだ. そこを曲げてやっている感じなので色々不満がある.
念のために言っておくと著者の 1 人 Froehlich は数理物理の神々のクラスにいる人間である. このクラスでもそれくらいの結果しか出せていない程度に何も言えていない. Froehlich に無限体積ハバードの強磁性の質問をして教えてもらった論文がある. それは前半は確かにハバードなのだが最後の磁性関連のところでモデルがハイゼンベルグになっていた. どういうことだ, と思ったが, それでもさっぱり分からなくてさめざめと泣いた.
無限体積で有限温度だと, フェルミ面近傍の生成・消滅, スピン波, フォノンの赤外発散を全て斬り伏せた上で強磁性 +BEC の相転移とかなりファンキーな現象が (数学的には) 期待されるので, 殺人的な系である.
私の知る限りにおいてだが, 相転移はこの間の南部さんのノーベル賞関連の業績から本格的な研究が始まったと認識している. 素粒子で相転移が大事になったが素粒子模型で議論するのは難しすぎる. ギリギリ解析できて意味もある模型はどれか, という所からスピン系が選ばれたそうだ. 最近もヒッグスだか何かで話題になったようだが, 自発的対称性の破れも磁性で一番先に詳しく調べられたと聞いている. あとこれもこの間言った $\phi^4$ の解析で難しい部分が相転移と臨界現象の議論に落とせることもあってさらに重要性が増したようだ.
面白いかどうかという意味では, ある程度物理をやった人には自明に面白い系だと思うが, 自分で新たに現象を発見したいというタイプの人には面白くない解析だとは思っている. それこそ幼稚園児でも分かる磁石の解析をしているわけで, ある意味で分かりきったことだから. 「磁石の存在証明を研究しています」とかその辺の人に行ったら頭がおかしい人だと思われかねない, 色々と困った分野なのであった.
あと 1 つ追記しよう. 前, 田崎さんが相転移だとかは (比較的簡単で綺麗で分かりやすい) スピン系でやるのがいいとか何とか言っているのを聞いた覚えがある. 磁石だからある程度直観的でもあるから. だがスピン系だと本質的に相互作用系なので, それがひどく面倒だ. 一方で BEC だとフリーボソンでも出るので簡単なのは簡単だ. 学部 3 年でもできる. 意味が分かるかは別として. ちなみに自発的対称性の破れまできちんと示せる. 興味のある向きは新井先生の「量子統計力学の数理」 http://www.amazon.co.jp/dp/4320018656/ を読んで欲しい. 自発的対称性の破れまできちんと書いてある.
物理としてこのくらいのことを知っていればとりあえず数理物理の研究に入れる. 興味のある方は参考にしてほしい.
title¶
電子系の数理
desc¶
普段と打って変わって電子系の数理についてのかなりアドバンストな話題をいくつか紹介した. 物理の研究としては多少古い部分もあるが, 数理物理の研究としてはいまだ最前線レベルだろう.
keywords¶
mathematics for the systems of electrons,stability of matter,Sobolev inequalities,electron-phonon interacting system,Bose-Einstein condensation
量子力学の数学 22:作用素の拡大¶
main¶
元にしている書物は「量子力学の数学的構造」 http://www.amazon.co.jp/dp/4254136773 だ. 例や証明は直接こちらをあたってほしい. ここではなるべく本に書いていない話, 関連する話, アドバンストな話にフォーカスして議論するつもりだ.
作用素の拡大と有界作用素の拡大定理を論じる. まずは非有界作用素でも使える概念を定義しておく.
定義 $\mathcal{H}, \mathcal{K}$ をヒルベルト空間とする. $\mathcal{H}$ から $\mathcal{K}$ への作用素 $A,B$ が $\mathrm{dom} \, A \subset \mathrm{dom} \, B$ かつ全ての $\Psi \in \mathrm{dom} \, A$ に対して $A \Psi = B \Psi$ が成り立つとき, $B$ は $A$ の拡大あるいは $A$ は $B$ の制限 (縮小) といい, 記号的に $A \subset B$ と書く.
例 1.35 には例として微分作用素が挙がっている. 定義域が違えば別の作用素として扱うことには注意してほしい. あとでまた色々厄介な例が出てくる.
もうひとつ大事な言葉を定義しておく.
定義 $\mathcal{H}$ から $\mathcal{K}$ への作用素 $A$ の定義域が稠密なとき, $A$ は稠密に定義されているという.
定理 1.31 (拡大定理) $A$ が稠密に定義された有界作用素だとする. このとき $\mathcal{H}$ 全体を定義域とする有界作用素 $\tilde{A}$ で $A$ の拡大で作用素ノルムが同じ 作用素がただ一つ存在する.
ここで大事なのは有界性と定義域の稠密性だ. 非有界作用素でも定義域が稠密な作用素はたくさんある. むしろ物理的に大事な自己共役作用素 (いわゆるエルミート作用素) は定義として定義域の稠密性を要求している. 物理で出てくるのは非有界な作用素ばかりだが, これらは普通定義域を全体に拡張できない. 物理的な理由は前に説明した通りだ. そこで上の定理では有界性がポイントとして効いてくる. 実際に証明でも有界作用素の連続性をフルに使っている.
また, 今後は特に断わらない限り有界作用素の定義域はヒルベルト空間全体とする.
title¶
作用素の拡大
desc¶
作用素の拡大を定義した. 非有界作用素の場合は面倒だが, 有界作用素の場合は比較的簡単だ. 特に稠密に定義された有界作用素の場合, 定義域は全体に取れる.
keywords¶
extension of operators,domain problem
量子力学の数学 23:有界線型作用素が作る空間¶
main¶
元にしている書物は「量子力学の数学的構造」 http://www.amazon.co.jp/dp/4254136773 だ. 例や証明は直接こちらをあたってほしい. ここではなるべく本に書いていない話, 関連する話, アドバンストな話にフォーカスして議論するつもりだ.
有界作用素を研究するとき, 有界作用素全体が作る空間を考えるアプローチがある. 今までも作用素環を何度か紹介してきたが, 大体この方向だ. 念の為改めて定義しておこう.
定義 $\mathcal{H}$ から $\mathcal{K}$ への有界作用素の全体を $\mathbb{B} (\mathcal{H}, \mathcal{K})$ と書く.
これはベクトル空間になる. $\mathcal{K}=\mathcal{H}$ のときは環にもなる. 良く使われる位相の定義は 7 つあるが, そのうちノルム位相を定義しておこう. もちろん作用素ノルムでの収束で定義する. 普通の位相空間論だと開集合から位相を定義するが, ここでは収束列から定義している.
定理 1.32 $\mathbb{B}(\mathcal{H}, \mathcal{K})$ はノルム位相で完備である.
時々使う大事な定理, C. Neumann の定理を紹介して終わりにしよう.
定理 1.34 $A \in \mathbb{B}(\mathcal{H})$ で $\Vert A \Vert < 1$ とする. このとき $1 + A$ は全単射で \begin{align} (1 + A)^{-1} = \sum_{n=0}^{\infty}(-1)^n A^n \end{align} が成り立つ.
上記の級数はノイマン級数という. これは複素数で成立する級数展開の作用素版だ. これからも時々, 実数や複素数で成り立つ定理の作用素版が出てくる. ちなみに作用素環で有名な竹崎先生は著書の中で「作用素環は現代の数論である」といっている. 正否や数学者社会での実情はともかく, これは次のような意味だ. 興味がある向きは「作用素環の構造」 http://www.amazon.co.jp/dp/4000053981 を読んでほしい. 量子力学によって作用素は数の代わりとして使われる局面が出てきた. たとえばエルミート (自己共役) 作用素が実数の役割を果たしているといった意味だ. 他にも実際に作用素環を使って数論をやる人も出てきている. このあたりの事情を見て竹崎先生の発言が出ている. 興味がある向きは Connes の論文 http://www.alainconnes.org/en/downloads.php などを読んでほしい.
title¶
有界線型作用素が作る空間
desc¶
量子力学の研究にとっても有界作用素は大事だが, 特に個々の有界作用素ではなく適当な作用素全体を考えるアプローチもある. それについて説明した. 特に C. Neumann の定理について紹介した.
keywords¶
the set of bounded operators,C Neumann's theorem,operator algebra
量子力学の数学 24:有界作用素が作る線型空間に入れる位相¶
main¶
元にしている書物は「量子力学の数学的構造」 http://www.amazon.co.jp/dp/4254136773 だ. 例や証明は直接こちらをあたってほしい. ここではなるべく本に書いていない話, 関連する話, アドバンストな話にフォーカスして議論するつもりだ.
今回は有界作用素の位相を考える. 作用素は全て $\mathcal{H}$ から $\mathcal{K}$ への有界作用素とする. まずはノルム位相での収束を復習しよう.
定義 $A_n$ が $A$ にノルム位相で収束するとは $\Vert A_n - A \Vert \to 0 (n \to \infty)$ が成り立つことを言う.
これは一様収束, 一様位相での収束, 作用素ノルムでの収束などともいう.
定義 $A_n$ が $A$ に強収束するとは, 全ての $\Psi \in \mathcal{H}$ に対して $\Vert A_n \Psi - A \Psi \Vert \to 0 (n \to \infty)$ が成り立つことを言う.
これは強収束という. 前, ヒルベルト空間の強, 弱位相について説明したときと同じように考えてほしい. つまりノルム収束は自分一人でも目的地に辿り着けるしっかりした人だが, 強収束だとベクトルの助けがないといけないのだ.
定義 $A_n$ が $A$ に弱収束するとは, 全ての $\Psi, \Phi \in \mathcal{H}$ に対して $\langle \Phi, (A_n A) \Psi \rangle \to 0 (n \to \infty)$ が成り立つことを言う.
今度は強収束よりさらにひどく, 一度に 2 人のベクトルの力を借りなければ目的地に辿り着かせられない暴れ者である.
すぐ分かるが, ノルム収束するなら強収束し, 強収束するなら弱収束する. 考えているヒルベルト空間が有限次元ならこれらの収束は同値だ. 章末問題にもなっている. 無限次元の場合は当然区別する必要がある. 興味がある向きは演習問題を解いてほしい.
作用素環で他に強位相, 超強位相, 超強位相, 超弱位相が出てくるが, ここでやるのはやめておこう. 超弱位相はいわゆるトレースで定義する位相になる. フォンノイマン環論ではとても大事な位相になる. また前にも書いた覚えがあるが, 弱位相は相対論的場の量子論の LSZ で出てくる極めて大事な位相であることを改めて注意したい.
title¶
有界作用素環のなす空間に入る位相
desc¶
有界作用素環に入る位相として, ノルム位相, 強位相, 弱位相を紹介した. 作用素環にはこれ以外にも 4 つの位相を入れることがある. これらの位相を入れる場合は特に von Neumann 環と呼ばれる.
keywords¶
topology for the set of bounded operators,norm topology,strong topology,weak topology,von Neuman algebra
量子力学の数学 25:バナッハ空間とその例¶
main¶
元にしている書物は「量子力学の数学的構造」 http://www.amazon.co.jp/dp/4254136773 だ. 例や証明は直接こちらをあたってほしい. ここではなるべく本に書いていない話, 関連する話, アドバンストな話にフォーカスして議論するつもりだ.
本にはバナッハ空間の定義が載っている. ここで定義の詳細は省略する. 完備なノルム空間とだけいっておこう. ヒルベルト空間は定義から自明にバナッハ空間になる. 連続関数環が例として挙がっている. これはとても大事なのできちんと心に刻みつけておいてほしい. これは可換な $C^*$-環にもなる.
