メルマガ転載:Grothendieck が亡くなったので追悼 1: 略歴と簡単な業績と小ネタ紹介

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去る 11/13 日, Grothendieck が亡くなったとの報告が出た.
http://goo.gl/yYqZEf
元記事はフランス語なのでほぼ読めない.
ちょうど今フランス語勉強中だが, フランス語が読めないと
こういうときに困ることを実感してしまいつらい.

それはそれとして, 物理のプロから Grothendieck の
紹介記事を書けという無茶振りを受けた.
https://phasetr.com/?p=1092

その内数学セミナーあたりでも特集が出るだろうが,
こういう機会でもないと調べないこともあるので,
自分用に簡単にまとめたい.

まず業績概要や略歴などの一般的な話をさらっと書いて,
数学的に詳しいところは書ける範囲で後にまとめる.
代数幾何関係はほぼ引き写しになってしまうが,
これはもうどうしようもないので.

目次

Wikipedia から略歴など

まずは URL を張っておこう.
http://goo.gl/cm3Nlm

業績の簡単なまとめ
スキームだとかの代数幾何の猛烈に抽象的な定式化をしたというのは
やはり分野外の素人でも知っている業績だろう.
エタールコホモロジーやクリスタリンコホモロジーの発見とそれによる
Weil 予想への貢献, モチーフ, 遠アーベル幾何, Grothendieck 群による
K 理論への貢献, トポス, アーベル圏によるホモロジー代数の統合,
Galois 圏・淡中圏による Galois 理論の一般化だとか, 名前だけは
分野外の人間でも知っている話ばかりで, しかもこれだけたくさんある.
やはり驚異的と言わざるをえないだろう.

略歴
博士の指導教官が Laurant Schwartz だったというのは
今回 Wikipedia ではじめて知ったのだが, ある意味その関係で
初期は関数解析の研究をしていた.
Dieudonne の元で研究をはじめたとのこと.

有名な著書の関係から Dieudonne は解析の人だと思っていたが,
Wikipedia 先生いわく代数でも業績あるらしく,
Bourbaki メンバーの魔人ぶりを見せつけられるし,
フランスの底力を感じる.
http://goo.gl/f3osIe

関数解析, テンソル積, 核型空間

話を Grothendieck に戻そう.
この関数解析での業績では線型空間のテンソル積が有名.
(むしろこれ以外私は知らないのだが. )
核型空間という大事なクラスがあるのだが,
これ自体の定義が Grothendieck による模様.
http://goo.gl/z69goa
理論の大半も Grothendieck が発展させている.
http://en.wikipedia.org/wiki/Nuclear_space

閑話しまくりなのだが, ある程度関係ある話として,
以前竹崎先生から伺った話がある.
その昔, Gelfand-Naimark が作用素環から手を引く前後あたりだろうか,
フランスに作用素環を志そうという優秀な若手がいたそうなのだが,
Grothendieck が「作用素環はもう駄目だ」と言って作用素環を
やめさせてしまったらしい.

時代的には 1950 年代だろうか.
数年前, 何かのときに Grothendieck の話が出たときに
竹崎先生が「僕は Grothendieck には恨みがあるんだよ」と
50 年は経っている時点でも言っているくらいなので,
若き日の竹崎先生には相当強烈な出来事だったのだろう.
作用素環ネタはあとでも少し出す予定なので,
そこで関連する話にも少し触れると思う.

代数幾何へ

この時期のフランスには Bourbaki という一派がいて,
魔人が何人もいるのだが, その中に Serre という魔人がいる.
位相幾何と代数幾何で超人的な業績があり Fields 賞も受賞している.
Weil 含めこの辺の魔人の影響を受け,
代数幾何に研究のフィールドを移していく.

1950 年代後半からのスキームによる代数幾何の書き換え,
ホモロジー代数と圏論に貢献した.

スキームと代数幾何の基礎付け

記述が見つからないのだが, スキームについては
その数年前に Weil による代数幾何の野心的で先進的な
基礎付けに関する本が出たのに, それを一瞬で
時代遅れにしてしまったという逸話がある.

ちなみに代数幾何の基礎付けについては他にもいろいろな逸話がある.
よく数学は厳密とかいわれるがそれは本当にごく最近の話だ.
有名な話として 20 世紀初頭の代数幾何のイタリア学派の定理には
ほぼ必ず反例があったとかいうネタがある.
しかし具体例に関する勘所は外さなかったようなので,
イタリア学派の Castelnuovo, Enriques, Severi あたりは魔人認定できる.

で, Zariski というこれまた有名な人がいるのだが,
この人が学生時代に上の誰かに「定理を作るのは貴族の仕事,
証明は奴隷の仕事」とか言われて激怒して代数幾何学の基礎付けに
励んだという話がある.

