第 006 回 第 3 文の読解

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(講義動画と関連リンクの内容)

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これを読んでいる方への注意・言い訳

これはコンテンツの原稿案であり, 私の勘違いや単純なミスを含めた間違いも含まれた文章・コンテンツです. そのつもりで内容を眺めてください.

勉強会の最中や後で指摘を受けてオリジナルの原稿には修正を入れ続けますが, 多重管理が大変なのでこちらの記録自体はいちいち修正しません. もちろん指摘は歓迎しますし, 個々の md に関して指摘された部分は修正します.

適当なタイミングでコンテンツ・サービスをリリースするので, もしあなたが間違いを潰した (少ない) バージョンのコンテンツで勉強したいなら, それを待ってください.

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第 3 文

英文と訳

en.3

The observable phenomenon here depends only on the relative motion of the conductor and the magnet, whereas the customary view draws a sharp distinction between the two cases in which either the one or the other of these bodies is in motion.

de.3

Das beobachtbare Phänomen hängt hier nur ab von der Relativbewegung von Leiter und Magnet, während nach der üblichen Auffassung die beiden Fälle, dass der eine oder der andere dieser Körper der bewegte sei, streng voneinander zu trennen sind.

fr.3

Le phénomène observé dans ce cas dépend uniquement du mouvement relatif du conducteur et de l'aimant, alors que selon les conceptions habituelles, une distinction doit être établie entre les cas où l'un ou l'autre des corps est en mouvement.

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jp.3

ここで観測される現象は導体と磁石の相対的な運動にだけ依存する. これに反して慣習的な観点からすると, これらの物体のどちらが動いているかによって 2 つの場合の間に著しい区別がある.

解説
英語

英文解釈上, 注目すべきはもちろん逆接の whereas です. 前半では「現象は導体と磁石の相対的な運動にしか依存しない」と言っているのに, 後半では「1905 年当時の人類の電磁気学の理解度では, どちらが動いているかによって説明の仕方を変えないといけない (のが気に食わない)」と言っています. しかも "a sharp distinction" とまで言って強調しています. 単なる違いなのではなく, 鮮烈な印象を与える単語の選び方です. The customary view という表現で既存の知見への批判であることも表現しています.

主節の名詞に全て the がついていることに注意してください. 既に言及したモノばかりで議論が続いていることがはっきりわかります.

The observe phenomenon here の here の使い方が面白いです. 冠詞 the を使っている時点で指示内容は明確と思いますが, さらに here を使って強調しています.

動詞の depend only on の only のかかり方の理解も重要です. 形容詞にしろ副詞にしろ挿入句・挿入節にしろ, 何がどこにどうかかるのかをきちんと理解するのは重要です.

Whereas による従属節の主語の the customary view は重要です. 直訳すると「慣用的な見方」くらいの意味で, 文法的にはいわゆる無生物主語として使われています. こういう場合は「慣用的な見方によれば」と訳すと日本語として取りやすい文章に直せます. 逆に日本語でこう言いたい場合, 無生物主語を使うと英語らしい簡潔な表現になって便利です.

文を理解する上で大事なのは the customary view の the です. 冠詞を理解する上でも大事です. これは「この当時の物理の慣用的な見方」を表しているからです. 当然現代 (2020 年現在) の物理の慣用的な見方ではありません. The には「あなたもご存知の通り」といった意味の指定・限定を示唆しています. 歴史的な文献を読むとき何がどう the なのか解釈上大きな問題になり得ます. 当時の人の感覚で読む工夫が必要で, 古典文献講読に特別な訓練が必要になる理由の 1 つです.

Draw は絵を描く方の「描く」です. View が見方なので customary view がある描像を描き出すという意味で view が使われているのでしょう. 無生物主語とあいまって英語らしい, 面白い表現です.

Sharp distinction は直訳すれば「鋭い違い」です. 違いに対して鋭いという形容詞をあてられるのは日本語にはない感覚でしょう. もちろん日本語訳するときは「大きな違い」としてしまって構いません.

Either the one or the other of these bodies は導体と磁石を指しています. ここでの, というか物理の力学で出てくる body はたいてい「物体」の意味です. ちなみに「物質」は material です. 「物質科学」material science で覚えるといいでしょう.

ここで either A or B の変形版が使われているのを注意しておきます. まず either A or B は必ず覚えておかないといけないこと, そして A or B にそれぞれ名詞が来るところを of these bodies につなげるために the one or the other としています. くどく両方に the をつけているのも冠詞を理解する上でのポイントでしょう. もしかしたらドイツ語の der eine oder der andere に合わせたのかもしれません. フランス語も l'un ou l'autre で揃っています.

Is in motion は「運動状態にある」という意味です. ここで is moving と書かずに be in motion と少し持って回った言い方をしています. 論文のような硬い文章ではよく見かける表現でもあります.

違う表現を使うのは意味やニュアンスが違うからだという話もあります. しかしここでは単に文語調の表現だと理解すればいいでしょう. 論文などの硬い英語の文章では単に important と書けばいいものを of importance と書くことがあり, be in motion も be moving と同じ意味・ニュアンスを持ちます.