作用素環の話になるが, 可換な $C^$-環は連続関数環しかなく, 非可換な $C^$-環は全て適当なヒルベルト空間上の有界線型作用素環になる. これを Gelfand-Naimark の定理という. Gelfand-Naimark-Segal の定理ともいう. 特に非可換な方は GNS 構成定理という決定的な結果から導かれる. GNS はもちろん Gelfand, Naimark, Segal の頭文字を取っている.
数学は現時点で追い切れる人だけ追って頂くことにして, ここではこの物理的な意味をを考えよう. どちらでもいいが, 量子論をやっているので量子力学に対応する非可換の方から考える. 非可換な $C^$-環は考えている物理量の全体を表わしている. 位置作用素 $x_j$ や運動量作用素 $p_j$ から作られていて, ハミルトニアンも含んでいると思ってほしい. もちろん数学的には微妙な言い方だし細かい所というわけでもないが, とりあえずこう思っておく. $C^$-環という数学的対象に物理的な意味をのせていることが大事だ.
一方, 可換な方は大雑把には古典的な対象を割り当てたい. 非可換なときに物理量なのだから可換なときでも物理量だと思いたい. そして正にそう思っていい. 量子力学では $[x, p]=i \hbar$ という交換関係がある. ここで $\hbar \to 0$ とした極限で古典論が得られるというボーアの量子-古典対応があるが, これを適用すればいい. 先程, 非可換環は位置作用素, 運動量作用素で作るといった. 今度は関数として位置, 運動量の関数で物理量の環を作っているのだ. そして原則としてこれらの関数は連続, さらに強く微分可能だ. 運動方程式という微分方程式を満たしてもらわないと困るから. ここで先の連続関数環とリンクする.
数学の展開としては非可換幾何という大きな流れが出てくる. 興味のある向きは Connes の業績を追って欲しい.
title¶
バナッハ空間とその例
desc¶
バナッハ空間とその例として連続関数環を紹介した. 物理にも関係した, 関連する大事な概念として作用素環も紹介した.
keywords¶
Banach space,ring of continuous functions,operator algebra,noncommutative geometry
量子力学の数学 26:リースの表現定理¶
main¶
元にしている書物は「量子力学の数学的構造」 http://www.amazon.co.jp/dp/4254136773 だ. 例や証明は直接こちらをあたってほしい. ここではなるべく本に書いていない話, 関連する話, アドバンストな話にフォーカスして議論するつもりだ.
今回はリースの表現定理だ. まずは汎関数を定義しよう.
定義 ヒルベルト空間 $\mathcal{H}$ の部分集合 $\mathcal{D}$ から $\mathbb{K}$ への写像 $F$ を $\mathcal{H}$ 上の汎関数という. $\mathcal{D}$ が部分空間で $F$ が線型のとき $F$ を線型汎関数という.
汎関数は $\mathcal{D}$ を定義域とする $\mathcal{H}$ から $\mathbb{K}$ への線型作用素だ. 線型作用素といわずにわざわざ汎関数と呼び直すのは, もちろん別名をつけたくなるほど大事だからだ. 関数といってもいいのだが, わざわざ「汎」とつけるのは線型空間上の関数であることを強調したいからだ.
特に $\mathbb{B}(\mathcal{H}, \mathbb{K})$ の元を有界線型汎関数という. もちろん連続だ. また簡易記法として $\mathcal{H}^*$ とも書き, 特に双対空間と呼ぶ. $\mathcal{H}'$ や $\mathcal{H}^{#}$ と書くこともある. シャープを使うのは作用素環の文献で多い. 他の 2 つは別の用途に使うからだ. プライムは可換子環に, スターは環の共役を表すのに使う.
ヒルベルト空間上の有界線型汎関数の例は簡単に作れる. $\mathcal{H}$ の任意のベクトル $\Phi$ に対し写像 $F_{\Phi}: \mathcal{H} \to \mathbb{K}$ を \begin{align} F_{\Phi} (\Psi) := \langle \Phi, \Psi \rangle \end{align} で定義すればいい.
問題はこの形以外の有界線型汎関数があるかどうかだ. 一般の線型空間ではそもそも内積がない. バナッハ空間だと関連する話題として回帰性があるがそれはそれで違う話になってしまう. ヒルベルト空間で考えたとき, これに対する肯定的な解答が次のリースの表現定理になる.
定理 1.37 任意の $F \in \mathcal{H}^*$ に対し, ベクトル $\Phi_F \in \mathcal{H}$ が一意的に存在し, $F (\Psi) = \langle \Phi_F, \Psi \rangle, \, \Psi \in \mathcal{H}$ と 書ける. さらに $\Vert F \Vert = \Vert \Phi_F \Vert$ も成り立つ.
証明は難しくないが, 結果は決定的に重要なので絶対に理解しておかなければいけない. 何故大事かを簡単に説明しよう.
線型汎関数を引っかけて複素数の収束にしたのが弱収束だが, この弱収束との関係性もポイントだ. ベクトルの弱収束すら言えない場合があっても, 汎関数 (作用素) としての弱収束が言える場合がある. $\delta$ 関数などがそうだ. 有界線型汎関数として収束することがいえれば, そこからリースの表現定理でベクトルが作り出せる. 収束は位相を弱くした方がいいやすくなる. それを使ってベクトルを作る方法だ.
title¶
リースの表現定理
desc¶
リースの表現定理はヒルベルト空間の特徴を表す大事な定理だ. 有界な線型汎関数はすべて内積から生まれると言っている.
keywords¶
Riesz' representation theorem
量子力学の数学 27:ユニタリ作用素¶
main¶
元にしている書物は「量子力学の数学的構造」だ. 例や証明は直接こちらをあたってほしい. ここではなるべく本に書いていない話, 関連する話, アドバンストな話にフォーカスして議論するつもりだ.
今回はユニタリ作用素を議論しよう. 基本的に複素係数の有限次元複素内積空間でのユニタリ行列と同じ定義だが, 復習を兼ねて定義をきちんと書く.
定義 ユニタリ作用素は 内積を保存する全射有界作用素である.
ここで内積を保存するとは次式で定義する. $U$ をユニタリ作用素とする.
[ \langle U \Psi , U \Phi \rangle = \langle \Psi, \Phi \rangle. ]
内積保存性からユニタリ作用素は単射であることも分かる. 特に等長性を持つ.
[ \Vert U \Psi \Vert = \Vert \Psi \Vert, \Psi \in \mathcal{H}. ]
ユニタリ作用素は等長性を持つが, 等長性を持つ作用素 (等長作用素という) は必ずしもユニタリではない. 右シフト作用素という有名な反例がある. 詳しくは章末問題 21 を解いてほしい.
ユニタリ作用素の存在に関して次の結果は基本的だ.
定理 1.39 $\mathcal{H}, \mathcal{K}$ を可分なヒルベルト空間, ${\Psi_n}{n=1}^N, {_Phi_n}$ がただ 1 つ存在する.}^N$ をそれぞれの CONS とする. ここで $N$ は有限または可算無限. このとき全ての $n$ に対して $U \Psi_n = \Phi_n$ を満たすユニタリ変換 $U : \mathcal{H} \to \mathcal{K
良く使う論法なので覚えておいてほしいのだが, CONS の上で有界作用素が定義できていればそれは定義域を全体にのばせる. 詳しくは証明を読んでほしい.
title¶
ユニタリ作用素
desc¶
ユニタリ作用素を定義した. 有限次元のときと本質的には変わらないが, 無限次元だと単射性から全射性を導けないので, その分定義に余計な項目を付け足さないといけないのに注意してほしい. 可分な空間の場合の存在定理は証明を含めて大事なので, きちんと身につけたい.
keywords¶
unitary operator,separable Hilbert space
量子力学の数学 28:ヒルベルト空間の同型¶
main¶
元にしている書物は「量子力学の数学的構造」だ. 例や証明は直接こちらをあたってほしい. ここではなるべく本に書いていない話, 関連する話, アドバンストな話にフォーカスして議論するつもりだ.
今回はヒルベルト空間の同型を考えよう. 教養の線型代数でもやるし数学ではもはや空気のように自然に通底する考え方で, ある見方で見たときに適当な対象を同じものだと思うことだ. 今回議論するのはヒルベルト空間なので, ヒルベルト空間特有の概念に注目する必要がある. それがユニタリ変換だ. まずはこれの性質をもう少し調べておこう. その前に記号を準備する.
定義 (線型) 作用素 $A$ と集合 $\mathcal{D} \subset \mathrm{dom} \, (A)$ に対して $A$ による $\mathcal{D}$ の像全体を $A \mathcal{D}$ と書く.
定理 1.40 $\mathcal{H}, \mathcal{K}$ をヒルベルト空間, $U : \mathcal{H} \to \mathcal{K}$ をユニタリ変換 (作用素) とする.
(i) $U^{-1}: \mathcal{K} \to \mathcal{H}$ はユニタリ変換である.
(ii) $\mathcal{D}$ が稠密な部分空間ならば, $U \mathcal{D}$ は $\mathcal{K}$ で稠密である.
(iii) $\mathcal{H}$ の任意の CONS ${\Psi_n}$ に対して, ${U \Psi_n }$ は $\mathcal{K}$ の CONS である.
有限次元と違って, 単射性から全射性は導けない. だからそもそも逆があること自体がユニタリ作用素の強い性質になっている. 稠密性も保存することも十分に注意してほしい. 内積からノルムを定義しているが, このノルムから位相を定義していることに注意してほしい. この内積を保存する作用素だからうまいこと位相的性質も保存されるのだ. 内積が保存されるので CONS であることも保存される.
本題のヒルベルト空間の同型性を定義しよう.
定義 ヒルベルト空間 $\mathcal{H}, \mathcal{K}$ が同型であるとは, この間にユニタリ変換が存在する事をいう.
特にユニタリ同型ともいう. 物理的なことを言う前に可分な空間に対する決定的な定理を紹介する.
定理 1.41 $\mathcal{H}$ が可分なヒルベルト空間, ${\Psi_n}_{n=1}^{N}$ を $\mathcal{H}$ の CONS とする. このとき次のいずれかが成立する.
(i) $N$ が有限ならば $\mathcal{H}$ と $\mathbb{C}^N$ と同型である.
(ii) $N=\infty$ ならば $\mathcal{H}$ と $\ell^2$ は同型である.
可分な所に限れば, ヒルベルト空間は本質的には $\ell^2$ しか存在しないということだ. だったら $\ell^2$ だけ考えていればいいと思った人は「物理の」人間ではない. 数学的にも似たような話になるが, 同型だったら何を使ってもいいのだ, と積極的な解釈をしてほしい. 例えば $\ell^2$ と $L^2$ は同型であることが分かっている. $L^2$ に移ると何が使えるか. 微分方程式が使えるのだ. $\ell^2$ では行列を引きずっていかなければいけない. だが微分方程式ならこれまでの物理で学んできた知見や近似のセンスがある程度使い回せる. 普通の量子力学の本でシュレディンガー方程式という名の微分方程式を主に引きずり回すのもこういう理由だ.
念の為に言っておくが, $\ell^2$ の方も使うときは使う. 一番有名なのは調和振動子の解析だろう. これは普通 $\ell^2$ で議論する. 調和振動子だけだろうとなめてはいけない. 調和振動子は場の量子論で一番基本的な対象で, 正にここから場の理論がはじまる. 使いどころを見極めて適切に使い分けてほしい.
例 1.39 では別の同型を構成している. こちらも参考にしてほしい.
title¶
非有界作用素
desc¶
次回からは非有界作用素の話がメインになる. 定義域問題など数学的に面倒な話が出てくるが, 物理ではよくあることだ.
keywords¶
unbounded operator, mathematical physics
量子力学の数学 29¶
今回から 2 章に入る. 非有界作用素の話がメインになってきて激しく面倒になってくるが, これが物理に使う数学の面倒さだ. 時々非有界作用素は病的といわれることもあるようだ. 1 つ良くいわれるのは, 定義域問題の面倒さだ.