代数幾何というのは一応, 連立多項式の零点集合として
定義される図形の性質を調べる学問だ.
要は多項式くらいなので, ありとあらゆる数学が動員できるから
使えるものは何でも使って厳密な定式化をやっていった.
その辺の話は上野健爾『代数幾何』の前書きにも書いてあった気がする.
http://goo.gl/Yk0RvS

代数幾何, 多項式程度しか扱っていないのに何故あんなに
難しいのかと思う向きがあるかもしれないが,
それはむしろ逆で, 多項式程度だからこそ悪魔のように
いろいろ話が絡んできていくらでも難しくなる.

ちなみに今でも有名な教科書・論文レベルですら
間違いがある場合があり, 定理は正しくても
証明がおかしいことはよくあるそうだ.
しかもものすごい注意して読まなければ証明に間違いがあることに
気付けないそうなので魔界としかいいようがない.
怖い.

ホモロジー代数と圏論

まず圏自体がホモロジー代数を記述する言語として
発達したという背景があるっぽい.
ホモロジーは同じくフランスの魔人, Poincare が発見した概念で,
いわゆる位相幾何, トポロジーの話だ.
幾何の話を代数に帰着させるという悪魔のような発想で,
その枠内で考えればスキームとも深い関係がある (と思う).

現代の代数幾何・複素幾何では層係数のコホモロジーは
基本中の基本らしく, ホモロジー代数の発展は代数幾何に不可欠とのことなので,
やはりとんでもない業績なのだろう.

Wikipedia にも【ホモロジー代数と圏論などへの貢献は
それぞれの分野だけでなく数学全体に決定的な影響を与えた】とある.

まず代数幾何とも関係が深い可換環論は,
代数幾何から来たホモロジー代数の手法で代数幾何の進展と
機を同じくして爆発的に発展したと聞いている.
また, 岡潔と, 同じくフランス勢の Henri Cartan による層の理論は
多変数関数論が起源だが, 特にこのコホモロジーは
複素多様体が関わる幾何に深い影響を与えている.
専門外なので詳しいことはろくに知らないが,
何かというと層のコホモロジーとか Chern 類とか出てくるので,
それなしでは何もできなさそうな雰囲気は感じる.

多変数関数論を背景にした佐藤の超関数論があるが,
これなどは本質的にコホモロジーの理論だ.
代数幾何的な手法を駆使した数論の一分野である数論幾何でも
コホモロジーは主力兵器と聞いている.
上でも少し触れたエタールコホモロジーだとか
クリスタリンコホモロジーはまさにその辺.

幾何学起源ということもあり,
幾何での (コ) ホモロジーの影響は当然大きい.
そもそもコホモロジーで多様体の分類をするという話もあるし,
コホモロジー的な特徴で定義される多様体だってある.

よく数学は代数・幾何・解析が大きな 3 分野と言われるが,
そのうち代数・幾何での大きな基礎になっているのだから,
それは影響も大きいという話だ.
解析でも多変数関数論, 代数解析では主力というか基礎だし,
作用素環でも時々出てくる.

Weil 予想

これの解決を目標と定め, そのために代数幾何を
根底から書き直そうとしてできたのが,
数学の人なら誰でも知っている EGA (代数幾何原論, Éléments de Géométrie Algébrique) だ.
Euclid の『原論』と同じく, 13 巻刊行しようとしたらしいが,
しかし 1 巻から 4 巻まで約 1500 ページだけで 5 巻以降は未完成.

1500 ページというのが魔界っぽいが,
私の分野で有名な Reed-Simon による関数解析の 4 巻本,
Methods of mathematical physics も元々 13 巻くらい出す予定で
4 巻までで 2000 ページあるので人のこと言えなかった.

13巻までの内容は自分の学生達と開いた
「マリーの森の代数幾何セミナー (SGA)」として刊行されている.
1 巻から 7 巻まであり約 6500 ページ.
頭おかしい.

ちなみに齋藤毅先生による EGA, SGA と
Tohoku に関する思い出を綴った PDF がある.
http://goo.gl/2zGfcQ
毅先生, こんなのを読みふけっていたとかやばい.
以前, 齋藤毅先生と同級生だったという東大数学出身の方と
お話したことがあるのだが「あんなのが同級生なんて嫌になってしまう.
こんなの相手にやっていける自信はない」と思い,
研究者への道を諦めたと仰っていた.

Weil 予想自体は有限体上の代数多様体に関する予想だ.
http://goo.gl/N9wDXI
合同ゼータ関数というゼータの一種に関する話で,
Riemann のゼータの有名な予想の類似が成立するかどうかとか
そういう話があって, これを Deligne が解決したという風に繋がっていく.
あとでもう少し調べて紹介したい.