ちなみに be in motion のような名詞を使った書き方にすると, motion を適切な形容詞で修飾できるようになります. どんな動きなのかを細かく指定できるようになり, 細かいニュアンスまで表現しきりたい書き言葉では重宝します.

文構造・文法事項

多言語比較

文が長いので少し大変ではあるものの, 文構造・単語の対応が比較的見やすい文です. ぜひ比較して眺めてみて下さい.

英語
文構造

主節 1 の名詞はことごとく the がついていることに注意してください. 特に the conductor と the magnet は前文で冠詞は a でした. 出てきたのは 2 回目なので the で指定しているのです.

英文解釈でも注意したように whereas は逆接の接続詞です. 文構造を捉える上でも重要です.

主節 2 の a (sharp) distinction の a からはまだ説明していない distinction であることが読み取れます. それなら補足説明が続くはずで, between the two cases 以下に続きます.

この the two cases はもちろん「2 つの場合」です. 何故取り上げたかというと the がついているのが面白いからです. 少なくとも私はここで the をつけて書ける自信がありません. The relative motion of the conductor and the magnet の 2 パターンで限定されているという認識なのでしょう.

In which に関しては in と case の結びつきを知ることが大事です. 前置詞と名詞には相性のいいペアがあり, 語のコロケーションと呼ばれます. 関係代名詞節が修飾する相手を探すときにも使える概念です.

Either A or B は熟語として覚えましょう. これもやはりよく使います. もともとこれ自体が二者択一の意味であるところに the one と the other を使っていて, よほど強く強調したい意図が見えます.

文法上 either A or B は A, B が単数なら単数扱いであることにも注意してください. 実際 which 節の動詞が is になっています.

単語

英語
ドイツ語
フランス語

補足

a sharp distinction の印象的な例文

単純に面白い例文があったのでそれを紹介します.

文献講読の難しさ

The customary view に関してコメントしたように, 古い文献を読むときはその当時の常識を前提にしないと深く理解できないことがあります.

これに関して私が覚えているのは蜻蛉日記の次の記述です.

かくはあれど、ただ今のごとくにてはゆくすゑさへ心ぼそきに、 ただ一人をとこにてあれば、年ごろもここかしこにまうでなどする所には、 このことを申しつくしつれば、今はましてかたかるべき年齢(としよはひ)になりゆくを、 いかでいやしからざらん人のをんなご一人とりて、うしろみもせん、 一人ある人をもうちかたらひて、わがいのちのはてにもあらせんと、 この月ごろおもひたちてこれかれにもいひあはすれば、

先生に頼んで特別に友人と放課後に古文の指導を受けていたときにこの文・作品に出会いました. ここの「かたかるべき」の理解です. これは「難しいだろう」という意味ですが, さて, 何が難しいのかと先生から聞かれたのです. 前後の文章を知らないとわかりませんが, 結論から言うと「出産が難しい年齢になった」という意味です.

日記ということもあり何が難しいのか書いていません. 作者が藤原道綱母であり何歳頃に書いた本なのか, どういう境遇にある人なのかといった情報がないと正しく読めません. 物理や数学の教科書ならともかく, 論文となると同じような事情があることを示す文でもあります.

相対性理論に関わる物理学史

少し物理の歴史的な事情に関しておきましょう.

19 世紀後半, 「もう基本的な原理はわかりきっていて, 物理学者に残された仕事は未知の現象に原理を適用していくだけだ」と言われていたようです. そんな中, 電磁気学と力学の交点, そして電磁気学と熱力学の交点で出てきた問題が相対論と量子力学への契機になりました. 前者の 1 つはもちろん相対性理論に関わる諸問題であり, 他にはクーロン場中の荷電粒子の運動による電磁波の放射とそれによる荷電粒子の落ち込みの問題です. 後者は物質の安定性とも関わっていて量子力学の問題です. 物質の安定性はいまだに未解決の問題があり, 精力的に研究されています. もしあなたがこの問題に興味があるなら, 例えば \cite{JanPhilipSolovej1} を読んでみるといいでしょう. 次の URL からレビューの論文をダウンロードできます.

この問題に関する教科書は \cite{LiebSeiringer1} があります. 非常に難しく, これが読めれば最先端の論文が読みこなせるレベルです.

電磁気学と熱力学に関わる問題は黒体輻射で, これも量子力学, 特に量子統計力学・場の量子論につながります. 熱力学的な予測をもとに古典統計力学で考えたら, その結果が現象とまるで合わない問題があり, これを克服するためにプランクがいろいろ考えてエネルギーの量子仮説を提出しました. ここからさらにアインシュタインが光電効果・光量子仮説にまで議論を深め, 有名な 1905 年の奇蹟の年の論文の 1 本として提出しています.

この 1 文の解説としては風呂敷を広げすぎかもしれません. しかしこのくらいの大きな世界観を背景にした 1 文なのです. 実際, 現代の物理学者はこの 1 文にこのくらいの世界を見るでしょうし, もっと言えばアインシュタインがまさにこの論文を書きながら対峙していた世界です. せっかくの原論文読解です. 1 文 1 文味わいながら読んでいきましょう.