ついでなのでこれまでとは別の観点から考えてみよう. 定義域が変わると作用素特性が劇的に変わる. 2 次元ラプラシアンを考える. 例えば有界な正方形上と全平面で考えるのではスペクトル (固有値) が全く違う. スペクトルは物理では観測値に対応するので, 物理的に全く違うことになる. また有界な正方形上でも境界条件によって変わる. どんな境界条件を考えるかは, 例えば実験のセッティングとも直接的な関係があるから, こちらも物理として洒落にならない. 定義域の違いは物理の違いともいえる. 変な定義域を指定しまうと物理として欲しい情報が得られない可能性がある.
というわけで, 物理として定義域問題が冗談では済まないことを改めて確認しておく. 次回から共役作用素や閉作用素の話に入る. 議論がやたらめったら込み入ってくるが, きちんと証明を追い切らないと後で何もできなくなる. 気合を入れてほしい.
量子力学の数学 30:共役作用素¶
main¶
元にしている書物は「量子力学の数学的構造」だ. 例や証明は直接こちらをあたってほしい. ここではなるべく本に書いていない話, 関連する話, アドバンストな話にフォーカスして議論するつもりだ.
今回は共役作用素を定義する. いわゆるエルミート共役のことだ. 有界作用素なら大したことはないが, 非有界作用素を念頭において定義するので, 定義だけでも大分長い.
$\mathcal{H}, \mathcal{K}$ を複素ヒルベルト空間, $A$ を $\mathcal{H}$ から $\mathcal{K}$ への稠密に定義された線型作用素とする. 各 $\Psi \in \mathcal{K}$ に対して [ \mathrm{dom} (F_{\Psi}) = \mathrm{dom} \, A, \quad F_{\Psi} (\Phi) = \langle \Psi, A \Phi \rangle, \quad \Phi \in \mathrm{dom} \, A ] で線型汎関数が定義される. これが有界であると仮定しよう (自明ではない).$\mathrm{dom} \, A$ は稠密だから, 汎関数の定義域を全体に拡張できる. するとリースの表現定理から $\Theta_{\Psi} \in \mathcal{H}$ がただ 1 つ存在して $F_{\Psi} (\Phi) = \langle \Theta_{\Psi}, \Phi \rangle$ となる. そこで $\mathcal{K}$ の部分集合 $D_A^$ を [ D_A^ := { \Psi \in \mathcal{K} | F_{\Phi} \in \mathcal{H}^ \ ] と定義する. これは部分空間であり, $\Theta_{\Psi}$ を $D_A^$ から $\mathcal{H}$ への写像として見れば, これは $\mathcal{K}$ から $\mathcal{H}$ への線型作用素だ. この線形作用素を $A^*$ と書き, $A$ の共役作用素と呼ぶ. 共役作用素は定義域が稠密な作用素に対してだけ定義されることに注意してほしい. 途中で拡張定理を使っているからだ.
$A^$ の定義域が稠密なら, これの共役も定義でき, $A^*$ と書く. 応用上大体の作用素は共役も定義域が稠密になるが, 何でもかんでもそうなると思ったら大間違いだ. 例えば, 場の量子論で出てくる消滅作用素の作用素値超関数核は共役を持つが, その定義域は 0 だけだ. 詳しくいうとホワイトノイズ解析とも絡んで色々あるらしいが, 詳しくは「フォック空間と量子場下」の p374-375 を参考にしてほしい.
title¶
共役作用素
desc¶
共役作用素を定義した. いわゆるエルミート共役のことだが, 無限次元だときちんと定義するために定義域の稠密性が必要になり, 定義だけでも色々大変なことがある.
keywords¶
conjugate operator,hermitian conjugate
量子力学の数学 31:有界作用素の共役の特徴づけ¶
main¶
元にしている書物は「量子力学の数学的構造」だ. 例や証明は直接こちらをあたってほしい. ここではなるべく本に書いていない話, 関連する話, アドバンストな話にフォーカスして議論するつもりだ.
前回は非有界作用素も含めた場合の共役作用素の定義をした. 今回は有界作用素の共役の特徴付けをしよう.
命題 2.1 $A \in \mathbb{B} (\mathcal{H}, \mathcal{K})$ とする. このとき次が成り立つ.
(i) $A^* \in \mathbb{B} (\mathcal{K}, \mathcal{H})$.
(ii) $A^{**} = A$.
(iii) $\Vert A^* \Vert = \Vert A \Vert$.
基本的に有限次元のときのエルミート行列と同じだ. 共役を取ると元の作用素と定義域と値域が反転する. 共役の共役は元に戻る. ノルムは等しい. ノルムは有限次元だとあまりやらないだろうが, これも基本的だ. 念の為に言っておくと, 非有界作用素にノルムは定義できない. そんな大鉈を持ってくることもないのだが, スペクトル写像定理やスペクトル半径など, いくつか別ラインからも分かる.
前回非有界な場合共役な作用素の定義域が必ずしも稠密とは限らないことを例を挙げて説明した. ここでもその例が例 2.1 として $\ell^2$ で構成されている. 正直, 綺麗さっぱり忘れていた. もう 1 つ, 共役の定義域が稠密になる例が例 2.2 で出ている. これはかけ算作用素だが, 要は座標によるかけ算作用素 $x_j$ は共役の定義域が稠密になる. 実際には共役と自分自身が一致する自己共役というクラスに入るので, 当たり前といえば当たり前なのだが.
共役を使ったユニタリの特徴づけもしておこう.
命題 2.3 有界作用素 $U \in \mathbb{B} (\mathcal{H})$ がユニタリである必要十分条件は [ U^ U = 1, \quad UU^ = 1 ] が成り立つことである.
原則として有界作用素のときと同じだが, 上の式で両方共必要なのは無限次元固有の現象である. 有限次元なら準同型定理があるから, どちらかが分かっていれば十分だ. 上では定義域と値域を同じにしたが, 別にした場合は有限次元でも反例がある. 次元を考えれば自明だ. 本には反例が書いてあるので参考にしてほしい.
title¶
有界作用素の共役の特徴づけ
desc¶
有界作用素の共役を特徴づけた. 基本的に有限次元のエルミート行列と同じだ. ユニタリの特徴付けもした.
keywords¶
bounded operator,conjugate,hermitian,unitary
量子力学の数学 32:非有界作用素の和と積¶
\subsubsection{main 早速, 非有界作用素の面倒な部分を見てみよう. 今回くらいから, 本では値域を別のヒルベルト空間 $\mathcal{K}$ を取る部分でも同じ $\mathcal{H}$ のままにする. 単純に書くのが面倒だからだ. 完全な言明は本をあたってほしい.
命題 2.2 (i) $A, B$ を稠密に定義された $\mathcal{H}$ 上の作用素とし, $\mathrm{dom} \, (A+B)$ も稠密だとする. このとき [ (A+B)^ \supset A^ + B^. ] どちらかが有界なら [ (A+B)^ = A^ + B^. ]
(ii) $A,B$ が $\mathcal{H}$ 上稠密に定義されていて, $\mathrm{dom} \, BA$ が稠密だとする. このとき [ (BA)^ \subset A^ B^. ] どちらかが有界なら [ (BA)^ = A^ B^. ]
まず, 稠密に定義された作用素の和や積がまた稠密に定義されているとは限らないことに注意してほしい. 数学の問題ではなく物理の問題として表われる. きちんと勉強していないので間違っているかもしれないが, 固体物理で出てくるレナード-ジョーンズポテンシャルとラプラシアンの和は確かそのまま稠密ではなかったように思う. 「そのまま」と書いたのはもちろん力づくで何とかできることもあるからだ. 量子現象の数理の 2 章で出てくるが, (準双線型) 形式による和というのが定義できる. これはまた少しひねくれた和だが, かといって微分方程式でソボレフ空間を定義するときに使ったりもしているので, 滅茶苦茶におかしいということでもない.
\subsubsection{title 非有界作用素の摂動
\subsubsection{desc 非有界作用素の面倒な部分として和や積の定義域問題を議論した. ユニタリ作用素の共役による特徴づけも議論した.
keywords¶
unitary,unboudned operator,domain problem
量子力学の数学 33:閉作用素¶
一般に非有界作用素というと何でも入ってきてしまうが, そうかといって全てを相手にすることもない. いくら物理が変なところの数学を相手にしなればいけないからといって, 本当に全部病的なものばかりではないからだ. 大事なクラスとして閉作用素を定義しよう.
定義 $A$ を線型作用素とする. 条件 [ \Psi_n \in \mathrm{dom} \, A, \quad \Psi_n \to \Psi \in \mathcal{H}, \quad A \Psi_n \to \Phi \in \mathcal{H} ] をみたす点列 ${\Psi_n} \in \mathrm{dom} \, (A)$ に対して [ \Psi \in \mathrm{dom} (A), \quad \Phi = A \Psi ] が成り立つ作用素を閉作用素という.
有界作用素は閉作用素になる. 有界作用素は自明に大事だが, そこから比較的近い, 扱いやすい作用素だ. 定義で定義域の稠密性を要求していないことに注意してほしい. 次は基本的な事実である.
命題 2.4 $A$ が稠密に定義された線型作用素ならば共役 $A^*$ は閉作用素である.
共役は定義域が稠密かは分からないが, 閉にはなるということだ. 元の作用素の閉性とは関係ないところがなかなか鬱陶しい.
また, 前回もやったが稠密に定義された作用素の和がまた稠密である保証はない. ただ稠密になってくれるときもある. もう少し一般に, ある作用素 (たとえばラプラシアン) に対してその作用素を「摂動」した作用素として和の作用素を扱うことがある. 物理でいう摂動論はただの近似計算法だが, あれも基本的な発想としては「小さい」作用素を足しただけならもとの作用素と大きく変わることはないだろう, という推測をもとにしているから, 間違いなく同じような発想はしている. 全く別物なので注意はしてほしいが.
定理 2.5 $A$ が閉作用素, $B$ が有界とすると, $A+B$ は閉作用素になる.
ここまで, 何故上の定義で「閉」作用素というのかさっぱり分からないだろう. 理由としてまず次の定義をする.
定義 作用素 $A$ のグラフとは, 次の直和の部分集合のことである. \begin{align} G (A) := {(\Psi, A\Psi) : \Psi \in \mathrm{dom} \, A }. \end{align}
滅茶苦茶に見慣れないかもしれないが, 高校以来の関数のグラフと全く同じだ. この上で次の命題がある.
命題 2.6 線型作用素が閉になる必要十分条件はグラフが閉集合になることである.
何故閉作用素というか. それはグラフが閉集合になるからだ.
title¶
閉作用素の定義と諸性質
desc¶
閉作用素を定義した. 非有界作用素の大事なクラスだ. なぜ「閉」という名前がついているのかも説明した.
keywords¶
closed operator
量子力学の数学 34:可閉作用素¶
main¶
元にしている書物は「量子力学の数学的構造」 http://www.amazon.co.jp/dp/4254136773 だ. 例や証明は直接こちらをあたってほしい. ここではなるべく本に書いていない話, 関連する話, アドバンストな話にフォーカスして議論するつもりだ.
まず定義からはじめよう.
定義 $A$ が可閉作用素であるとは, $A \subset B$ となる線型作用素 $B$ が存在することをいう. $B$ を閉拡大という.
定義から閉作用素は可閉である. 言葉からいってもそうでなくては困る. 細かい話の前に特徴付けをしておこう.
命題 2.7 次の 2 条件は同値である
(i) 線型作用素 $A$ は可閉である.