Weil 予想に最も貢献したのは Grothendieck が発見した
新しいコホモロジー, エタールコホモロジー (Cohomologie étale) とのこと.
l-進コホモロジーだのクリスタリンコホモロジーだのあるが,
さっぱりわからない.
ここではあまり関係ないが, Twitter で p進大好きbot という人がいて,
その人が l-進を敵視していることで私の中で有名.
https://twitter.com/non_archimedean

Weil 予想は Grothendieck による道具立てを駆使して
Grothendieck の学生だった Deligne が解決した.
どこかを調べれば出てくるはずだが, 確か,
Grothendieck はもっと自身の理論を深めていくべきだったのに
それをせずに応用しかしなかったとかいう理由で Deligne を
激しく非難していて云々, という小ネタがある.
http://goo.gl/n4uHlv

IHES と Fields 賞

Dieudonne と一緒に IHÉS の最初のパーマネントの数学の教授に選ばれる.
IHES 自体が Grothendieck のために作られたというとんでもない話がある.
http://goo.gl/8589cw

1966 年に Fields 賞を取っている.
http://goo.gl/VdJRht
代数幾何への深い貢献, 特に K 理論と
Tohoku でのホモロジー代数への革命的な業績が受賞理由となっている.
上記, 齋藤先生の PDF によると,
一般の位相空間に対して層係数コホモロジーをどう扱うか,
というのを Abel 圏の理論を作り上げて解決したのが
his celebrated “Tohoku paper” ということらしい.

IHES を抜けて以降の隠遁生活

反戦運動と環境問題に熱心で,
IHÉS に軍からの資金援助があることを知ると IHÉS をやめた.
その後は数学から距離を置いた隠遁生活を送るようになった.
凄まじい潔癖症だと思う.
なかなか真似できないがあまりしたくもない.

1985 年には自伝的作品 “Récoltes et semailles” を書き,
邦訳は有名な『収穫と蒔いた種と』だ.
http://goo.gl/wVENZU

1991 年に家族のもとを去り, その後ピレネー山脈で隠遁生活をしていたらしい.
2003 年 8 月には「グロタンディークは元気だが,
あいかわらずだれにも会いたがらない」と伝えられたとのこと.

2014年11月13日の朝にサン=ジロンで 86 歳で没.
隠遁したままだと思っていたのでどうやって死亡を確認したのか,
と思ったら, 病院でなくなったとのことだった.

その他ネタ

  • Grothendieck 素数

    自然数 57 は「Grothendieck 素数」と呼ばれる.
    これは Grothendieck が素数に関する一般論に関する講演をしたときに
    具体的な素数で例を挙げるように言われたときに
    57 を選んだことに由来する.

    関さんによる素数大富豪でも 57 は
    Grothendieck 素数として素数扱いするように, というルールがある.
    素数大富豪については下記ページにルールブックへのリンクがあるので,
    それも参考にしてほしい.
    https://phasetr.com/prime-daifugo/

    上記ページは素数大富豪をするときの素数判定に使えるように,
    ということで簡単な Web アプリだ.
    素数判定アプリなどたくさんあるのに何故新たに作ったのか,
    という指摘には Grothendieck 素数を素数と
    判定してくれるアプリが見つからなかったから自作した,
    とお答えしていきたい.

  • Mordell 予想

    Faltings による Mordell 予想の解決は Grothendieck の
    スキーム論を使ったという話がある.
    Faltings はこれで Fields 賞を取っているので,
    そのくらいの凄まじい業績だと言える.
    http://goo.gl/Z8WwD0

    Mordell 予想自体は『有理数体 上に定義された 1 よりも
    大きな種数を持つ曲線は有限個の有理点しか持たないであろう』という予想のこと.
    あとで を代数体に拡張され,
    これを Faltings が示したという流れらしい.
    http://goo.gl/J4qaaQ

    曲線が楕円曲線のとき, 特に Mordell の定理と呼ばれていて,
    楕円曲線の本には大抵書いてある気がする.
    以前眺めたことがある本には大体書いてあった記憶があるので.

    ちなみに楕円曲線もまた魔界で, Fermat の最終定理を
    解決に導いた谷山-志村予想 (の解決) は楕円曲線に関する予想だ.
    しかも最近は暗号理論との関係もいろいろあって,
    セキュリティ界隈との交流が深まっている.

まとめ

Grothendieck の業績は数論・代数幾何・位相幾何を
統合するものだと評されるらしいが, そうなのか, というコメントしか出せない.

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