大栗さんの講演「科学者の矜持」が Youtube に上がっていたので見た

本文

Youtube に科学者の矜持というタイトルで理研の講演が公開されていた. 下に未整理の適当なメモを書いておいたが, 正直全く分からない話だった. ただ, 折角見たのに何も書かないでおくのも惜しいので, 感想を残しておきたい.

桂利行先生との会話の記憶

以前, 桂先生か誰かと話していたとき, 数学者が「大栗さんと村山さんは数学めちゃくちゃできる」と言っていた. 超弦の周辺はそういう物理学者がごろごろいるらしいので戦慄する. 私の分野も大雑把にはそういう分野だし, 私自身物理から数学に行ったとはいえ, そういう類の (多分) 物理出身の人が書いた数学の本 (Reed-Simon とか) が良く分からなくて泣きながら勉強していたことを思い出すと, 数学者に数学できると言わせる物理学者, 実に恐ろしい.

Reed-Simon の思い出

ちなみに Reed-Simon あたりは有名だがかなり難しいので, 少なくとも物理出身者には勧めにくい. 以前, 東大数理の河東先生のセミナー用の推薦書にこれが挙がっていたが, 河東研に進む人はこのくらい読みこなせるのか, さすが数学科は違う, と感心した. ちなみに, Reed-Simon の本で半ページくらいで終わっている証明が, 新井先生の量子現象の数理には 3 ページくらいの長きに渡って証明が書いてあったので, つらいわけだ, と思った記憶がある. 新井先生の本が丁寧すぎる (のでよくない) という見解もあるかもしれない.

動画の話

まず 26 分くらいで「超弦理論の余計な 6 次元は素粒子模型の構造の起源. 6 次元空間は複雑で距離さえ測れない. 数学者でも無理」という発言があった. これで何を言っているのかが気になる.

「数学者でも無理」ということは物理的な測定法という話ではないと思うのだが, そうなると何の話をしているのだろう. 6 次元というのは複素 3 次元の Calabi-Yau 多様体の話をしているのだと思っているのだが, これは Kahler (a にはウムラウトがつく) なので一応は計量がある. 現象を説明するのに適切な計量の存在または選択みたいな問題かと思ったが, その辺は良く分からない. 聞いてみたら存在だけがわかっている事案だった。

全く関係ないが, Calabi-Yau が Kahler だったか確認しようとググろうとしたら「Calabi-Yau 多面体」がサジェストされて深い悲しみに包まれた.

さらに別件だが, Calabi-Yau 多様体はここに関係する数学的業績で正に Yau がフィールズ賞を取ったレベルに凄まじい数学的対象だ. Einstein-Kahler 計量の問題はいまだに複素幾何の大きな問題と聞いている.

場の量子論の数学的理解

あと, 最後の部分で「超弦理論は場の量子論も大事で, この場の量子論の数学的理解も大事」みたいな発言があったが, この辺が私の専門なので, ついでに宣伝しておきたい. 以前 Witten あたりは「超弦理論は 22 世紀の数学のはずが, 何の間違いか 20 世紀に出てきてしまった. 20 世紀は量子力学を数学にする時代だったので 21 世紀は場の量子論を数学にする時代だ. (構成的) 場の量子論の連中はもっと頑張れ」みたいなことを言ったと聞いているが, そういうならもっとこちらに人を連れてきてほしい.

以下講演の適当なメモ

たまねぎの芯:観測のためにエネルギーを高くするとブラックホールができてしまう. ブラックホールが観測したい領域を隠してしまう. これを「これより小さいサイズの世界はない」と見なす.

重力と量子力学を統合する理論が究極の理論:超弦理論.

超弦理論は 1960 年代, バークレイの加速器が多くの素粒子を発見。 1968 年にベネツィアーノが公式を提唱. 1970 年に南部理論が提唱, しかし余計な素粒子があった. この素粒子が重力を伝える.

欠陥:基本法則レベルでパリティ対称性が破れているが, 弦理論でこれを破るのは難しそうだった.

超弦理論の余計な 6 次元は素粒子模型の構造の起源. 6 次元空間は複雑で距離さえ測れない. 「数学者でも無理」.

1992-1993 にトポロジカルな弦理論を開発.

ホーキングの問題. ブラックホールの情報問題. Hawking 輻射:ブラックホールが量子的ゆらぎのために発熱する. 輻射は Planck 分布:元の情報はなくなってしまう. これでは因果律に反してしまう. この主張に穴はないか? 超弦理論はこの挑戦を受けてたった. 本の情報はブラックホールの量子状態の中に書き込んで保存できる.