(ii) ${\Psi_n} \subset \mathrm{dom}\,A$ が $\Psi_n \to 0, A\Psi_n \to \Phi$ となるなら $\Phi=0$. $\blacksquare$
(ii) だが, これは閉作用素の定義で $\Psi_n - \Psi$ をあらためて $\Psi_n$ としただけだ. 事実上, 閉作用素の定義と変わらない. だったら何故似たような概念・定義をするかといえば, あった方が便利だからだ. 特に応用上, いったん作用素を定義するとき定義域を小さめに取っておくことがある. それで目的の作用素はあらためて性質を調べて閉拡大で定義する.
定理の証明中, $\bar{A}$ という閉作用素が定義されている. これを $A$ の閉包と呼ぶ. 閉包は一意に決まるが閉拡大が一意とは限らない. 本のあとの方, p146 で微分作用素の例として, 対称作用素が非可算無限個の自己共役拡大を持つという例が出てくる. 自己共役 (いわゆるエルミート) 作用素は閉作用素なので, これも閉拡大の話になる. 詳しくは p146 を読んでほしいが, この閉拡大の多様性は境界条件の多様性に対応する. 境界条件は物理としても大事で, 境界条件次第で物理も変わるから, 物理を的確に反映した数学的現象であるともいえる.
また, 有界作用素による摂動についても 1 つ結果を紹介しておく. 非有界作用素の摂動については普通, 物理 (ハミルトニアン) ごとに個別に対応する.
定理 2.9 $A$ を $\mathcal{H}$ から $\mathcal{K}$ への可閉作用素とし, $B \in \mathbb{B}(\mathcal{H})$ とする. このとき $A+B$ は可閉で次が成り立つ: \begin{align} \overline{(A+B)} = \bar{A} + B.\blacksquare \end{align}
閉作用素の可閉性を共役を使って特徴づけよう.
命題 2.13 線型作用素 $A$ が稠密に定義されているとする. このとき次が成立する.
(i) $A$ が可閉である必要十分条件は $\mathrm{dom}\,A^$ が稠密であることである. このとき $\bar{A}=A^{*}$ が成り立つ.
(ii) $A$ が可閉ならば $(\bar{A})^ = A^$. $\blacksquare$
例 2.4 に可閉作用素の例として微分作用素が挙がっている. 証明もチェックしてほしい.
title¶
可閉作用素
desc¶
可閉作用素を定義した. 閉作用素を直接定義するのが難しい場合にクッションとして使う. 可閉性は共役を使っても特徴付けられることも説明した.
keywords¶
closable operator,conjugate operator
量子力学の数学 35:閉グラフ定理¶
main¶
元にしている書物は「量子力学の数学的構造」 http://www.amazon.co.jp/dp/4254136773 だ. 例や証明は直接こちらをあたってほしい. ここではなるべく本に書いていない話, 関連する話, アドバンストな話にフォーカスして議論するつもりだ.
自明なことだが, ヒルベルト空間全体を定義域とする有界作用素は閉作用素だ. 逆にいつ閉作用素は有界になるだろうか. 物理として大事なのは基本的に非有界作用素だが, 数学的には興味のあることなので一応調べておこう. 定理自体は次の通りだ.
定理 2.14 $A: \mathcal{H} \to \mathcal{K}$ が閉作用素で $\mathrm{dom} \, A = \mathcal{H}$ とする. このとき $A$ は有界になる.
定理 2.15 (閉グラフ定理) $X, Y$ をバナッハ空間, $A: X \to Y$, $\mathrm{dom}\,A = X$ とする. このとき $A$ は有界になる.
定理の対偶から「非有界作用素の定義域は空間全体にはなりえない」ことが分かる. 証明はやや長いが, 位相空間, 距離空間の基本的な事実や Baire-Hausdorff の定理など大事な定理, 論法が出てくるのできちんと追うことを勧める.
title¶
閉グラフ定理
desc¶
閉作用素がいつ有界になるかを判定する定理として, 閉グラフ定理を紹介した. 基本的で大事な定理なので証明まできちんと学んでほしい.
keywords¶
closed graph theorem
量子力学の数学 36:固有値・固有ベクトル¶
main¶
元にしている書物は「量子力学の数学的構造」 http://www.amazon.co.jp/dp/4254136773 だ. 例や証明は直接こちらをあたってほしい. ここではなるべく本に書いていない話, 関連する話, アドバンストな話にフォーカスして議論するつもりだ.
今回からしばらくレゾルベントとスペクトルの話をする. スペクトルは大体固有値のことで, 一応皆知っていることになっている. レゾルベントは複素数の中で見たスペクトルの補集合だ. 線型代数だとあまり出て来ないが, 無限次元ではとても大事な役割を担っている.
まずあらためて固有値を定義しておこう. $\mathcal{H}$ をヒルベルト空間, $A$ をこの上の線型作用素とする. $\mathrm{dom}\,A$ の 0 でないベクトルと複素数 $\lambda$ があって $A \Psi = \lambda \Psi$ となるとき, $\lambda$ を $A$ の固有値, $\Psi$ を $\lambda$ に属する $A$ の固有ベクトルという. $A$ の固有値の集合を $\sigma_p (A)$ と書く.
有限次元の線型代数では先に特性方程式 $\det (A - \lambda) = 0$ の解を取ってきてそれを固有値と呼んでいたが, 無限次元では固有値と固有ベクトルを同時に定義する. 理由は簡単で, 必ずしも作用素に対して行列式が定義できるとは限らないからだ. 作用素がトレースクラスでなければならない. あとで定義するが, 一般に作用素のスペクトルを $\sigma (A)$ で書く. 固有値の $\sigma_p$ の $p$ は点スペクトル (point spectrum) の $p$ から来ている.
スカラー倍を表す $cI$ を簡単に $c$ とも書く. ここで, もちろん $c \in \mathbb{C}$ で $I$ は恒等作用素だ. $I$ は $1$ とも書く. スカラーだと思い切って書いたのが $1$ という記法だ. イデアルなどに $I$ を残しておきたい場合もあるので, そういうときにも時々使う.
固有ベクトルは $\ker (A - \lambda)$ の元であるともいえる. $\ker (A - \lambda)$ を $\lambda$ に関する固有空間ともいう. 固有空間の次元を固有値の多重度という. 多重度が 1 のとき固有値は単純であるといい, 2 以上のとき縮退しているという.
特に $L^2$ で考えているとき固有ベクトルは固有関数ともいう. 例 2.5 を見てほしい. この例では定義域が大事な役割を果たしていることに注意する. 定義域次第で「同じ」作用素であっても固有値があったりなかったりする. つまりスペクトルの性質が変わる.
例 2.6 では無限次元ヒルベルト空間のときに固有値を全く持たない作用素があることをいっている. 例として挙がっているのは座標によるかけ算作用素だ. 注意に書いてあるが, 定義域を超関数の空間に変えれば固有値を持つようになる. 再び定義域が大事になっていることに注意されたい.
これらから分かるように, 無限次元では固有値だけでは把握しきれない現象が出てくる. 実際, 散乱などはスペクトルを別の角度から分類する必要が出てくる. 今は扱えないが, 量子現象の数理 http://www.amazon.co.jp/gp/product/425413682X/ では 1 章が割かれている. これだけでは研究には全く足りないだろうが, 第一歩にはいいだろう. 脱線したが, 次回からはスペクトルの前にレゾルベントの定義から入る.
title¶
固有値・固有ベクトル
desc¶
固有値・固有ベクトルを定義した. 特に点スペクトルと呼ばれる. 有限次元では固有値というが, 無限次元ではスペクトルという概念に一般化する必要が出てくることに注意したい.
keywords¶
point spectrum,eigenvalue,eigenvector
量子力学の数学 37:レゾルベント¶
main¶
元にしている書物は「量子力学の数学的構造」 http://www.amazon.co.jp/dp/4254136773 だ. 例や証明は直接こちらをあたってほしい. ここではなるべく本に書いていない話, 関連する話, アドバンストな話にフォーカスして議論するつもりだ.
本当はスペクトルを定義したいのだが, 前回もやった通り直接定義するのは難しい. そこでまずこの補集合のレゾルベントから定義する.
定義 線型作用素 $A$ と複素数 $\lambda$ を取る. $\lambda$ が $A$ のレゾルベント集合に入るとは, 次の 2 条件を満たすときをいう.
(i) 作用素 $A - \lambda$ は単射で, $(A - \lambda)^{-1}$ は有界になる.
(ii) $\mathrm{dom} \, (A - \lambda)^{-1}$ は稠密である.
このとき \begin{align} R_{\lambda}(A) = (A - \lambda)^{-1} \end{align} を $A$ のレゾルベントといい, $A$ のレゾルベント集合を $\rho (A)$ と書く.
一般の場合にあわせて書いているから面倒に見えるかもしれないが, 閉作用素の場合は次のような簡単な特徴づけがある.
命題 2.19 $A$ を閉作用素とする. このとき複素数 $\lambda$ がレゾルベントの元になる必要十分条件は $A - \lambda$ が全単射になることである.
応用上は大体閉作用素しか使わないので, これを定義と思ってもいい. ただ, 場の理論で消滅作用素の超関数核が可閉でないからいつでも全てこれでいいと思われるとそれは困る. あと全単射だからといって $A - \lambda$ が有界だとは限らないので注意してほしい. 定義域の稠密性をいっているので, レゾルベントの方はもちろん有界だ.
title¶
レゾルベント
desc¶
今回はレゾルベントを定義した. 一般の場合は多少面倒だが, 閉作用素の場合はすっきりした定義になる. スペクトルの前にレゾルベントを定義するのは, スペクトルの定義がそれだけ面倒だからだ.
keywords¶
resolvent,spectrum
量子力学の数学 38:スペクトルの基本的性質¶
main¶
元にしている書物は「量子力学の数学的構造」 http://www.amazon.co.jp/dp/4254136773 だ. 例や証明は直接こちらをあたってほしい. ここではなるべく本に書いていない話, 関連する話, アドバンストな話にフォーカスして議論するつもりだ.
前回レゾルベントを定義したので今回はスペクトルを調べよう. まずは定義からだ.
定義 線型作用素 $A$ に対してスペクトルはレゾルベントの補集合として定義する: \begin{align} \sigma (A) := \mathbb{C} \setminus \rho (A). \end{align}
固有値に対しては $A - \lambda$ は単射ではないから, 当然レゾルベントの元ではなく, スペクトルに入る. 何度か説明しているが, 物理的にはスペクトルは観測値の集合に対応する.
定義 線型作用素 $A$ の連続スペクトルは次のように定義する. $\lambda \in \sigma_{\mathrm{c}} (A)$ は $A-\lambda$ が単射, $\mathrm{ran}(A-\lambda)$ が稠密, $(A-\lambda)^{-1}$ となる.
定義 線型作用素 $A$ の剰余スペクトルは次のように定義する. $\lambda \in \sigma_{\mathrm{r}} (A)$ は $A-\lambda$ が単射, $\mathrm{ran}(A-\lambda)$ が稠密ではない.
例 2.7 ではかけ算作用素のスペクトルを調べている. 全て連続スペクトルの元になっている. あとで出てくるが, 剰余スペクトルがないのは自己共役作用素の特性だ. 例 2.8 は剰余スペクトルが空でない作用素の例になっている. 私自身はあまり剰余スペクトルにさわったことがないが, 一応気には留めておいてほしい. 章末問題の 25 は解かずとも見ておいてほしい. 点スペクトルが連続体濃度ある作用素の例を与えている. 場の理論でも消滅作用素は全複素数を点スペクトルの元としている恐ろしい例がある.
