書評:Simulations’ Achille’s heel

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書評と言っていいかは微妙だが,いい呼び方が思い付かなかったので. Twitter のnishi_akiさんの次のようなツイートを見かけたので読んでみた.

計算機科学の落とし穴 http://www.eurekalert.org/pub_releases/2013-01/s-sah012913.php 演算能力向上で複雑な系を計算出来るように見えても、 適用する理論を間違え現実的に意味のない解を導き出していることがあるという報告。 例えばミクロな系でのみ成立する理論を3次元的に拡張してマクロでの予測をするとか。

適用する理論を間違えるというより,きちんと見たい現象に合わせて理論を選べ,という話といった方がいいのだろうか. あと「ミクロな系~」という部分は少し違う. バルクの性質を見たい場合を考えよう. 単位胞のようなミクロなところだと,例えば表面の効果が強く効いてくる (可能性がある) ので, バルクの性質を見たいならこの効果を消さないと何か問題が起きる (正しく見たい現象が見られない). その表面項処理をせずに単純に計算機を回してはいけない,という話. ミクロな系で成立する理論を使ってマクロなところの計算をしてしまうと,という話とは少し違う.

ほとんど関係ない上に我田引水しまくるが,物理だと (少なくともパッと見) 数学的にまずい議論をして, 物理的に正しい (場合によっては数学的にさえ正しい) 結論を出してくることがあることを想起した.
例はいくらでもあるし,場合によっては,または時代によっては「数学者」ですらそうしたことをする. 良く言われるのは Euler か. 級数の収束を気にせずに計算をはじめて,実際に見かけは無茶苦茶な計算だが 結果だけは圧倒的に正しいというとんでもないことをやっていると評判だ. 彼は彼なりの数学的直観によって正しい道を進んでいて, 彼が現代的な意味できちんとしたことをしなかったのは時代的に そうした道具がなかったからで云々,という話も色々ある. 興味がある向きは高瀬先生の本を読むと面白い. 「dx と dy の解析学」はまだ読んでいないので,そのうち読みたいと思っている.

私の専門に近いところだと掃いて捨てる程あるのだが,例えば量子電気力学 (QED) の摂動計算がある. 「共変的摂動論は数学的には破綻している」ことを主張する Haag の定理というのがある. そのため大体の QED の計算は数学的には破綻しているのだが,数値的には驚異的な精度で 合うことで有名だ.
ついでに言うと,場の量子論の数学的困難の源の一つはここにある. そのうち出るはずの (私も査読に参加している) イジング模型の議論だと, 物理的,直観的な議論をそのまま数学的に厳密な議論に昇華した証明というのがあるし, そういうことができるのが非常に強い. しかし,場の量子論だとそうした物理的に明快な議論というのが数学として 根本的に破綻していることが多いので,そうした筋を辿れず, 物理で既に分かっている結果を再現することを目的に議論を構成する羽目になってしまうことがよくある. また,級数の収束性をきちんと確認して摂動論の結果を精密にする,といったことも大体上手くいかない. 赤外発散が起きる場合,高橋康本第5章で理論物理レベルの議論でもおかしなことが起きるという話が 解説されているので興味がある向きは参照されたい.

ついでなので書いておくと,今でも完全に数理物理先行というか, 数学的に精密な議論からしか物理的な結果が叩き出せないのは物質の安定性くらいではないだろうか. これは数学的に厳密に議論しておいて,あとから物理的,直観的な議論は 物理として重要な部分を切り出す (数学的に煩雑になってしまう部分を除く) という方向で 物理の人に結果を説明するというようなことをするようだ. これについてはSolovej によるレビューを参考にしてほしい. 詳細については下記の本を参照. 今,ものすごい安くなっているので買っておいて損はない.

また少し別件だが,数学的に厳密な議論にこだわっていてもどうしようもないことはあるので, そこはきちんと注意しておきたい. Weil の ユニタリ表現に関する話として平井先生の「線形代数と群の表現 II」23.7 節を読んでおくと面白い.

ローレンツ群 (非コンパクト群) のユニタリ表現という問題があったのだが, 数学的にきちんとした議論にこだわるあまり,なかなか話が進まなかったのに 業を煮やした Wigner が先陣を切って研究を始め,その後を Dirac が追って 研究を深めたという話がある. 1940-50 年代の話のはずだが,このとき相対論的量子力学,または場の量子論のために ローレンツ群のヒルベルト空間表現を考える必要があって,物理的にここを何とかしたいという 強烈なモチベーションがあった. そして数学者がモタモタとして結果を出さないので痺れを切らした物理学者が 切り込んだという話.

物理だと実験との整合性という話があるのでそこを盾にして切り込んでいける. 実際に Wigner や Dirac の話は (少なくとも) 結果は数学的に正しい (部分が多かった?) らしく, 何が起こっているか分かったあとは数学者も研究に参加してきたということだ.
上記の本に書いてあったのだと思ったが,表現論で有名な Harish-Chandra は元々 Dirac の学生だったらしい.

あと上の話で数学者側をフォローしておくと,この頃の数学は無限次元のことが全く分かっておらず そこの研究に関しては非常に苦しい時代だったことを強調しておきたい. 特に物理への応用を考えると運動量作用素なりハミルトニアンなり非有界作用素が バンバン出てくるのだが,これは定義域の問題など面倒な話が死ぬ程たくさんある. Weil クラスの研究者ですら辛い世界だったということで状況をご想像頂きたい. このあたりについては例えば竹崎先生の作用素環への入り口を見てみると楽しい.

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