重力のホログラフィー. 双対性:同じものが 2 つの異なる状態を持つ. ホログラフィー原理:3 次元空間の重力理論は空間の果ての重力なしの理論に等価. ホログラフィー原理でブラックホールの蒸発過程を説明できる.

場の量子論の数学的理解が大事.

Twitter で大栗さんに質問して回答を頂いた

Twitter に大栗さんがいるので, ちょっと聞いてみたら教えて頂いたのでこちらにも転記しておく。

疑問

疑問自体は次の通りだ.

まず 26 分くらいで「超弦理論の余計な 6 次元は素粒子模型の構造の起源. 6 次元空間は複雑で距離さえ測れない. 数学者でも無理」という発言があった. これで何を言っているのかが気になる.

「数学者でも無理」ということは物理的な測定法という話ではないと思うのだが, そうなると何の話をしているのだろう. 6 次元というのは複素 3 次元の Calabi-Yau 多様体の話をしているのだと思っているのだが, これは Kahler (a にはウムラウトがつく) なので一応は計量がある. 現象を説明するのに適切な計量の存在または選択みたいな問題かと思ったが, その辺は良く分からない.

大栗さんからは次のようなお返事を頂いた.

@phasetr コンパクトなカラビ-ヤウ多様対については, 計量テンソルが存在することは証明されているが, その具体的な形がわかっていないということを噛み砕いて述べたものです.

Calabi-Yau 多様体は Wikipedia をご覧頂きたい. どうでもいいといえばどうでもいいが, 「しかし, 他にも同値ではない多くの同様な定義がある」という記述にびっくりした. 同値な定義ならもちろん色々あるのは普通だが, 非同値なのを挙げるというのも凄い. 「コンパクトなケーラー多様体が単連結であれば, 上記の弱い定義と強い定義は一致する」ということなので, それでもいいと思う気持は分からないでもないが.

説明の追記

それはそれとして, いくつか説明を追記しておく. Calabi-Yau の定義は省略するが, まずコンパクトと計量テンソルを説明する.

コンパクト性

コンパクトというのは「有界閉集合」のことだ. 有界というのは「無限には大きくない」または「必ず有限な大きさの球体に含まれる」という意味だ. Calabi-Yau が超弦理論で出てくる文脈では「小さい」と言っていいのかもしれないが, コンパクトだからといって「小さい」と言っていいわけではない. 「無限には大きくない」と言っておけば (今の文脈で) 間違いはない. ちなみにここ「有界閉集合」といったのは Riemann 幾何の基本定理, Hopf-Rinow の定理を前提にしている. 本当は多様体の連結性を仮定しなければいけないはずだが, 細かくなりすぎるのでやめておこう.

計量テンソル

計量テンソルというのは多様体の曲がり具合を表す. 講演でも話があったし, 一般相対論なりなんなりで「時空が曲がっている」という話があるが, この曲がり具合を指定するのが計量テンソルになる.

ここで大栗さんから「存在は証明されている」というコメントがついているが, その存在証明をしたのが Calabi-Yau の名前にある Yau だ. この業績で Fields 賞を受賞している. その元の問題である Calabi 予想については [[http://en.wikipedia.org/wiki/Calabi_conjecture ][ここ]] を参考にしてほしい. 大栗さんのコメントは, 懸案だった大事な計量の存在自体は示されたが (一般に) 具体的にどんな形かが分かっていないということだろう. 具体的な Calabi-Yau 多様体に対しては分かっているものはあるはずだが, 物理で出てくる全ての Calabi-Yau に対して分かっているというわけではないのだろう.

追記

$n$ 次方程式で例えるとこうなる:「代数学の基本定理から $n$ 次方程式に $n$ 個の解があることは分かっているが, 具体的に解の値が何かというのはこの定理だけでは分からない」. こういう感じで適切な曲がり具合が何かあることは分かっているが, 具体的な曲がり具合が分かっていない.

ちなみに Yau の証明そのままかは知らないのだが, 予想の証明自体は下記の本に書いてあると思う. 詳しくないので間違っているかもしれないが, それはご容赦願いたい.

また, この辺の問題は Einstein-Kahler (Kahler の a にはウムラウトがつく) 計量の問題として今でもまだ色々な議論があるようだ. 中島啓さんの次の本にある程度まとまっている (と思う).

そういえば, 中島啓さんも Twitter にいる. 最近は上記の本で議論されているような問題からは離れて代数的な表現論関連の話を研究されているようだが, 詳しくは知らない. 興味がある向きは詳しい人は Twitter 上にも色々いるので, そういった方々を掴まえて聞いて頂きたい.

ラベル

数学,物理,超弦理論,複素幾何,偏微分方程式