また別件だが, スペクトルには別の分類もある. 散乱理論で絶対連続スペクトル, 特異スペクトルが出てくる. これは「量子現象の数理」を参考にしてほしい. 場の理論の散乱だと, 赤外発散に関係して別の要素も出てくる. Dybalski の Spectral Theory of Automorphism Groups and Particle Structures in Quantum Field Theory http://arxiv.org/abs/0901.3127 が参考になるだろう.
title¶
作用素のスペクトル
desc¶
線型作用素のスペクトルを定義した. 連続スペクトルなど細分類も定義した. 散乱理論での別の分類も紹介した.
keywords¶
spectrum,scattering theory
量子力学の数学 39:レゾルベントの基本的な性質¶
main¶
元にしている書物は「量子力学の数学的構造」 http://www.amazon.co.jp/dp/4254136773 だ. 例や証明は直接こちらをあたってほしい. ここではなるべく本に書いていない話, 関連する話, アドバンストな話にフォーカスして議論するつもりだ.
再びレゾルベントの話に戻る. 当然スペクトルにつながる話だ. まず複素平面上の $\varepsilon$ 近傍を定義しよう:
\begin{align} U_{\varepsilon} (a) := {\lambda \in \mathbb{C} : | \lambda - a | < \varepsilon }, \quad a \in \mathbb{C}. \end{align}
定理 2.20 $A$ をヒルベルト空間上の閉作用素とし, $\rho (A) \neq \emptyset$ とする. このとき任意の $\lambda_0 \in \rho (A)$ に対して \begin{align} U_{\Vert R_{\lambda_0} (A) \Vert^{-1}} (\lambda_0) \subset \rho (A) \end{align} となる. さらに \begin{align} R_{\lambda} (A) = \sum_{n=0}^{\infty} R_{\lambda_0} (A)^{n+1} (\lambda - \lambda_0)^n, \quad \lambda \in U_{\Vert R_{\lambda_0} (A) \Vert^{-1}} (\lambda_0) \end{align} も成り立つ. 特にレゾルベントは開集合になる.
上式で収束はノルム収束になる. 級数展開できるのはなかなか強烈だが, $(1-x)^{-1}$ の作用素版になっている. 自明ではないが, 気分はこれで掴んでほしい. 前にも書いたとおり, 量子力学では作用素が数の代わりになっている. それに合わせていくつか関連する結果がある. これはそのうちの 1 つだ.
あらためて書きはしないが, 本ではレゾルベント公式を紹介している. 私自身はあまり使ったことがないが, あることだけは注意してほしい. ちなみに The Resolvent Algebra: A New Approach to Canonical Quantum Systems http://arxiv.org/abs/0705.1988 という論文がある. まだあまり応用はないようだが, 著者らはこれを使って超対称性などを議論している論文も出していたはずだ. 作用素環を使った代数的場の量子論への応用を目指した論文だが, 普通は有界化するときには指数に乗せるところをレゾルベントに代えてみたところが新しい. あまりきちんと読んでいないが, 使えそうな感触はある. 量子統計で有名な Araki-Wood algebra を resolvent algebra で書いてみてどうなるかを調べるのは 1 つ大事な問題だと思っているので, 興味のある方は取り組んでほしい. 自由場のときの BEC もこれで再現してみたいと考えている.
title¶
レゾルベントの基本的な性質
desc¶
レゾルベントの基本的な性質を調べた. 開集合になるのがポイント. 複素数の場合の一般化にもなっていることに注意してほしい. Resolvent algebra のアプローチにも触れた.
keywords¶
resolvent,analogy between operators and numbers,resolvent algebra
量子力学の数学 40:スペクトルの基本的性質¶
main¶
元にしている書物は「量子力学の数学的構造」 http://www.amazon.co.jp/dp/4254136773 だ. 例や証明は直接こちらをあたってほしい. ここではなるべく本に書いていない話, 関連する話, アドバンストな話にフォーカスして議論するつもりだ.
今回はスペクトルの性質を調べよう.
定理 2.21 $A$ をヒルベルト空間 $\mathcal{H}$ 上の可閉作用素とする. このとき次が成立する.
(i) $\sigma (A)$ は $\mathbb{C}$ の閉集合である.
(ii) $A$ が有界ならばスペクトルは空ではなく, 次が成り立つ.
\begin{align} \sigma (A) = \subset { \lambda \in \mathbb{C} : |\lambda| \leq \Vert A \Vert }. \end{align}
(i) はレゾルベントが開なので自明だ. 問題は (ii). 有界ならば必ずスペクトルがあることを言っている. これは証明が華麗なので是非読んでおいてほしい. 関数論の Liouville の定理を使う証明が書いてある. 非有界作用素の場合には成り立たないので注意すること. 演習問題 1, 2 を読んでほしい. 「同じ」微分作用素だが, 定義域によってスペクトルの性質が全く違う. 具体的には一方が複素数全体, 一方が空になる戦慄すべき例である.
有界作用素の場合にはスペクトル半径という量も定義できる. 演習問題 8 に書いてあるので興味のある向きは挑戦してほしい. ノルムと関係がある量なのでそれなりに大事だ. 物理では非有界がメインではあるのだが.
ユニタリのスペクトルの特徴を見ておこう.
定理 2.22 $U$ をユニタリ作用素とする. このとき \begin{align} \sigma (U) = { \lambda \in \mathbb{C} : | \lambda | = 1}. \end{align}
円周上にスペクトルが分布するのがポイントだ. ユニタリは絶対値が 1 の複素数に対応していることに注意してほしい.
最後に有限次元の場合をまとめておこう. もちろん目新しい内容ではない.
定理 2.23 $\mathcal{H}$ が有限次元ヒルベルト空間ならば, 線型作用素のスペクトルは固有値だけしかない.
title¶
スペクトルの基本的性質
desc¶
スペクトルの基本的性質をいくつか紹介した. スペクトルが空になる例が物理でも出て来そうなタイプの微分作用素で存在するので戦慄する.
keywords¶
spectrum,unitary operator
量子力学の数学 41:スペクトルのユニタリ不変性¶
main¶
元にしている書物は「量子力学の数学的構造」 http://www.amazon.co.jp/dp/4254136773 だ. 例や証明は直接こちらをあたってほしい. ここではなるべく本に書いていない話, 関連する話, アドバンストな話にフォーカスして議論するつもりだ.
以前ユニタリ変換で移り合うヒルベルト空間を同値と定義した. それを作用素について調べようというのが今回の目的だ. もちろん「同じ」性質を持つのだが, 何が同じなのかというのが問題だ. 作用素の性質を決める概念はいくつかあるが, 当然, ここではスペクトルに注目する.
まずは $A$ をヒルベルト空間 $\mathcal{H}$ の線型作用素, $U$ をユニタリ作用素とする. 本では別の空間を取っているが, 面倒なのでここでは同じ $\mathcal{H}$ を使う. ユニタリ変換した作用素として \begin{align} A_U := U A U^{-1} \end{align} を取る. これを $U$ による $A$ のユニタリ変換という. 次の命題はスペクトルのユニタリ不変性をいっている.
命題 2.24 任意の線型作用素 $A$ に対し次が成り立つ. \begin{align} \sigma (A_U) = \sigma (A), \quad \sigma_{\sharp} (A_U) = \sigma_{\sharp} (A). \end{align} ここで $\sharp$ は p,c,r のどれかであり, $\sharp = \mathrm{p}$ のとき, 対応する固有値の縮退度は等しい.
他に可閉性も保たれる. 一般にユニタリ変換で保たれる不変な性質や不変な量はユニタリ不変特性, ユニタリ不変量とよばれる. 作用素の普遍的な性質はユニタリ不変特性やユニタリ不変量で表す.
ここでは省略するが, 本ではこのあとかけ算作用素のスペクトルについて詳しく議論してある. あとあと出てくる大事な結果がいくつもあるので, きちんと確認してほしい. 何度か書いているが, 座標作用素が正にかけ算作用素だ. この性質を調べていることにもなっているので, 適当に済ましてはいけない.
title¶
スペクトルのユニタリ不変性
desc¶
ユニタリ不変性やユニタリ不変量としてのスペクトルを議論した. ヒルベルト空間のユニタリ同値とあわせて, 作用素のユニタリ同値も大事な話だ.
keywords¶
unitary operator,unitary equivalence
量子力学の数学 42:エルミート・対称・自己共役¶
main¶
元にしている書物は「量子力学の数学的構造」 http://www.amazon.co.jp/dp/4254136773 だ. 例や証明は直接こちらをあたってほしい. ここではなるべく本に書いていない話, 関連する話, アドバンストな話にフォーカスして議論するつもりだ.
今回から対称作用素, 自己共役作用素の話に入る. これらの区別は決定的なので十分に定義を吟味してほしい. まずは無限次元におけるエルミート作用素を定義しよう. 以下, $\mathcal{H}$ をヒルベルト空間, $A$ を線型作用素とする. また, 文献によってはここでの定義とは少し違う定義をしていることもある. 特に, 自己共役は同じだろうが対称, エルミートの定義がときどき違うのでそれは注意してほしい. エルミートと対称を区別しないで同義に使っていることもある.
定義 全ての $\Psi, \Phi \in \dom \,(A)$ に対して \begin{align} \langle \Psi, A \Phi \rangle = \langle A \Psi, \Phi \rangle \end{align} が成り立つとき, $A$ はエルミートであるという.
この時点でいっておくが, ポイントは定義域の稠密性を要求していないところだ. 行列の場合のエルミートをそのまま移植してきた概念といえる. 次は対称作用素だ.
定義 エルミート作用素 $A$ の定義域が稠密であるとき, これを対称作用素という.
対称なら定義域が稠密なので, 共役がある. この共役が $A$ の拡大になっていることが定義から分かる. 普通というか, 有限次元ではエルミートといったら $A=A^*$ を指すだろう. これが自己共役だ.
定義 $A = A^*$ が成り立つとき, $A$ を自己共役という.
$A^*$ があるので, 定義域の稠密性は要求していることに注意してほしい. もちろん明示的に書いておいてもいい. あと本質的に自己共役というのも大事だ. 定義しておこう.
定義 閉包が自己共役のとき, その作用素を本質的に自己共役という.
これは実用上どうしても必要だ. 定義域問題があるので自己共役作用素を直接定義するのはとても難しい. とりあえず適当に小さめの定義域で対称作用素としては定義できることはよくあるので, 一旦定義域を狭めて定義しておく. こういう実用上の要請にあわせた定義である. 実際に調べはじめないとよく分からないだろうけれども.
title¶
エルミート・対称・自己共役
desc¶
エルミート・対称・自己共役作用素を定義した. もちろん自己共役が一番大事な概念だ.
keywords¶
hermitian operator,symmetric operator,selfadjoint operator
量子力学の数学 43:対称作用素の諸性質¶
main¶
元にしている書物は「量子力学の数学的構造」 http://www.amazon.co.jp/dp/4254136773 だ. 例や証明は直接こちらをあたってほしい. ここではなるべく本に書いていない話, 関連する話, アドバンストな話にフォーカスして議論するつもりだ.
今回はエルミート・対称作用素の性質をいくつか紹介する.
命題 2.30 $A$ を $\mathcal{H}$ 上の線型作用素とする. $A$ がエルミートである必要十分条件は, 任意の $\Psi \in \mathrm{dom} \,A$ に対して $\langle \Psi, A \Psi \rangle \in \mathbb{R}$ が成立することである.
定義から必要性はすぐ分かる. 問題は逆がいえることだ. 偏極恒等式というのを使う. 時々使うので名前だけは覚えておいてほしい. 具体的には本を確認すること.
命題 2.31 $A$ を対称作用素とする. このとき $A$ は可閉で閉包も対称である.
