宇宙論のモデルの解の存在: 諸科学・工学への数学の応用

はじめに

詳しく聞かなかったのが失敗なのだが, 宇宙論をやっていた友人が次のようなことを言っていた.

この間, 先輩に読んでる論文について質問したら, 「その論文で出てるモデル, 解がないことが示されてるから読んでも意味ないよ」って言われて, 頑張って読んで損した.

解が存在しない, というのがどういう意味で言っているのか, 解の非存在についてどういう議論をしているのかを聞きそびれたのだが, 何にしろ, 物理でも方程式というかモデルを立てたあと, そのモデルの価値について解の存在という観点から議論をすることがあるというのを聞いてちょっと驚いた.

これについて, 例えば下記のような本を書いていて, 東大での産業数学に関する取り組みで中心的な役割を果たしている山本先生などの話を思い出す. 儀我先生も同じような話をしていた.

儀我先生の話

その話というのは, 自然科学や工学の人達と数学が共同研究するときに解の存在の議論をする意味についてだ. 解の振る舞いを調べることが仕事という状況で, そもそも解が存在しないようなモデルは考えても意味がない. もっというなら解がないようなモデルはモデルの立て方自体が悪いと思える. 一旦モデルを立てたら, そのあとは基本的には数学の仕事になる. モデルの正当性について, 解の存在という観点からの研究も大事なのだ, という話をしていた.

私もその通りだと思うのだが, この考えはなかなか受け入れられないようだ. ただ, 儀我先生の話だったが Allen-Cahn 方程式で有名な Cahn (だったと思う) は工学者なのだが, 例外的にこうしたことについて非常に理解が深く, 数学の利用法として解の存在証明は決定的に大事だと擁護してくれていたという話を聞いた.

宇宙論の友人の話をふと思い出してこのようなこともついでに思い出した. Twitter でも TL に宇宙論とかその近辺の人がいるから今度聞いてみよう. あと, この辺の数学の話は関西すうがく徒のつどいでも話したい.

ラベル

数学, 物理, 工学, 微分方程式