これも定義からすぐに従う. $A^*$ の定義域が稠密になるからだ. 定義域問題はあるが, 対称作用素は閉対称であると仮定してもそれ程問題はない. 少なくともいつでも拡大はある. 問題は閉対称拡大が 1 つであるとは限らないことだ. これはそれこそ非可算無限個の自己共役拡大を持つ作用素があることからも分かる. この例はあとで出てくる.
次に「下に有界」を定義しておこう.
定義 $A$ がエルミートだとする. 実定数 $\gamma$ が存在して, 全ての $\Psi \in \mathrm{dom} \,A$ に対して \begin{align} \langle \Psi, A \Psi \rangle \geq \gamma \Vert \Psi \Vert^2 \end{align} が成り立つとき, $A$ を下に有界と呼ぶ. 特に $\gamma \geq 0$ となるとき, 非負の作用素という. $\gamma > 0$ のときは正の作用素という.
下への有界性は (非相対論的) ハミルトニアンを考えるときに決定的だ. 下への有界性はエネルギーに下限があることを意味する. エネルギーに下限がないと際限なくエネルギーが落ち込んでいくので, 系の不安定性を意味する. その意味で物理と直接的に関係がある条件になる.
title¶
対称作用素の諸性質
desc¶
今回はエルミート・対称作用素の諸性質を論じた. 無限次元の面倒な所にいくつか注意してほしい.
keywords¶
hermitian operators,symmetric operators,selfadjoint operators
量子力学の数学 44:エルミート作用素の諸性質¶
main¶
元にしている書物は「量子力学の数学的構造」 http://www.amazon.co.jp/dp/4254136773 だ. 例や証明は直接こちらをあたってほしい. ここではなるべく本に書いていない話, 関連する話, アドバンストな話にフォーカスして議論するつもりだ.
今回の話は量子力学の数学をやる上で決定的な話になる. まずは定理を紹介する.
定理 2.32 (Hellinger-Toeplitz) $A$ をヒルベルト空間 $\mathcal{H}$ のエルミート作用素とし, $\mathrm{dom} \,A = \mathcal{H}$ とする. このとき $A$ は有界である.
物理として一番大事なのは自己共役作用素だ. 自己共役作用素は定義から当然エルミート作用素になるが, 非有界な自己共役作用素の定義域は空間全体には決してならないことを言っている. いつでも全体といえれば楽だが, そうはいかないということだ. いちいちきちんと定義域を調べないといけない. また, 定義域をはっきりさせないと観測値に対応するスペクトルが決定的に変わってしまうため, 物理として困るというのは再三言っている.
また証明自体も全く同じだが, 固有値・固有ベクトルについては有限次元の場合と全く同じ性質を持つ.
命題 2.33 $A$ を $\mathcal{H}$ 上のエルミート作用素とする. このとき次が成り立つ.
(i) $A$ の固有値は全て実数である.
(ii) $A$ の異なる固有値に属する固有ベクトルは直交する.
この命題で注意するべきは「固有値があるとしたら」「固有値が実数になる」としか言っていないことだ. スペクトル全体が実数になるとは言っておらず, ましてや固有値が必ずあるとも言っていない. 実際, スペクトル全体が実数に含まれる作用素として自己共役作用素が特徴づけられる. 閉対称作用素には次のような特徴づけがある. 「量子現象の数理」 http://www.amazon.co.jp/dp/425413682X p117 に書いてあるので興味のある向きは読んでみてほしい.
命題 閉対称作用素のスペクトルは次のいずれかになる:上半平面全体, 下半平面全体, 複素数全体, 実数の部分集合. スペクトルが実数の部分集合になるとき, 実は自己共役である. 逆も成り立つ.
title¶
エルミート作用素の諸性質
desc¶
エルミート作用素の諸性質を論じた. Hellinger-Toeplitz の定理は量子力学への応用上, 数学的に面倒な事態を引き起こす元凶になっていることが分かる. 固有値・固有ベクトルにも注意してほしい.
keywords¶
hermitian operators,Hellinger-Toeplitz theorem,spectrum
量子力学の数学 45:自己共役作用素の性質¶
main¶
元にしている書物は「量子力学の数学的構造」 http://www.amazon.co.jp/dp/4254136773 だ. 例や証明は直接こちらをあたってほしい. ここではなるべく本に書いていない話, 関連する話, アドバンストな話にフォーカスして議論するつもりだ.
改めて自己共役作用素を考えよう. ごく簡単に定義を復習すると, 要は $A = A^*$ となる線型作用素だ. 定義域が問題になることは何度もいっている. 共役作用素は閉だから自己共役作用素も閉だ.
本では「有界線型作用素 $B$ に対して $B^*B$ が自己共役」というところから自己共役作用素の存在を言っているが, そもそも線型作用素の存在をきちんといっていなかった. そこまで含めていうとこうもいえる. ヒルベルト空間の単位ベクトル $\Psi$ に対して $|\Psi \rangle \langle \Psi|$ という作用素を次で定義する: \begin{align} \Psi \langle \Psi, \Phi \rangle =: | \Psi \rangle \langle \Psi | \Phi \end{align} いわゆる Dirac のブラケットだ. これは射影作用素になる. 特に線型作用素で有界だ. ヒルベルト空間の元から線型作用素を構成したので, ついでに線型作用素の存在証明もできている. 線型性もきちんと示すか定義を拡張させないといけないが, それは省略する.
本にもあるし, 大事なので今後も何度も繰り返すが, 対称作用素が有界なら自己共役だ. ただし非有界な場合, (閉) 対称作用素は自己共役とは限らない. 微分作用素で自己共役にならない例が本に書いてある. きちんと確認してほしい. かけ算作用素で自己共役な例も書いてある.
以前も非有界作用素は定義域が問題で, それにあわせて適当な拡大概念が大事になるといった. 改めてこれも書いておこう. 対称作用素 $A, B$ に対し $A \subset B$ が成り立つとき $B$ は $A$ の対称拡大という. 自己共役の場合は自己共役拡大という. 自己共役作用素の特徴は非自明な対称拡大を持たないことだ.
命題 2.34 $A$ を自己共役, $B$ を対称作用素とする. $A \subset B$ ならば $A=B$ である.
ここで注意すべきは「自己共役ならば」というところだ. ものすごく大雑把にいえば, 本質的に自己共役ならこれはそのまま持ち上がるが, 対称作用素では成り立たない. 例えば閉対称作用素には非可算無限個の自己共役拡大がある. 対称拡大よりも自己共役拡大の方が制限が厳しいので「数」は少ないはずだが, それでも非可算無限あるということだ. あとで例が出てくるが, これは微分方程式の境界条件に対応する. 境界条件は物理の設定と直接関係があるので, 物理的に色々ありうるしあっていいということだ.
title¶
自己共役作用素の性質
desc¶
復習しつつ自己共役作用素の性質をいくつか紹介した. 拡大に関する話が面倒だが本質的である.
keywords¶
selfadjoint operators,symmetric operators,extension of operators
量子力学の数学 46:自己共役性のユニタリ不変性¶
main¶
元にしている書物は「量子力学の数学的構造」 http://www.amazon.co.jp/dp/4254136773 だ. 例や証明は直接こちらをあたってほしい. ここではなるべく本に書いていない話, 関連する話, アドバンストな話にフォーカスして議論するつもりだ.
自己共役作用素の話を続ける. 物理として, ヒルベルト空間の数学として大事な概念であるためには, やはりユニタリ不変性は必要だ. 色々な言い方があるが, 例えばスペクトルのユニタリ不変性から考えてみよう. スペクトルがユニタリ不変な概念であることは既にやった. 自己共役作用素が大事なのはスペクトルが実であること, 物理量の測定値に対応し実験とも関係する量だからだ. ここから自己共役性もユニタリ不変でないと色々不便そうだということが見て取れる. 実際にきちんとそうなってくれる.
まずはもう少し一般に命題を出しておこう.
補題 2.35 $U$ をヒルベルト空間上のユニタリ作用素, $A$ を閉作用素とする. このとき次が成立する.
(i) $UA$ は閉作用素である.
(ii) $\mathrm{dom} \,A$ が稠密なとき, 次の作用素の等式が成り立つ. \begin{align} (A^ U^)^* = UA. \end{align}
(i) はまあいいだろう. (ii) について. 前に書いたか忘れたので一応説明しておくが, 作用素の等式というのは定義域まで含めてきちんと一致している, ということまで言っている. 見かけだけ同じということではない. 見かけだけ, というのは $-i \partial / \partial x$ のような微分作用素を考えてほしい. $x$ で微分する微分作用素であっても定義域が違えばまるで違う作用素だと説明してきた. 本でも何度も出てきている. それを言っている.
結論として, きちんと上の要望は満たされる.
定理 2.36 $U$ をヒルベルト空間上のユニタリ作用素, $A$ を自己共役作用素とする. このとき $UAU^*$ も自己共役である.
title¶
自己共役性のユニタリ不変性
desc¶
ヒルベルト空間上で大事な概念は基本的にはユニタリ不変性を持たねばならない. 自己共役性はきちんとこの性質を持っていることを論じた.
keywords¶
Hilbert spaces,unitary invariance,selfadjoint operators
量子力学の数学 47:自己共役作用素のスペクトル¶
main¶
元にしている書物は「量子力学の数学的構造」 http://www.amazon.co.jp/dp/4254136773 だ. 例や証明は直接こちらをあたってほしい. ここではなるべく本に書いていない話, 関連する話, アドバンストな話にフォーカスして議論するつもりだ.
今回は自己共役作用素のスペクトルの性質を調べる. 次の補題は線型代数でも似た定理がある. 準同型定理ともいくらか似ている.
補題 2.37 $A$ を閉作用素とする. このとき次が成り立つ.
(i) $A$ の核 $\mathrm{ker} \, A$ は $\mathcal{H}$ の閉部分空間である.
(ii) $\mathrm{dom} \, A$ が稠密のとき \begin{align} \mathcal{H} = \mathrm{ker} \, A \bigoplus \overline{\mathrm{ran} \, A^*}. \end{align}
(i) は閉作用素の定義からすぐ分かる. (ii) は有限次元だと $\mathrm{ran} A^$ に閉包がいらない. 自己共役の場合は当然 $A = A^$ だ. 無限次元でやっているので閉包を取らないときちんと全体を覆えないことが分かる. 有限次元で正方行列を考えよう. すると全射性と単射性が一致する. これは準同型定理からも従うが直接には上の式の有限次元版になる.
またこれは直交分解と言われる. 基本的な事実なのできちんと頭に入れておいてほしい.
今回の主結果は次の定理だ.
定理 2.40 $A$ を自己共役作用素とする. このとき次が成り立つ.
(i) $\sigma (A)$ は $\mathbb{R}$ の閉部分集合である.
(ii) 実定数 $\gamma$ があって $A \geq \gamma$ ならば $\sigma (A) \subset [\gamma, \infty)$.
(iii) $A$ は剰余スペクトルを持たない.
(iv) $\lambda \in \sigma (A)$ となる必要十分条件は次を満たす点列が存在することである. \begin{align} \Psi_n \in \mathrm{dom} \, A, \quad \Vert \Psi_n \Vert = 1, \quad, \lim_{n \to \infty} \Vert (A - \lambda) \Psi_n\Vert = 0. \end{align}
(i) は閉対称作用素が自己共役になる必要十分条件なので, 絶対に覚えておかないといけない. (ii) はハミルトニアンの下界性, つまり系の安定性にもつながる話なので, 物理的にも意味がある. (iii) は未だに意味が分からないが, 強烈な性質ではある. (iv) は少なくとも自己共役なら, スペクトルは固有値のある種の一般化になっていることを示唆する言明になっている.
title¶
自己共役作用素のスペクトル
desc¶
自己共役作用素のスペクトルについて調べた. 前半は有限次元でもある定理の一般化, 後半では決定的な性質をいくつか紹介した.
keywords¶
selfadjoint operators,spectrum
量子力学の数学 48:作用素の芯¶
main¶
元にしている書物は「量子力学の数学的構造」 http://www.amazon.co.jp/dp/4254136773 だ. 例や証明は直接こちらをあたってほしい. ここではなるべく本に書いていない話, 関連する話, アドバンストな話にフォーカスして議論するつもりだ.
芯は本質的自己共役性とセットで威力が出る. まずはこれらを定義しよう.
定義 対称作用素 $A$ の閉包が自己共役なとき, $A$ は本質的に自己共役であるという.
定義 閉作用素 $A$ に対し, 部分空間 $\mathcal{D} \in \mathrm{dom} \, A$ があって, $A|_{\mathcal{D}}$ が可閉でその閉包が $A$ に等しいとき, $\mathcal{D}$ を $A$ の芯という.
$\mathcal{D} \subset \mathrm{dom} \, A$ を稠密な部分空間とし, $A$ を対称作用素とする. $A|_{\mathcal{D}}$ が本質的に自己共役なことと, $\mathcal{D}$ が $A$ の芯であることは同値になる. 芯が便利なのは, 便利な集合が芯になってくれるからだ. 例えばラプラシアンに対して, $C_c^{\infty}$ が芯になってくれる. (本当はきちんと定義域を書かないといけないが, 全空間や適当に滑らかな境界を持つ領域なら問題ない). ラプラシアンなら自己共役になる定義域自体が $H^1$ と綺麗に書けるが, もう少しこれで考える. ヒルベルト空間, 特に $L^2$ で考えれば対称作用素としての定義域もはじめから $C_c^{\infty}$ よりも大きく取れる. それでも, 無限回微分できて, しかもコンパクト台なら大概の形式計算がうまくいく. 一旦ここで議論しておいて, 極限を取りにいければ便利なわけで, 実際にそれができるというのが芯の言っていることだ. 他にも摂動関連で Kato-Relich の定理など, 芯について言及している定理は多い.
本質的に自己共役というのもそれなりに制限が強い概念で, 自己共役拡大が複数ある場合には当然使えない. 以前も言及したが, 2.3.8 節は非可算無限個の自己共役拡大について論じている. 微分作用素で例を作っているので, 必ず確認してほしい.
title¶
作用素の芯
desc¶
作用素の芯について議論した. 本質的自己共役性と深い関係があり, 実用上も大事だ. 研究の現場では嫌という程出てくる.
keywords¶
core for linear operators,essentially selfadjointness
量子力学の数学 49:射影作用素¶
main¶
元にしている書物は「量子力学の数学的構造」 http://www.amazon.co.jp/dp/4254136773 だ. 例や証明は直接こちらをあたってほしい. ここではなるべく本に書いていない話, 関連する話, アドバンストな話にフォーカスして議論するつもりだ.
まず射影作用素を定義しよう. 単に射影ともいう.
定義 ヒルベルト空間 $\mathcal{H}$ の閉部分空間 $\mathcal{M}$ を取る. 正射影定理から全ての $\Psi \in \mathcal{H}$ に対して $\mathcal{M}$ への正射影 $\Psi_{\mathcal{M}}$ がある. この $\Psi \mapsto \Psi_{\mathcal{M}}$ を $P_{\mathcal{M}}$ と書き, $\mathcal{M}$ への射影と呼ぶ.
基本的に有限次元の場合の射影と何も変わらない. 「閉」部分空間とする部分が有限次元の場合と違うところだ. 無限次元部分空間まで考えるので, こう言わないといけなくなる. 当然, 射影という呼び方を正当化する性質も持っている. 実は定義の上では閉部分空間への言及を外せる.
定義 $\mathcal{H}$ 上の有界線型作用素 $P$ で $P^2 = P$ かつ $P^* = P$ が成り立つ作用素を射影という.
これは $C^*$ 環など抽象論を考えるときに大事になる. いちいち空間に言及しないといけないのでは面倒だから. 他にも大事なことはあるが次の命題を紹介してからにしよう.
命題 2.46 $P$ を射影とする. このとき次が成り立つ.
(i) $\Psi \in \mathrm{ran} \, P$ ならば $P\Psi = \Psi$.
(ii) $\Psi \in (\mathrm{ran} \, P )^{\perp}$ ならば $P\Psi = 0$.
(iii) $\mathrm{ran} \, P$ は閉部分空間である.
(iv) $P = P_{\mathrm{ran} \, P}$.
命題 2.47 $\mathcal{M}, \mathcal{N}$ を閉部分空間とする.
(i) $\mathcal{M} \perp \mathcal{N}$ と $P_{\mathcal{M}} P_{\mathcal{N}} = 0$ は同値になる.
(ii) $\mathcal{M} \subset \mathcal{N}$ と $P_{\mathcal{M}} P_{\mathcal{N}} = P_{\mathcal{N}} P_{\mathcal{M}} = P_{\mathcal{M}}$ は同値である.
(iii) 上式と $P_{\mathcal{M}} \leq P_{\mathcal{N}}$ は同値である.
命題 2.46 の (i) (ii) は幾何学的にはほぼ自明だ. (iii) は閉という部分がやや非自明かもしれない. (証明は簡単だが). (iv) は大事で, 閉部分空間と射影はどちらを考えてもいいことが分かる. 先に閉部分空間から射影を作ったとしよう. このとき当然閉部分空間の情報が射影にエンコードされている. 逆に射影から考えよう. このとき, $\mathrm{ran} \, P$ という形で勝手に閉部分空間が出てくる. つまり射影と閉部分空間が対応している.
もっと強いことが言っているのが命題 2.47 だ. こちらは閉部分空間の間の関係が射影の代数にエンコードされていることを言っている. 分からない方は 3 次元で絵に描きながら納得してほしい. 閉部分空間という限定された形だが, 空間の情報がその上の作用素の空間にすっぽり入っていることを主張している. この手の話は現代幾何の基本であり, 出発点でもある. ホモロジーやホモトピーがそうだ. 「空間を調べたければその上の関数環を調べよ」ということで, 現代幾何学の基礎をなしている. 作用素環の基本定理, Gelfand-Naimark もこの方向の決定打となる定理だ. 非可換幾何について何度か言及しているが, その源泉もここにある.
射影で考えれば当たり前のことしか言っていないのだが, 他の色々な数学への萌芽がここにある. 当たり前と思って馬鹿にしてはいけない.
title¶
射影作用素
desc¶
射影作用素を定義した. 当たり前のことばかりに見えるかもしれないが, 非可換幾何を始めとした幾何学ことはじめにもなりうる内容で, 実は非常に深い.
keywords¶
projection
量子力学の数学 50:スペクトル定理¶
main¶
元にしている書物は「量子力学の数学的構造」 http://www.amazon.co.jp/dp/4254136773 だ. 例や証明は直接こちらをあたってほしい. ここではなるべく本に書いていない話, 関連する話, アドバンストな話にフォーカスして議論するつもりだ.
今回からヒルベルト空間論の魂の一つ, スペクトル定理に向けた話に入る. まずは誰もが知っている有限次元の線型代数から入ろう. 斎藤正彦「線型代数入門」 http://www.amazon.co.jp/dp/4130620010/ では対角化と同値であることが書かれている. 対角化は基底を選んだ上で行列の表示について述べた定理だが, スペクトル定理は基底を選ばずに射影のままで引き摺る定理だ. 無限次元では固有値だけでは済まずに連続スペクトルが出てくる. ここに対応しようと思うと自然に積分が出てくる. 作用素のなす空間上での積分論を構築する必要があるとも言える. 当然このあたりが面倒な所になる.
ちなみに作用素のなす空間での積分だとか無茶苦茶に思えるかもしれないが, 場の量子論でヒルベルト空間に値を取る積分や作用素環に値を取る積分なども出てくる. この程度でへこたれていてはいけない.
まず有限次元でエルミート行列 $H$ を取って, これのスペクトル定理を書こう. 有限次元なので問答無用で固有値・固有ベクトルが存在する. 固有値を $\lambda_j$ とする. スペクトル定理の設定用に, 固有値 $\lambda_j$ に対応する固有空間に対する射影を $P_j$ とする. 固有値に縮退があれば固有空間の次元は 1 ではない. このとき当然 $P_j$ 達は可換になるし, さらに足すと単位行列 1 になる: \begin{align} P_j P_k = 0, \quad j \neq k, \quad \sum P_j = 1. \end{align} このときスペクトル定理は次の通り. \begin{align} H = \sum \lambda_j P_j. \end{align}
対角化の利点の 1 つは行列の $n$ 乗が簡単に計算できることだった. 理由は正規直交基底を使って計算できることにあった. それが今は射影に代わっているだけだ. $n$ 乗どころかもっと広く行列の関数が定義できる. 詳しくはあとでやるが, 次のような実に簡明な表現を持つ. ちなみに上記「線型代数入門」にも書いてある. \begin{align} f (H) = \sum f (\lambda_j) P_j. \end{align}
長くなってきたので今回はこのあたりにしよう. 次はスペクトル族を有限次元で定義し, 射影による「積分」を定義する.
title¶
スペクトル定理
desc¶
有限次元でもスペクトル定理はあるが, 対角化と同値でありこちらの方が有名だ. まずはそのあたりをおさらいした.
keywords¶
spectral theorem, spectral family
量子力学の数学 51:スペクトル族¶
main¶
元にしている書物は「量子力学の数学的構造」 http://www.amazon.co.jp/dp/4254136773 だ. 例や証明は直接こちらをあたってほしい. ここではなるべく本に書いていない話, 関連する話, アドバンストな話にフォーカスして議論するつもりだ.
応用上よく出てくるのはスペクトル測度の方だが, ステップとして一応スペクトル族もやっておこう. 前回と同じく有限次元で考える. $H$ をエルミート行列として, 固有値を $\lambda_j$ とする. 任意の $\lambda \in \mathbb{R}$ に対して次の作用素を定義する. \begin{align} E_H (\lambda) := \sum_{\lambda_j \leq \lambda} P_j. \end{align} ここで $P_j$ は $\lambda_j$ の固有空間への射影だ. 和は $\lambda_j \leq \lambda$ となる $j$ について取る. なければ 0 とする.
エルミート行列の一般論から次の式が成立する. \begin{align} E_H (\lambda) E_H (\mu) = E_H (\mu) E_H (\lambda) = E_H (\mathrm{min}{\lambda, \mu}), \quad \lambda, \mu \in \mathbb{R}, \end{align} \begin{align} \text{s-}\lim_{\lambda \to \infty} E_H (\lambda) = 1, \quad \text{s-}\lim_{\lambda \to - \infty}E_H (\lambda) = 0, \end{align} \begin{align} \text{s-}\lim_{\varepsilon \to +0} E_H (\lambda + \varepsilon) = E_H (\lambda). \end{align} あとで一般論の中でも定義するが, これがスペクトル族の定義になる. 有限次元で持っているこの性質を元に無限次元でも定義をしている. 無限次元で実際にあるのかはきちんと証明が必要だ.
あとスペクトル積分を定義しておこう. 一旦 $f$ を連続関数とする. スティルチェス積分のように次の和が行列空間上で定義できる. \begin{align} S_n (f) = \sum_{k=1}^n f (x_k) [E_H (x_k) - E_H (x_{k-1})]. \end{align} ここで $x_k$ は区間 $[a,b], a<b$ の分割として取っている. 適当な分割を取れば, 各区間には $\lambda_k$ が一つしかないようにできる. つまり \begin{align} S_n (f) = \sum_{j=1}^k f (\lambda_j) P_j \end{align} と書ける. 分割についての極限が存在するので \begin{align} \lim S_n (f) = f (H) = \int_a^b f (\lambda) dE_H (\lambda) \end{align} となる. 特に \begin{align} H = \int_a^b \lambda dE_H (\lambda). \end{align} 最後の式がそのままスペクトル分解として一般化される. この式は Dirac の本などで無限次元で一般化された固有値展開として, 離散的な固有値と連続的な「固有値」を分けて書いた式を一本にまとめる方法としても理解できる.
title¶
スペクトル族
desc¶
有限次元の場合にスペクトル族を議論した. そのまま無限次元に持っていける概念なので, 当たり前に見えるかもしれないが十分注意して議論を追ってほしい.
keywords¶
spectral family
量子力学の数学 52:スペクトル族2¶
main¶
元にしている書物は「量子力学の数学的構造」 http://www.amazon.co.jp/dp/4254136773 だ. 例や証明は直接こちらをあたってほしい. ここではなるべく本に書いていない話, 関連する話, アドバンストな話にフォーカスして議論するつもりだ.
一部, 前回も書いたが正確にスペクトル族を定義しよう. $\mathcal{H}$ をヒルベルト空間とする.
定義 2.50 ${E_(\lambda)}$ を $\mathcal{H}$ 上の射影作用素の族とする. これが \begin{align} E (\lambda) E (\mu) = E (\mu) E (\lambda) = E (\mathrm{min}{\lambda, \mu}), \quad \lambda, \mu \in \mathbb{R}, \end{align} \begin{align} \text{s-}\lim_{\lambda \to \infty} E (\lambda) = 1, \quad \text{s-}\lim_{\lambda \to - \infty}E (\lambda) = 0, \end{align} \begin{align} E (\lambda+0) := \text{s-}\lim_{\varepsilon \to +0} E (\lambda + \varepsilon) = E (\lambda), \end{align} を満たすときスペクトル族あるいは単位の分解と呼ぶ. 最後の性質は右連続性という.
あとでスペクトル測度も出てくる. こちらの方が良く使うが, スティルチェス積分との絡みでこちらからやった方がもう少し馴染みやすい気はする. ほぼダイレクトにスペクトル測度から入る流儀もある. 例えば, 日合・柳の「ヒルベルト空間と線型作用素」 http://www.amazon.co.jp/dp/479520103X/ を参考にしてほしい.
$E (\lambda)$ が右連続なので, 複素数値関数 $\lambda \to \langle \Psi, E (\lambda) \Phi \rangle, \Psi, \Phi \in \mathcal{H}$ は右連続になる. つまり適当な関数 (例えば連続な関数) $f$ に対してスティスチェス積分が定義できる. この積分でスペクトル積分を定義する.
次回はスペクトル族に付随する自己共役作用素について考える. 大事なのはこの逆, 自己共役作用素に付随するスペクトル測度だ.
title¶
スペクトル族 2
desc¶
スペクトル族を定義した. 実際に良く出てくるのはスペクトル測度の方だが, こちらの方が馴染みやすいだろう.
keywords¶
spectral family,spectral theorem,spectral measure
量子力学の数学 53:スペクトル族に同伴する自己共役作用素¶
main¶
元にしている書物は「量子力学の数学的構造」 http://www.amazon.co.jp/dp/4254136773 だ. 例や証明は直接こちらをあたってほしい. ここではなるべく本に書いていない話, 関連する話, アドバンストな話にフォーカスして議論するつもりだ.
ヒルベルト空間 $\mathcal{H}$ 上にスペクトル族が与えられると, $\mathbb{R}$ 上の連続関数に対して $\mathcal{H}$ 上の閉作用素が同伴する. ここではまだスペクトル族が必ず存在するとは言っていないことに注意してほしい. これの逆 (の一部), 自己共役作用素にスペクトル族が同伴すると言えばいいのだが, それは後に回す. これも後でやるが連続関数である必要もなく, 適当に可積分な関数で十分だ.
定理 2.52 任意の $f \in C (\mathbb{R})$ に対して $\mathcal{H}$ の稠密に定義された次を満たす線型作用素 $A$ がただ一つ存在する. \begin{align} \mathrm{dom} \, A = { \Psi \in \mathcal{H} : \int_{\mathbb{R}} |f (\lambda)|^2 d \langle \Psi, E (\lambda) \Psi \rangle < \infty}, \langle \Phi, A \Psi \rangle = \int_{\mathbb{R}} f (\lambda) d \langle \Phi, E (\lambda) \Psi \rangle, \quad \Phi \in \mathcal{H}, \Psi \in \mathrm{dom}\, A. \end{align}
さらに次が成立する.
(i) 任意の $\Psi \in \mathrm{dom} \, A$ に対し \begin{align} \Vert A \Psi \Vert^2 = \int_{\mathbb{R}} |f (\lambda)|^2 d \langle \Psi, E (\lambda) \Psi \rangle. \end{align}
(iv) $A$ は閉である.
(v) $f$ が実数値なら $A$ は自己共役である.
(vi) $f$ が有界なら $A$ も有界で \begin{align} \Vert A \Vert \leq \Vert f \Vert_{\infty}. \end{align}
(vii) $|f (\lambda)| = 1$ なら $A$ はユニタリになる.
特に注目するところだけ抜き出しておいたが, 省略した部分ももちろん大事だ. 本を参照してほしい. まず大事なのは $f$ に有界性はいらないことだ. その代わりあてるベクトル $\Psi$ の方に条件をつける. スペクトル族で「高エネルギー部分」を切り落とせば必ず作れることは後で嫌でも分かる. 例えば解析ベクトルの議論などで出てくるだろう. 勝手に定義域が稠密になってくれるのは連続性の賜物である. 可測なだけだともう少し条件はつくが物理的にはほとんど制約にならないだろう. また積分さえ上手く定義できればいいので, そこから連続性は外せることは想像がつくと思う. もちろん極限処理がいるのでそれ相応に面倒だが.
(v), (vi), (vii) は応用上大事だ. 良く自己共役作用素の関数を作るのだが (例えば $e{-tA}$), これらの自己共役性はあてた関数を見るだけで分かる. 有界性が分かるのも便利なことがある. 少なくとも非相対論的量子力学ではハミルトニアンは大抵下に有界になる. このとき上で見た $e^{-tA}$ は有界になる. これは虚時間化した量子力学, 経路積分で使う. 有界だと半群になることが簡単に分かり, 色々な議論がスムーズにいく. 興味がある方は「量子現象の数理」 http://www.amazon.co.jp/dp/425413682X/ や「量子数理物理学における汎関数積分法」 http://www.amazon.co.jp/dp/4320019326/ を読んでほしい.
title¶
スペクトル族に同伴する自己共役作用素
desc¶
スペクトル族に同伴する自己共役作用素に関する定理を紹介した. スペクトル定理に向けたファーストステップだ.
keywords¶
spectral family,spectral theorem
量子力学の数学 54:作用素の積分表示¶
main¶
元にしている書物は「量子力学の数学的構造」 http://www.amazon.co.jp/dp/4254136773 だ. 例や証明は直接こちらをあたってほしい. ここではなるべく本に書いていない話, 関連する話, アドバンストな話にフォーカスして議論するつもりだ.
前回スペクトル定理を紹介した. 定理 2.52 で存在が示された作用素 $A$ は象徴的に次のように書く. \begin{align} A = \int_{\mathbb{R}} f (\lambda) dE (\lambda). \end{align} これはあくまで象徴的な書き方で, 意味はあくまで内積を引っ掛けた形で決めている. これが便利なのは証明に積分論が援用できることだ. 単に作用素を引きずっていると捉え所がないが, 積分に叩き落とすと評価がしやすくなる. もちろん本質的には変わらない評価をする場合がメインだが. 2 巻からは実際に証明中でその例が出る. これ自体がきわめて強烈な定理だが, 使い込んではじめて味が出る部分もある.
作用素を具体的に積分で書き下す方向についてはもっと強い結果もある. それはいわゆる経路積分だ. こちらもメインは先程と同じく作用素論が積分論に叩き落とせることがポイントになる. 特に強いのは, 積分核による表示が使えると各点評価が使えることだ. 例えば反磁性不等式というのがある. 量子力学版も場の理論版もある. これは作用素論ベースの評価もあるが, 経路積分を使った評価もある. この場合, 経路積分ベースだと積分核を使ってほぼ自明に叩き出せる. もちろん経路積分表示を証明するのが骨なのだが, それに見当った御利益になる.
次回は有界作用素に対するスペクトル定理に入ろう.
title¶
作用素の積分表示
desc¶
スペクトル定理は作用素を積分表示することで解析の手助けをする定理ともなることを説明した. この方向を突き進むと経路積分の地平が表れる.
keywords¶
spectral theorem,functional integral,path integral,diamagnetic inequality
量子力学の数学 55:作用素の平方根と絶対値¶
main¶
元にしている書物は「量子力学の数学的構造」 http://www.amazon.co.jp/dp/4254136773 だ. 例や証明は直接こちらをあたってほしい. ここではなるべく本に書いていない話, 関連する話, アドバンストな話にフォーカスして議論するつもりだ.
この書物に沿ったスペクトル定理の証明中, 「作用素の極形式」が出てくるのでその準備をする. 量子力学的に言って, 一般の作用素は大体複素数のようなものだ. 複素数で極形式 $z = r e^{i \theta}$ がある. これの作用素版を考えるときに例えば作用素の絶対値が必要になる. 絶対値の定義自体に平方根を使っているのでそこまで必要になる. いくら大体複素数と言っても作用素はあくまで作用素なので, 数と同じ定義や議論がそのまま使えるわけではない.
またもっと一般に作用素の関数を定義できるし, 実用上必要なのだがそれはスペクトル定理本体を使うことになる. 前から何度か言っているが, 大事な作用素の関数としては例えば一径数ユニタリ群 $U_t = e^{itH}$ がある.
非有界作用素に対しても定義できるし, 実際する必要もあるがまずは有界作用素の場合を考える.
補題 2.56 $A \in \mathbb{B} (\mathcal{H})$ を非負の自己共役作用素とする. このとき $A = B^2$ を満たす非負の自己共役作用素 $B \in \mathbb{B} (\mathcal{H})$ が唯一つ存在する.
証明のアイデアは単純だ. まず色々と面倒なので $C = A / \Vert A \Vert$ としてノルムが 1 以下の作用素 $C$ を定義してこれについて考える. それで複素関数 $f (z) = \sqrt{1-z}$ の原点回りの Taylor 展開 $f (z) = \sum c_n z^n$ を考える. この $z$ に $1 - C$ を代入して収束することを示し, その極限で $B$ を定義する. もちろん正確には $B / \sqrt{\Vert A \Vert}$ だが.
ここで上の補題での $B$ を $A$ の平方根と呼び $\sqrt{A}$ や $A^{1/2}$ と書く.
何にせよ, 存在して唯一つなことは間違いないのでこれを認めよう. その上で「任意の」有界作用素 $A$ に対してその平方根 $|A|$ を次のように定義する: \begin{align} \sqrt{A^A} =: |A| \end{align} $A^A$ をかましているのがポイントだ. これは複素数で言えば $\bar{z}z = |z|^2$ にあたる. この辺りは数の特徴を抽出してうまいこと定義に繋げている.
例 2.19 にはかけ算作用素での例が出ている. 素直な一般化になっていることが分かるので, きちんと読んでおいてほしい.
title¶
作用素の平方根と絶対値
desc¶
作用素の平方根と絶対値を定義した. 一般の作用素は複素数のようなものなのでそれを元に定義する. 存在証明の議論などは少しひねりがいるが, 気持の上では一本道である.
keywords¶
root of operatorts,absolute value fo operators